第二章「歩いた分だけ、ちゃんと進む」

第二章 第一話「地獄! はじめての山登り」

「あぅぅ~~っ? いきなり登山ですか~~?」


 部活が楽しみって思ったけど、さっそく前言撤回したくなった。

 美少女を愛でに部室に行く途中、天城先生に「山に登るわよぉ~」と言われてしまったのだ。


 登山道具が何もないと言えば、すべてを貸し出せると言われる始末。

 しかも山への移動用のマイクロバスまで手配済みというから、外堀は完全に埋まっていた。



 バスに連行されると、「くそっ! 離せっ!」と剱さんの怒声が響いている。

 バスの乗車口を見ると、筋肉ムキムキの校長先生が剱さんを脇に抱えているところだった。


「おやおや。空木君は自分から来たんだねぇ。感心感心!」

「校長先生……。剱さんは、なんでそんなことに……?」


 状況が分からないのでおずおずと聞くと、校長先生は豪快に笑いだす。


「校門から出ようとしていたからね!

 一人だけ走って山に向かうのも感心だが、チーム行動の勉強のためにも、みなのところへと連れてきたところなのさ!」


 暴れる剱さんを見ると、校長先生の解釈はあっているとは言い難い……。



 それにしても……強そうな剱さんを拘束できるなんて、校長先生のパワーは圧倒的すぎる。

 逃亡するなんて選択肢は、ないも同然だった。



 △ ▲ △



 そんなこんなでマイクロバスに乗せられて、私たち四人と天城先生は山までやってきた。

 本当に制服のままで乗り込んだので、バスの中でユニフォームに着替える。


 この大会用のユニフォーム、着てみると、想像以上に可愛かった。

 キュロットスカートのようなすそが広がった短パンと白い半そでシャツの組み合わせで、さらに内側に黒いアンダーウェアを重ねている。

 アンダーウェアはボディラインがきれいに見えるので、美少女たちの美しい脚のラインがあらわになり、私は内心で興奮してしまう。



 短パンはいろいろな色があったので、それぞれが好きな色を選ぶことにした。


 ほたか先輩は「ヒマワリみたいだから」という理由で黄色。

 太陽みたいにポカポカしている先輩にピッタリの色だと思う。


 剱さんは「金髪に映えるだろ」と言って青。

 確かに彼女はクール系なので、青はピッタリだ。


 私は赤。

 理由を聞かれると困るけど、自分の漫画の主人公のテーマカラーなのだ。


 千景さんは最後まで悩んでいたようで、最終的に灰色を選んでいた。



 着替え終わった私たちは私物を全部バスに残して、大きなリュックサックを担いで降りる。

 ちなみに、このリュックサックをほたか先輩は『ザック』と呼んでいた。

 ザックとはドイツ語の発音『ルックザック』の略称らしい。

 なんかカッコいいので、私もそう呼ぶことにしよう。


「はぁぁ……。メンドイんで、さっさと登りましょ。

 今日って、どこの山に登るんすか?」


 剱さんは観念したようにため息をつき、周囲の山を見渡した。

 出雲平野の北には山が連なっていて、パッと見るだけでいくつもの起伏が確認できる。出雲ではこの山々をまとめて「北山きたやま」と呼んでるけど、実際にはそれぞれ名前があるらしい。


 ほたか先輩は出雲大社の斜め後ろにある山を指さした。


弥山みせんだよ~」


「あー、登ったことあるっす。

 出雲大社のすぐ後ろっすよね。頂上はいい眺めだったなぁ」


「もしかして美嶺ちゃん、お山の経験あるのかなっ?」


「アタシは空手を習ってるんすけど、山ごもりでたまに山に行くっすね。

 修行の一環っすよ」


 そう言って、剱さんは空手のような構えを繰り出した。


 さらりと答えたけど、聞き捨てならない。

 空手?

 山ごもり?

 剱さんって何者なんだろう?



 ただ、剱さんの事も気になるけど、今は登山が問題だ。

 目前の山を見てうんざりしてしまう。

 いい眺めと言われても、自分の足で登るなら、それは地獄の苦しみなわけで……。


 そんな私の気分をよそに、ほたか先輩と剱さんは生き生きした感じで準備運動を始めている。

 スポーツが得意な人たちには、私の気持ちは分からないかもしれないなぁ……。


 空を見上げると、雲ひとつない快晴。

 まだ四月下旬の春の日だというのに暑いぐらいだ。 

 私は弥山と呼ばれた山を見上げ、ため息をついた。



 すると、千景さんがほたか先輩に歩み寄ってつぶやく。


「ほたか。……歩く順番は?」

「あ、そうだった! 決めるのを忘れてたよぉ~」


「順番? ただ歩くだけでいいと思ってました……。

 なにか決まりがあるんですか?」


「山道は狭いから一列になって歩くんだけど、役割や体力によって順番を決めるの。

 大事なのは先頭と最後尾だよ。

 それに安全のためにも、全員がまとまって歩くのも大事なの」


「せ……先頭が……サ、サブ……」


 千景さんは一生懸命しゃべろうとしてるけど、声が小さくて聞き取りづらい。

 さらに、言い終わる前にほたか先輩の後ろに隠れてしまった。


 ほたか先輩は千景さんに優しく微笑み、彼女の代わりに説明を始める。


「えっとね、先頭はサブリーダーが歩くの。

 歩くスピードの調整とルート選びが役目!

 今回から千景ちゃんがサブリーダーをすることになったんだ。よろしくねっ!

 ……ちなみにお姉さんはリーダーで、最後尾!

 全員の様子やルートの様子を見て、判断するのが役目なのっ」


 そして、ほたか先輩は私と剱さんをじいっと見比べる。


「そうだねぇ……。

 初心者のましろちゃんが二番目で、経験者の美嶺ちゃんは三番目がいいかな。

 二番目は歩くペースが崩れにくいから、疲れにくいって言われてるんだぁ~」


 そう言って微笑むほたか先輩。


 気遣ってもらえてうれしいけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 目の前の山は茂った森に包まれ、登山口が暗い口を広げている……。



 △ ▲ △



 ……初めての登山は地獄のようだった。


 当たり前だけど、歩けど歩けど延々と坂道が続いている。

 暑いし、坂は急だし、ザックは重くて後ろに引っ張られる感じがする。

 太ももはいつの間にかパンパンで、すでに体が悲鳴を上げていた。

 額から流れ落ちる汗をぬぐうのも面倒で、いつ終わるとも知れない山道を恨めしく見つめる。

 ハァハァと息をするたびに口の中が渇く感じがして、しゃべる元気もなくなっていた。


 こんなことだと、大会に出てもみんなの足を引っ張るだけになりそう。

 今からでも、辞めさせてもらった方がいいのかもしれない。

 いや、辞めたい。

 辞めるべきだ。

 ……校長先生に話が通じるか分かんないけど。


 やっぱり自分には運動はしんどくて、心の中ではネガティブな思考が渦巻いてしまう。


 そして、さっきから気になってるのは千景さんだ。

 振り返っては、私をチラチラと見ている。


 恥ずかしがり屋さんなのに、なんでやたらと私を気にしてるんだろう。


 何かを言いたいのだろうか?

 黙ったままなので分からない。


 私は話しかける元気もなくて、無視して歩みを進める。



 そうこうしているうちに、どんどんと体が重くなってきて、私は立ち止まった。

 もう太ももが上がらない。


「まし……ちゃんっ? だ、だいじょ……ぶ?」


 ほたか先輩の声が聞こえるけど、感覚がぼやけていてうまく聞き取れない。

 地面に手をつき、顔からしたたる汗だけが見える。



 ……そして私の視界はぼんやりと歪み、何も見えなくなってしまった。

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