第一章 第五話「恥ずかしがり屋の女の子」

 寝袋の中から現れた少女……。

 そのあまりの可愛らしさに、私の目は釘付けになっていた。


 身長は一四〇センチぐらいだろうか。私よりも頭一つ分小さい。

 背が低くておかっぱ頭なので、かわいいコケシ人形のようにも見える。

 前髪の隙間から少しだけ見えている左目はとても大きく、吊り目がちでとってもきれい。

 そして、猫背気味の姿勢で隠してるようだけど、めちゃくちゃ胸がおっきかった。


 なんてこと……。

 ほたか先輩と同じぐらいに可愛い美少女がこんなところに隠れてただなんて、思いもよらなかった。


「千景ちゃんは、お姉さんと同じ二年生。お姉さんが部長で、千景ちゃんが副部長なの!」


伊吹いぶき……千景ちかげ……」


 ほたか先輩に紹介されて、千景さんはおずおずと会釈してくれる。


 だけどそれ以上はしゃべってくれなくて、無言のままにザイルをほどいてくれた。

 ようやく得られた解放感をかみしめて、私は縄の感触を消そうと自分の胸をさする。


「あ……ありがとうございます……。あの、なんで隠れてたんですか?」


 私がたずねても、千景さんはモジモジしながら答えない。

 しばらくすると、ほたか先輩の背後に隠れてしまった。


「ビ、ビックリさせちゃったよね?

 千景ちかげちゃんはすごく人見知りだから、よく隠れちゃうの!」


 人見知りだから隠れていたのか……。

 そりゃあ、この狭い部室の中で人間が隠れられる場所はなさそうだけど、だからと言って寝袋に隠れるのは普通の発想ではない。

 部室に入った時から存在には気づいてたけど、あまりの美少女の登場にビックリしてしまった。


 それはそうとして、千景さんが私の味方なら心強い。

 この隙に逃げようと、私は黙って出口に向かう。


 しかし、ほたか先輩は瞬間移動でもしたかという素早さで出口をふさいでしまった。

 しかも千景さんまでもが、私の制服のすそをつかんでいる。


「登山部に……入って」

「あぅぅ。逃がしてくれるんじゃないんですかぁ~?」


 千景さんは制服をつかんだまま首を横に振る。

 なんてこったい。千景さんも協力者じゃなかったのか……!


 困っていると、突然、私の二の腕が柔らかなものに包まれた。


 驚いて二の腕に視線を移すと、ほたか先輩が胸を押し付けるように私の腕を抱きしめてる! さらに先輩の甘い香りにつつまれ、私の思考はオーバーヒートしてしまった。

 豊かなお胸で私の腕を抱きしめてくるので、

 気持ち良すぎて、逃げるに逃げられない。


「ましろちゃん……。お願いだから、登山部に入ってぇ~!」

「……気持ちは、ボクも……同じ」


 二人の美少女にはさまれて、グイグイと迫られる。千景さんの意思も固いようだ。


 そして同時に、とても大事なことに気が付く。

 千景さんってボクっ娘だったんだ!

 現実で一人称が「ボク」の女の子に会ったのは生まれて初めて。

 あまりにも個性的で魅力的な先輩たちに誘惑され、美少女好きの私の理性は吹き飛びそうだ。


 いけない、いけない。

 このままだと奇声を上げながら身悶えして、ドン引きされてしまう。

 私は頑張って平静を装い、会話することに決めた。


「そ、そ、そういえば、ほたか先輩の言葉で気になったことがあったんです~」

「どうしたの、ましろちゃん?」


「日本アルプスの魅力を力説されてましたけど、ここは島根県ですよ?

 日本アルプスのような高い山はないと思うんですけど、なんでそんなに部活を頑張るのかな~って、思って……」


 すると、ほたか先輩は窓の向こう、茜色に染まった空を見つめ始めた。


「それはね、全国大会に出られれば、県外のカッコよくて高いお山に登れるから……。遠い場所に行くのは……簡単じゃないもんね……」

「遠い……場所……」


 その言葉はとても共感できた。

 私も遠く憧れの地・秋葉原を夢見るので、気持ちが分かる。

 ……と同時に、明らかな矛盾を感じた。


「あれ?

 一度もライバルに勝ててないってことは、全国に行ったことがないのでは……?」


「ま……ましろちゃん、鋭いねぇ……」


 ほたか先輩は少しバツが悪そうに苦笑する。


「去年は夏休みがヒマになっちゃったから、合宿で南アルプスに行ったんだよ~。

 その帰りに東京の観光もして、楽しかったなぁ……。

 それにね、今年の全国大会は関東の日光にっこう白根山しらねさんなの!

 そこも森林限界の山だから、すっごく行きたいの~!」


「とうきょう……かんこう、ですか……。

 関東大会っていうことは、もし行くことが出来れば、

 今年も東京に遊びに行ったり……?」


「うんっ!

 特に五竜校長はああ見えて登山部に優しいから、絶対に行けると思うよ~」


 ほたか先輩は満面の笑みでうなづく。

 東京観光……。

 この言葉が私の心を強く揺さぶる。

 東京は遠すぎて家族旅行でも行くことができなかったので、関東の学校に進学でもしない限り、秋葉原に行くのは無理だと思っていた。

 オタクショップにオタクイベント……。なんて夢が広がるんだろう。

 ほたか先輩や千景さんには言いづらいけど、「東京観光」という言葉は「かっこいい岩山」よりも私に響く。



 素敵な妄想に浸っていると、唐突に部室の扉が開いた。


「本当にギリギリだったわぁ~。

 無事に選手登録の完了ですっ!

 空木さん、よろしくねぇ~」


 元気に声を上げるのは天城先生だった。


 ……ああ、なんてこと。

 美少女と秋葉原に悶々としてたせいで、

 私の登山生活が始まってしまうのでした――。



 △ ▲ △



 ……その夜のことだ。

 自分の部屋に戻ると絵を描く気力が湧いてきて、一気にペンが動き始めた。


 部室での濃密なスキンシップで興奮したせいだろう。

 中学の時にオタクバレして以来、絵を描こうとしても現実の自分の姿がちらついて描けなくなってしまっていたけど、自分の欲望に素直になるっていう大切なことを思い出したのだ。

 リリィさんも『自信を持って』と言ってたし、自分の性癖に自信を持つのは悪くないだろう。


 え、そういう意味じゃない? 自分の努力を信じるってこと?

 どっちも大事なことに違いはないし、細かいことは気にしない!

 ……私はコントみたいな自問自答を楽しみながら、滑らかにペンを滑らせていく。


 そしてあっという間に一枚の絵を描き上げてしまった。

 絵の出来栄えはかなり良い!


 ちなみにイラストの内容は、女の子同士が抱きしめ合ってイチャイチャしている百合イラストだ。あくまで健全な範囲内だけど、見ようによっては結構エッチで、とっても可愛い。

 モデルはもちろん、ほたか先輩と千景さん。私が混ざるのは恐れ多いので、当然いない。

 なんだかスランプが脱出できた気分になって、うれしくなった。



 ……この勢いでネットに投稿しようと準備をし終わったとき、手が震える自分に気が付いた。

 怖いのだ。

 ダメな作品を投稿した直後に沈黙してしまったので、活動を再開するのが怖い。

 反応がなさ過ぎるせいで、せっかく湧き上がってきた自信が鎮火してしまうのが怖い。

 急速に冷静さを取り戻し、最後まで投稿ボタンを押すことはできなかった。



 私はしばらく悩んだ後、せめてリリィさんに報告しようと返事を書くことにする。


『笑いって大事だね! おかげで絵が描けたよ!

 それにね、新しいことをはじめたの~』


 無理やりテンションを上げつつ、ダイレクトメッセージでリリィさんにだけイラストを送る。

 すると、ちょっとしてから大興奮のメッセージが返ってきた。


『すごい! さすがはスノウさん。復活うれしいなっ~!

 本当にすっごく最高だよ! これはネットで公開するのかなっ?

 それに、新しいことってなんだろ~?』


 喜んでもらえて、ほんとにうれしい。

 質問への返答は部活のことに触れることになっちゃうけど、私が学生だということぐらいはバレてもいいかもしれない。

 リリィさんなら、きっとナイショにしてくれる。


『えっとね、部活に入ったんだけど、部活自体は憂鬱ゆううつなんだよ~。

 でも先輩が可愛くて、グッときちゃった!

 あとね、ネットで公開するのはまだ怖いし、見せるのはリリィさんだけ~』


『私だけなんてうれしいなっ! それに部活、いいですね! やっぱり美術系かな?』


『ちがうよ~。私に似合わない運動系の部活。不安がいっぱいなんだけど、もしかしたら夏には合宿のついでに東京観光に行けるかもしれないんだって~』


『えええ! そうなんですかっ? すごい!

 東京と言えば秋葉原! 私も憧れるよぉ~っ』


 ちょっと情報を出しすぎちゃったけど、まあこのぐらい平気だろう。


 そして今回分かったこと……。

 リリィさんは関東に住んでるわけじゃないらしい。

 だったらいっそのこと、同じ学校にいてくれたらいいのにな!

 私は叶わぬ願いを胸に、もう一度イラストに目を落とす。


 スランプ脱出の記念すべきイラストだから、スマホの待ち受け画面に設定しよう。

 この絵のモデルになった先輩たちにも感謝しかない。

 学校内でもとびっきりの美少女たちに囲まれることを思うと、明日からの部活が楽しみだ。



 私はムフムフと鼻を引くつかせながら、眠りにつくのだった――。




 第一章「なんで私が登山部に?」 完

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