冴えない後輩とかの腐らせかた……本妻だけはもう余裕ですけど。

Rhino(ライノ)

冴えない後輩とかの腐らせかた……本妻だけはもう余裕ですけど。

 昔のわたしは髪も短くて日焼けしててまるで男の子みたいな子でした。

 そんなわたしを変えてくれたのが、倫也先輩がわたしの誕生日にプレゼントしてくれた『リトラブ』と携帯ゲーム機だったんです。それがきっかけで名古屋に引っ越してから3年の間に、倫也先輩のおかげでアニメやゲームの好きな女の子になれたんです。

 だから中学3年生の夏休み前、名古屋から戻ってきた私は倫也先輩と運命的に再会するために、校門の前で待ってたんです……。


「その話は何年も前に現場に立ち会ってるわよ。そもそもアレって今思い返すと、運命も何も、サークルチケット用意してた時点で計画的犯行だったんじゃないのよ」

「ほんと、まるで小説でも読み返したみたいに良く憶えてるわね。と言うより、その話って倫理くんの書いてた後輩ルートのシナリオのままよね」

「というかどっちがパクリなのよ」

「それよりこの子の傍にあるグラス、あのままだと倒してお酒こぼしそうだから退かしてちょうだい」

「わかったわよ詩羽、仕方ないわねぇ」


 倫也先輩はわたしの初めての夏コミでも手伝いに来てくれて、それだけじゃなくってわたしの未完成だったコピー本を拡大コピーして立て札を作って宣伝までしてくれました。

 そのおかげで初めて新刊が完売して、そして倫也先輩たちやお隣のサークルさんから拍手のお祝いをいただいた事は、今もよく覚えています。あと柏木先生の色紙の件とか……


「あの後のことはもう謝ったわよね」


 あの色紙でケンカ売られたのがきっかけで、わたしは負けたくないって思って、お兄ちゃんの誘いでお兄ちゃんがいた紅坂朱音さんのサークルで原画デビューする事になったんです。

 でも、そんな倫也先輩のサークルのライバル関係みたいになったのに、倫也先輩は応援してくれて……

 冬コミでの結果は、売上では勝ちましたが、後の話題と委託販売では負けちゃいました。でも、自分のやれる事はやったんだからって思いました……


「……だ・か・ら~~! なんでそんな話を今更掘り返すのよ、あんたは!」


 もっとも、冬コミに向けての準備でなおざりになってたわたしの受験勉強を取り戻すのに必死で、そっちの事に頭のリソース割く余裕が全然なかったんですけど。

 そう言えばあの時は受験勉強で一杯一杯だったから、バレンタインも直接渡せなかったんですよね。それもこれも全部、倫也先輩のいる学校に入学したかったからです。

 だから、倫也先輩のサークルに入るのも必然でした。ちょうど裏切り者のお陰でビジュアルのポストも用意されてましたし……


「ちょっと待って! 今なんって言ったぁ~~~~!」

「まぁ、あの時のそれはある意味事実だわね」


 しかも前の人が高飛びした先であんな凄いイラストを投げつけてきた所為で、それからしばらくこっちは本当に凄く苦労したんですけど。


「って、前の人? ちょっとど~言うこと!」


 それと、せっかく私がゲットしてきた夏の沖縄リゾートでのサークル合宿も、OGの方々の所為でぶち壊されたし。

 そのOGの高飛びした先でのトラブルの所為で、倫也先輩とわたしと恵さんと美智留先輩のサークルも空中分解寸前になって、終いには修羅場モードだったし。しかも原因のOGはヘルプと称して茶々入れてきたし……



   ◆  ◆  ◆



 と、ここまでナレーションのように語っていたのは波島出海です。会話の内容は未成年の中学から高校の頃の話でしたが、その頃を振り返っていた今はもうお酒も飲めるお年頃。そして更には飲みすぎて完全に酔っ払いだったり。

 なお、実際の音声では聞き手が辛うじて判読できる程度の呂律も怪しいうわごとモードだったのでテキスト化に際してはある程度意訳を含みます。


 そして現在の波島出海は話し疲れたのかテーブルに頭だけ乗せてうつ伏せていた。頭の上に団子にまとめられた髪もなんだかうな垂れているかのように見える。


 テーブルの上では、さっきまで肉や野菜を大量に煮立てていた鍋の中は既に具材のカケラだけしか残っておらず、役目を終えたようにコンロの火も止められ、鍋の中も静まっ……スープの水面が何故か微妙に細かく波打ち始めてて……

 空だったりお酒が残ったりしたグラスも細かい音を響かせだした微振動の震源は、


「……で、どうして私たち、この酔い潰れた後輩さんの愚痴……みたいなのをさっきからずっと聞かされなきゃいけないのかしら、河村・スパイダー・きらりさん?」

 足元で微振動を発するのは、発表した作品が実写映画化二作、劇場アニメ一作となるくらい大活躍を見せている超大物作家、艶やかな黒髮を肩のあたりにまでカットして化粧もして大人っぽさを見せていた霞ヶ丘詩羽だった。

 なんとなく雰囲気が元詩羽担当だった不死身書店編集部トップの町田さんっぽくなっているのは、ある意味、模範的な大人な女性がその御方しかいなかったと推測されますが、とりあえず今は、貧乏ゆすりは大人気ないです。


「あんた、そのネタいつまで憶えてるつもりなのよ! それからもうあたしはツインテールをとっくの昔に卒業してるんだし」

 そしてそのお相手をするのは、今や神絵師と讃えられるほどの人気イラストレーターになった澤村・スペンサー・英梨々。

 トレードマークだったツインテールからは卒業して、ストレートロングに流した金髪に、後ろ髪をリボンで軽くまとめているのだが……イラついてるらしく、氷だけしか残っていないグラスを握った手をテーブルに置いて、そっぽを向いて素っ気なく答えていた。

「それはあんたも調子に乗って呑ませ過ぎたからでしょう?」

「あら。私は日本酒を少しお猪口に注いで勧めてみただけよ」

 私の所為じゃないわよと余裕の顔で返す詩羽に、英梨々は逆に強く出る。

「そっちの方が悪酔い酷いわよ!」

 けれどもそれに対しても詩羽はまったく悪びれもない態度。

「何よ。少し飲ませれば口が軽くなって、後は自然と自は……ネタ出しするかしらって思ったのよ。取材の為なら手段選ばないのが私の主義だって、あなただってもうわかってるでしょ」

 本音を言い換えつつも隠し立てする素振りもなく詩羽は開き直ってみせる。英梨々も長年の付き合いでよく見知っているとはいえ「たくっ、あんたは……」と呆れるしかない。

 すると、言い包めに成功して反論がないことに乗じて詩羽は逆に詰め寄ってきた。

「それに、そもそもこの子が思い出話言い出したきっかけは、あなたが茶々入れて焚き付けたからじゃないの。少しくらい、あなたも責任持ちなさいよ」

「知らないわよ! この子が昔の事を蒸し返してきたから言い返しただけじゃない!」

 むしろ被害者ニ号と言わんばかりの英梨々。

 そう。酒を口にしてからの出海の話は、最初は最近の事などだったのだが、途中から昔のサークル時代の話に踏み込んでしまっていたのだった。


「はいはい。で、その結果がコレよ」

 詩羽はテーブルの上で寝息をたてる出海に視線を向ける。

「まぁ、流石に底なしかって私もヒヤヒヤしたわね。口が軽くなったお陰でここ数年の出来事を色々聞かせてもらったけど、呑みっぷりもアレだったから」

「ほんと、意外と飲み干しちゃってて……一体どこに溜まるんだか」

 二人の目は、身体とテーブルの端に挟まれて潰れるように横に膨らみ何度も起伏する小山を見つめる……。

「ッ!」

「あら、どうかしたのかしら?」

「な、何でもないわよ!」

 余裕な表情の詩羽に英梨々は咄嗟に言い返すが、チラッと出海の……を見てやっぱり以前よりも大きくなっていると思う英梨々だった。

「まぁ、私や町田さんならまだしも、将来あの女みたいにはならないで欲しいわね」

 詩羽も酔い潰れて眠り込んだままの出海を見つめてそう呟いていた。



   ◆  ◆  ◆



 それから出海は、流石にそのままテーブルにうつ伏せで放置ともいかなかったので、今はフローリングの床に寝かされて大きなフカフカのクッションの中に頭を沈めて眠らせている。

 英梨々は、二人掛かりで寝かし付けた苦労も知らずに出海はどんな夢を見てるのかと呆れてしまう。そして呼吸する大きな双子山を目にして……寝入ってる様子を見飽きると今度は詩羽に別の話題を話し掛けた。


「でもあの倫也がサークルをそのまま商業化させた会社が数年も持つなんてね」

「倫理くん、いつかきっと私たちに追いついてくるとは思ってたけど、たった数年で本当に私たちをオファーしてくるようになるだなんて、私だって想像もしなかったわ」

「そうそう。しかも別々で仕事してたあたしたちをひとまとめにするとか、どこまで話題性狙ってるんだか」

「話題性はともかくとして、私たちを引き込むために町田さんまで巻き込むなんてね。これだからオタクに空想具現力を与えたら何をするか分からないのよ」


 と、その時不意に、暫く目覚めそうな感じのしなかった出海が突然目を覚まして床に座り込んだ。

「っていうか~、アレなんか完全にわたし、サブキャラ扱いですよぅ~。美智留さんはまだ初っ端にライブハウスで気持ちよく歌ってたのに、わたしなんて、ドリンク剤飲んで寝落ちしないように目を充血させながらキービジュアルのイラストを当日十時に描き上げただけで~~、何ですか! 徹夜する真っ赤な眼の充血ヒロインとか! ワケわかんないですよ~。とにかくそれから後はもう……ツッコミ入れるか振り回されるか美智留さんの地雷の後始末かお兄ちゃんの通信端末役か……恵さんの前で震えてる役とかぁ~~」

 文字通り酔っ払いのうわ言のように心の叫びを上げると、出海はその場でクッションを枕に崩れるように再び寝落ちする。出海は一体どんな夢を見たのだろうか。

 そんな不意の出来事に詩羽も英梨々も一瞬目を丸くしてしまうが、いち早く反応してみせたのは詩羽だった。

「……でもまだあなたはまだ全然マシな方よ」

「なんせ、サークル名の次にアンタの名前が登場してたしねぇ、まったく何でよ」

「私たちなんて、焼肉テーブルの末席みたいなモブ扱いだったから、きっとエンディングロールのキャストリストでは一番最後よ、ってこのポンコツ金髪ツインテール娘と話してたら、本当にそんな扱いだったんだんだから、それも焼肉の店員や客よりも後にね」

「って、詩羽! メタな話ししてんじゃないわよ! ソレから誰が金髪ツインテよ! どこに目があるのよ!」

 確かに今の英梨々は長い金髪の一部を後ろで束ねた髪型をしていて高校時代とは違っていたりするけど、その時はまだツインテールで……

 けれどもポイントはそっちではなく、

「あら、突っ込むのはそこなのね」

 詩羽は肝心なポイントを見逃した英梨々の反応に呆れてしまうのだった。


 と、そこで再び出海が、今度は目を座らせたまま起き上がった。

「……あと、せっかくエンディングロールと一緒に今までの全部が込められたかの様なエンディング曲が流れてたのに、コレでハッピーエンドに終わったと思ったら 「私たちもう、別れた方がいいんじゃないかなぁ」とかってセリフが入るし~~。お陰であのステキな曲を聴き終えて一呼吸のタイミングで、その別れ話のセリフが聴こえてくるようになってるんですから~~!」

 そう言いながら出海がテーブルを何度もパンパンと手で叩くと、突然別のところからバーンと叩きつける音が響いた。

「あ~~~!!!! 他にもいたかぁ被害者がぁ~!」

 テーブルに両手を叩きつけるようにして叫んだのは英梨々だ。一方、詩羽は「あ~そんな事もあったわね」とまるで他人事のような反応だった。すると英梨々は矛先を詩羽に向けた。

「って言うか、アレはボツにされたあんたの脚本じゃないのよ! 勝手に同人時代作品の続編書いてた~。しかもあんたのルート行きで!」

 詰め寄らんばかりの怒髪天な英梨々に、しかし詩羽は平然と言い返す。

「そうよ。あのゲームがあんな終わり方だったんだから、主人公○すかメインヒロインを記憶喪失にするかしてリセットさせないと、再会から始まる真ヒロインルートのフラグが立つワケないじゃない。別れ話ぐらいまだ穏便な方だわ」

「今更真とか付けてんじゃないわよ、未練がましいったら」


 そんなグダグダなところに、突然誰かがやってきた。

「ハイヨ! おつまみいっちょう!」

 そう言ってから揚げやポテトなどの揚げ物と枝豆とかスナック菓子がたくさん盛られたお皿をテーブルに置いたのは、タンクトップのジーパン姿にエプロンつけた居酒屋の店員……

「あら、ありがと。ああ、ついでにビール一本追加、お願いできるかしら」

「あたしはイチゴの酎ハイで~」

「あいよ、ちょっと待ってて~」

ではなく、氷堂美智留だ。長くなった髪を後ろにまとめたポニーテイル揺らしながらそれぞれの注文を受付けていた。

「あたひも~」

「はいはい、とりあえずアンタは水一杯ね」

 そう言って美智留は再びその場を後にする。



   ◆  ◆  ◆



 ここまで触れてなかったけど、このグダグダな飲み会は居酒屋ではなく、

「株式会社blessing software」

のオフィスというかリビングで行われていた。そしてこの惨状は更にヒートアップする……。


 また起き上がった出海は、目を据わらせながら空のプラコップを手に再び愚痴を口にしていた。

「でぇ! わたしが言いたかったのはゴォルまれなん年かかってるの~ってことデスゥ。思い返せばぁ、あの運命的再会をした時から倫也先輩のすぐ後ろにいたんレスよぉ~」

 英梨々も思い当たるからか、出海の話にのっかかる。

「だからアレは絶対あの子の計算ずくの計画的犯行なんだわよ~!」

 あの子とは、ここにいない人物の事である。美智留ではなく言わずと知れた……

「倫也先輩のサークルに挑戦状叩き付けた時も冬コミの時も、それからわたしが倫也先輩の学校に入学して真っ先に倫也先輩に会おうとした時も、気付けば倫也先輩のすぐ後ろに憑いてたんレスよぅ」

「って出海、ちょっ、それッ誤字ってるのっ?」

「それからずっと、わたしはこのサークルの片隅にいる間ずっと本妻ルートのモブのように息を潜めて生きてきたんです~。高校を卒業して大学でも倫也先輩と恵さんの後輩になってもサークルの一員でいましたけど、倫也先輩の側にはいつも必ず恵さんがいて、サークルを会社にしても、倫也先輩のお家からこの新しい事務所に越しても、あの二人はいつも一緒で。と言うか、恵さん、ほぼ同棲状態だったですし~~」

 余程その事で今までストレス溜めていたのか、出海はプラコップを握り潰してしまう。

 しかし、そんな事よりももっと肝心なトコに英梨々は喰い付いて来た。

「ちょっと待って! 何よそれ?」

 それまで聞き手に回っていた詩羽も流石に口を挟んできた。

「……さっきから聞いてると、それってもう通い妻ってレベルじゃないわね」

 そんな二人の先輩に、出海は更に暴露する。

「去年なんか二人一緒にお風呂にまで入ってた事もあったし~」

「なッ!」

「ちょっとどう言うこと不倫理君! 詳しくもっと詳しく聞かせてくれないかしら波島さん!」

 詩羽は出海の両肩を掴んで問いただそうと揺する。しかし、出海は頭をカクカクさせながら、愚痴を垂れ流し続けていた。

「もうそこまで憑きっ放しだったんなら、さっさと早く一緒になってしまえばいいのに~~。職場でソレを目にするわたしたちの身と言うか精神衛生とかにも少しくらい気を配ってくださいよ~。そりゃまぁあの頃はマルスの件で仕事モードは完全に修羅場でしたけど……」

「まったく、相変わらずの鈍感ヘタレ主人公してるのね、倫也君は」

「でッ、やっとこの前の恵さんのお誕生日翌日になって指輪を付けてるとか、どんだけ時間かかってるんですか~~!」

「指輪! 倫也が恵に……ですって?」

「あの不倫理君が不倫理君が不倫理君が……」

「恵さんも恵さんですよう。あんなに倫也先輩の側にいつも恵さん憑いて……ついていたんなら、とっくにファーストとか告白とか合体とか済ませてるなら、さっさと決着を着けて、じゃなくってつけて、さっさとゴールにかっさらってしまえば良かったんですよぅ」

 そう心の叫びを吐き出したところで、出海はフローリングの床にバッタリと倒れてさっきまで枕にしていた大きなクッションに頭を再び沈めて、そのまま寝入ってしまった。


「それで、私にどうしろって言うのかなぁ」

 突然届いたその声に英梨々と詩羽が振り向くと、リビングの入り口にカジュアルな服装の加藤恵が立っていた。実はこの一連のグダグダよりも前に風呂に行っていたのだ。

「あら、加藤さん。上がるの早いわね」

 詩羽は何事もなかったかのように話しかけるが、英梨々は緊張の余り言葉を選んでしまう。

「あの……恵、あんたどこまで聞いてた、の?」

「……私たちの近況や出海ちゃんの昔の事とかを出海ちゃんが話してた辺り、かな」

「ってソレ! ほとんどじゃないの! あんた、本当に風呂入ってたの?」

 まるでヤ○デ○ヒロインを地で行くような予想外な行動をとる恵に、英梨々は突っ込まずにはいられなかった。


 と、そこに「はいよ!」と場違いな感じで店員……美智留がジョッキとグラスとお皿を器用に両手で抱えてやってきた。

「ほらほら、ビールと酎ハイと、あと、おつまみも追加で作ってきたよ~」

 そう言ってテーブルに次々と並べる。出海のテーブルにはお水のグラスが置かれた。その美智留にも恵は矛先を向ける。

「……美智留さんも、私たちの家の台所で好き勝手しないで欲しいんだけどなぁ」

 今日に限らず、今までにも何やら色々とあったらしい。けれどもそんな苦情にも鈍感らしい美智留はノー問題とばかりに応えていた。

「大丈夫大丈夫、おつまみの食材とかは全部、隣のオフィスの冷蔵庫からお酒と一緒に持ってきてて、ちょっとだけキッチン使わせてもらってるだけだから。近いと便利だよね~」

「近すぎると私たちのプライベートがなくなっちゃうんですけど。って、そうじゃなくって~」

 恵の抗議にも鈍感なところは、美智留は相変わらずらしい。

 と、その会話の中からある言葉を聞き流す「落としのウタさん」ではなかった。

「私たちとか言って既に範囲が限定されてる辺り、やっと本当の意味で本妻になってきたみたいね、加藤さ……この場合はもう恵さんかしら?」

 不意にそう指摘されて、恵は急に顔を赤らめてしまう。

「そんなことは……ないよ、全然……まだ」

「まだ! って、もう、そー言ってるとこが勝ち組なのよ!」

 英梨々も反撃とばかりに突っかかる。詩羽も追及の手を緩めようとしない。

「もう洗いざらい、不倫理くんとのアレやコレやを吐き出しちゃいなさい! そうしたらベストセラー作家の私がノンフィクション実録小説にしてあげるわ」

「わ、わたしはこっから先はもう見てません聞いてません知りません~~!」

 いつの間にかまた目を覚ましていた出海は、恵の登場に急に頭が覚めたのか無関係を通そうとするが……

「あ、そ言やぁ出海ちゃん、この前夜中に壁に耳当てて……ッ!」

 美智留の余計な証言……出海は体当たりで慌てて口封じしようとする。

「だ、だからわたしは何も知らないです~~! 防音完璧でした~~!」

 美智留の頭を大きな胸で抱きかかえながら出海は必死で誤魔化す。

 けれども、それを見聞きしていた恵は、満面の笑みを表面的に見せてこう告げたのだった。

「出海ちゃん、もう何も言わなくて良いからね」

「そそそ、そんな怖い笑顔を私に見せないで下さいよ~~!」


 力の抜けた出海の腕からスルッと抜け出した美智留は、ここに至ってもグダグダな状況に、呆れるように深くため息をつくと、この場でいきなり恵に核心を突きつけた。

「って言うかさあ、加藤ちゃんがさっさと倫也のヤツを掻っさらっちゃえばいいんじゃない?」

「そ、そーですよ!」

 出海も同調する。

「まぁ、今更私もヘタレ主人公争奪戦を本気で仕掛ける気は無いわよ、そこのポンコツは知らなけど」

「ポ、ポンコツ言うな! ってか、あたしだってそんなのもう高校卒業前に見切り付けてるわよ」

 詩羽も英梨々も同じく。

「って事であたしたちの結論が出揃ったけど、加藤ちゃん、あんただけっぽいよ」

「ここまで追い詰めたげたのに、どっかのシナリオみたいに突然あり得ない変な方向に急展開とか言い出さないでよ、恵」

「流石にわたしもモヤモヤとか解消したいですよぅ〜」

「ここで言わないと、あなたもそのまま優柔不断ヘタレ主人公の仲間入りよ? いいのかしら?」

「……良いです、私も、倫也君みたいに優柔不断ヘタレ主人公で」

「「「「そうじゃなくって~」」」」







   ◆  ◆  ◆



 その頃、隣の会社オフィスのベランダでは、会社社長の安芸倫也と取締役の波島伊織の二人が湯飲みを手に、外の夜景を眺めながら黄昏ていた。

 倫也は、恵が風呂に行くのとタイミングを合わせて、こっちに来て詩羽とかの追及を逃れていたのだった。そして伊織はそれよりも前にこちらに来ていた。


「なぁ伊織。なんで俺たち、オフィスのベランダで二人してお茶飲んでるんだ?」

「それは、とっくに決着のついた正妻戦争の残り火に巻き込まれるのが面倒だったからだよ」

「って、何その戦争? かなり前にもどっかで耳にした気がするんだけど!」

「まったくキミは見事なくらいに鈍感主人公だなぁ。まぁそっちは置いとくとして。こっちに逃げ込んだのはアレだよ。さっきの苑子編集長からの電話」

「ああ、さっきの打ち合わせの連絡か。スマホとって早々に部屋から出て行ってたよな」

 あっちでグダグダが始まるよりも前、振動したスマホを手にして画面を見た伊織は、一瞬困った顔を見せると、スマホを耳に当てたまま部屋を出て行って、こっちの会社オフィスに来ていたのだ。

「あのまま僕たちの鍋パーティーの模様を電話越しに聞かせたら……」

「わかったわかった。皆まで言うな。アレだろ。あの人まで後から乱入しかねなかったって」

「多分、朱音さんもおまけで」

「そうなると大惨事だな、間違いなく」

「あの人たちには肝休日って言葉がないからねぇ……。さて、寒くなってきたから僕はそろそろ戻るよ」

 不意に伊織はそう告げながらベランダのドアを開けて部屋に戻ろうとする。倫也も「ああそうだな」と伊織に続こうとしたが、ふと、ある事を思い出していた。

「そう言えば夜分にベランダに出て酒飲んでたらお隣さんもって顔を出してきたって場面、なんかであったよなぁ」

「……そのネタ、次の企画の時に丸っと使い回さないでよ」

 振り返った伊織はそう言って釘を刺すと、「じゃあ、僕はこれで」と言い残してベランダのドアを閉めてしまう。

 まるで部屋から追い出されたかのような状況に、その場に立ち尽くしてしまった倫也は反論と言うか言い訳を口にする。

「分かってるって! ただ、その場面に似てるなって思っただけだろ。こうしてベランダでボーッと夜空を見上げながら黄昏てたら……」


「倫也くん、そこにいたんだ」


 夜風の下でも聞き間違えようのないその声。倫也が振り返ると、隣のベランダの衝立越しに恵が顔を覗かせていた。倫也はすぐに衝立に寄り添って出来るだけ恵に近づく。

「恵……こんなトコ来ると風邪引くぞ」

「うん。ちょっとしたら戻るよ」

 そう答えると、恵は用意していた温かいミルクティのコップを口にして、夜空を見上げた。

「それよりそっちはどうよ?」

「今、みんながお片づけしてくれてるところだよ。もう少ししたら戻ってきて」

「みんなの中に恵はいないんだな」

「それは私がお風呂に行ってる間に散らかしたりしていたからだよ」

「美智留の奴、さっきから何度もこっちの冷蔵庫とそっち、行き来してたよな、そういや」

 さっきまで伊織とでベランダに出ている間も、美智留は何度もオフィスの台所とを行き来していたのだ。

「とりあえず、片付けたら呼ぶからそっちでゆっくり待ってて」

「分かった」

「倫也くん、明日から本当に楽しい私たちのゲームの製作合宿が始まるんだね」

「楽しいかどうかは、まぁ微妙かもしれない……と言うか、終盤にまた修羅場モード入ってなきゃいいけどな」

「それをひっくるめて、きっと楽しいんだよ。それから机も七台用意してて良かったね、倫也君」

「……ああ、そうだな、恵」

「………」

「………」

 夜空の下、冷たい風がベランダにも流れ込んでくる。倫也も恵も暖かい衣服を重ねてはいるが、少し身体を固くしてしまう。倫也はそろそろ部屋に戻るよう促そうと振り向くが、先に言葉を口にしたのは恵の方だった。

「………ねぇ、倫也くん」

「なんだ、恵?」

「私たち今、ここに二人っきりだよね」

「ああ、こっちも俺だけだし」

「私もベランダの入り口を日除けで隠してるから」

「今はもう夏じゃないだろ」

「だからこれで二人っきり」

 恵は再びコップの中を口にする。そして倫也にまた話しかけてきた。

「そ、そうだ。ちょっとだけ食べ物持って来てるんだよ。倫也くんにもあるから衝立越しに顔を見せてくれるかな」

 そう言って寒空の下にまだ残ろうとする恵に、倫也は今度こそ部屋に戻るように言おうと、衝立越しに隣のベランダに顔を寄せるが……

「だから余り寒空にいると風邪ひく……んんッ!」

「ん……」

 それを待っていたのは恵の方だった。ベランダ越しに二人の顔が重なる……。

「これで一応、今日のところは決着をつけたからね、倫也くん」

「決着? 何? め、恵ッ! ど言うことッ?」

「だから倫也くんの……も、私、待ってるからね」

                                     [終わり]

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冴えない後輩とかの腐らせかた……本妻だけはもう余裕ですけど。 Rhino(ライノ) @Rhino40

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