終末の機械少年が異世界で優しい出会いを繰り返す話

いちじょう▼

第1話 世界樹と旅人




 おはよう、ノア。




 ◆


 ──胤暦いんれき20XX年。世界樹の麓。


 澄んだ水色が広がった遥か上空にもそのの頂は見えない。青年は目線を移さず、そのまま暫く緑の髪を風に靡かせた。

(完全に観光気分で見に来たが、凄いな)

 周囲に人影はなく、また人が寄り付く気配もない。静寂がより一層世界樹の存在感を引き立たせる。道中溢れるほど居た観光客はどこかで引き返したらしい。

「何だっけ、世界樹の古代語、『ビッグツリー』みたいな」

 誰に尋ねるわけでもなく、樹の雄大さを普段使わない言語を使って口から零した。

「『ワールドツリー』だ。その辺にいくらでもありそうな大木と一緒にしないでくれ」

 直後、凛とした、しかしその場に似つかわしくない高い声が後ろから響いて来た。

 青年は思わず半歩下がりながら振り返るが、声の主を見てすぐに警戒を解いた。

「驚いたな、子ども? 急にどこから?」

「子どもじゃない、僕はこの世界樹そのものだ」

「世界樹そのもの」

「そうだ。なのに今急に何の前触れもなく樹に弾き出されてここに立っている。一体なぜだ。どうすればいい?」

 青い髪の少年が凛とした雰囲気を崩さず、不遜な態度のまま、どうやら急に困った事が起こっているらしい事を伝えて来たのが青年には面白く思えた。

「答えは分からないが、俺はこのたった数秒で何かに巻き込まれたらしいな」

 青年は一瞬微笑んでから体制を整え、改めて少年に向き直った。

「俺はミカ、この樹に近い村の外れでいずれ料理屋を開く予定でいる。今日は店の下見のついでにここに寄った」

 少年はまだ混乱が収まらない様子でありつつも、口を開いた。

「僕はノア。僕は、というより、今その手に持ってるパンフレットを見れば分かると思うが、この樹の通称が『ノア』だからそう名乗る」

「じゃあノア。その、自分が世界樹って言うのはなんなんだ?」

「さっきのあの瞬間、ミカ……さんと話すまでは、種が根付いた瞬間からずっと樹としてこの世界全てを見通して、それを全て記憶して暮らしていた。今までもこれからもその筈だった」

「ミカでいい。なるほどな。正直ノアのやってることは俺にはよく分からんが、どうせ気ままな一人旅、力になりたくはある」

 ミカが協力的な態度を見せると、ノアも少し落ち着きを取り戻した。

 すると程なくして些細な疑問が浮かび上がり、ミカに尋ねる。

「ミカ。ここは聖域で、かなり強力な目隠しと人払いの結界が掛かっているんだが、どうやって入ってきたんだ?」

「え?」

「周りを見ろ、誰もいないだろう。普通は世界樹の麓なんて見つけられないし、そもそも途中で『なぜか帰りたくなる』ようになっているんだ」

 ミカは左右を見渡したあと、合点がいった顔でノアを見る。

「それで人が居なかったのか。そういう事もあるんだな」

「いや状況に対しておおらか過ぎるだろ色々」

「まあそういう事もある」

「ついさっき初めて地上に立った僕でもない気がするな」

 ノアが笑うと「そうか」とミカも微笑んで、その後一瞬沈黙が訪れた。

「んー、ここでずっと突っ立って話してても埒が明かなそうだし、とりあえず一緒に店来るか? 権利自体はとっくに貰ってる空き家で、元々旅が終わったら俺の家になる予定だ。そこで色々聞くだけ聞いてやる。どうするかはそれからだ」

「僕は好意に甘える身だ。異論はない。よろしく頼む」

 ノアが小さく頭を下げると、ミカはそれに手を乗せ緩やかにかき回した。

「よしよし、子どもは素直が一番だ」

「子どもじゃない、この樹と同じ年齢だ!」

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終末の機械少年が異世界で優しい出会いを繰り返す話 いちじょう▼ @1jo_5

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