楽園追放 〜追放されたので、尋常じゃない努力をして復讐を目指したいと思います〜
ぼつらく
努力と天才
「なに……?」
「姉様に天界から出ていってもらう、と言ったのです」
上級天使が集まる円卓会議の中、女系天使のガブリエルがそう切り込んだ。
「……理由が分からないな」
何故、急に天界から出て行けと言うのだろうか。
それもナンバーワンの天使である私に向かって、ここまで強気に出てくるなんて。
何時からガブリエルは、そんなに偉くなったというのか。
「私から、それについて説明しましょう……」
常に笑みを浮かべている天使、ラファエルが言った。
彼は人間の真似をして眼鏡とかいうものをかけている変わり者だ。
「貴方はあまりにも強すぎる。貴方一人で上級天使を半壊させることができます。……おまけに、一部には熱狂的な信者がいる」
「それが何か関係あるのか?」
「ええ、我々上級天使は協同して天界を運営しているわけです。姉様の影響力は、その協同運営という均衡を崩しかねません。このままでは僭主制に陥ります」
なるほど、そうゆうことか。
強すぎる力の処分の仕方が分からないから、コイツらは私に出て行けというらしい。
「ですから、七大天使は貴方を排除すると決めました」
「……だが、そんな意見が果たして通るか? 私は何も反逆をしたわけでもなければ、罪を犯したわけでもない」
「当然の意見ですね。しかし、罪がないというのはどうでしょうか?」
「……何?」
疑問を呈する私の前にどこからか、ドサッと書類が置かれた。
「これは姉上が天界で行った罪の一覧……」
筋肉隆々の天使レミエルが言った。
私はその紙に目を通す。
そこにはこう書かれている。
──反逆を画策、天界に対する裏切り、天使への賄賂、権力乱用、など罪状が何行も書かれている。
「馬鹿な……、どうゆうことだ……?」
当然、心当たりはない。
すべてがでっち上げである。
しかし、数多の資料や証拠が貼り付けられており、真実性を帯びている。
私以外の者が見れば、きっとこの資料を信じるだろう。
「自分自身の抱える罪の大きさに辟易してしまいましたか」
ラファエルはいつも以上の笑みを浮かべた。何が面白いのだろうか。
「「姉様、これは本当なのですか?」」
他の天使達が皆こぞって、私を問い詰める。
「そんなわけないだろう……!」
「しかし、この証拠の量は……」
反論しようにも、ここに書かれていることを否定出来なかった。
何故ならば、ちょうどアリバイがない時間帯や日付を考慮して作られており、資料のどの部分も私の行動に矛盾しないものになっている。
ここまで精巧なものを作れる天使など限られているわけだが、これほどまで資料を厳格に作り上げてまで、私を追放したいのか?
「姉上、もし反論をするというならば、自身が潔白だという証拠を出してください」
レミエルがそう言った。
「……」
当然、何も言えない。
「これは違う」と声を大きくしたところで、それは意味を為さない。
「では、これより投票を行います。内容はルシフェル様を追放することの賛否です。棄権も認められます」
私の様子など気にもせず、ラファエルが追放投票を開始しようとした。
だが、それがある天使により中断される。
「待て、ラファエル。お姉様はそんなことをする御方じゃない」
金色の髪が目立つ男系天使にして、私の次に生まれたミカエルが流れを断ち切った。
「では、ルシフェル様の罪を問うべきではないと? これだけの証拠があるのに……」
「……精査があまりに足りない。これでは悪しき前例を作ってしまう」
「しかし、姉上は何一つ反論をしない。これは暗に認めている、ということでは?」
レミエルが尤もらしいことを言った。
「それは……」
ミカエルが言葉に詰まる。
「ミカエル、それは誤解で精査は十二分だ。なにせ、私が反論できないように、資料の精査に抜かりがないからな」
「挑発とは見苦しいですよ。……さぁ、早く投票を開始しましょう」
強引に推し進められる形で投票は行われた。投票をゼラキエルが開封する。
結果、賛成が十ニ、反対が三、棄権が五となり、私の追放が決まった。
「何処ぞの誰が主犯かは知らぬが、私を追放したことは高くつく。……それを忘れるな」
そうして私は楽園追放の刑に処された。
◆
天界を追放され人間の世界へと私は墜とされた。
追放とは天使という存在からの追放であり、単に天界に入れなくなるというわけではない。
つまり、私は人間の身体になってしまったのだ。
それが意味することは、かつての強大な力が消えたということ。
天使の身体でなければ、魔法も能力も使えない。
(身体がやけに小さい……)
小さい掌、平らな胸部、短くなった藍色の髪、全てが様変わりしていた。
(まぁ、いい……。適当に歩こう)
見晴らしの良い山道らしき場所に落とされたらしく、ここを下れば街に着くというのは何となく分かった。
というのも、人間界について多少の知識があった。
私には理解できない人間というものは興味深い観察対象であったからだ。
歩いていると様々なものを見つける。
所々にある住居らしきもの。
見たことのない果物が吊り下がっている木。
何処からか鳴き声のする生物。
(……謎がたくさんあるな)
そうして観察をしながら歩いていたら、かなり時間が経ったようで、日が顔を隠しかけていた。
そんな時、偶々出会いはやって来る。
「えい! えいやぁ!」
麓の街が視界に入った地点。
人間の子どもらしき男を見つける。
その子どもは木の剣らしきものを何度も何度も振るっており、私の目には奇妙に映って見えた。
「そんな風に振り回して……何をしてるんだ?」
気になって聞くことにした。
「ん、おねえちゃん……だれ?」
「私は……」
名前を言うわけにもいかないだろう。適当に誤魔化すことにした。
「ただの通行人だ。怪しいものじゃない」
「そっか! ぼくは、けんぎのれんしゅうをしているんだ」
(剣技の練習? ……練習とは何だ?)
「それは何のためにやっているんだ?」
「とうさんみたいな、そーどますたーになるため!」
「……よく分からないな」
「えぇ、なんで?」
「剣を振れば、そのソードマスターとやらになれるのか?」
「わからない! でも、とうさんは『どりょく』すればなれるって、ぼくにおしえてくれたよ!」
「どりょく……?」
聞き慣れない言葉だった。思わず聞き返す。
「それは何だ?」
「どりょくはどりょくだよ! こうやってまいにち、そーどをふることで、ぼくはつよくなるんだ」
剣を振ると強くなる、と言っているみたいだ。
なるほど。
努力とは修行のような意味か。それならばミカエルが時たま呟くことがあったから分かる。
しかし、意味が分かっても、なお努力という言葉は神秘的だった。
何せ、私は生まれながらに完成している存在であり、全知全能の存在だった。
何かを習得するために、その努力とやらをした覚えも、成長するために何かした覚えもない。
手を伸ばせば全てに届く位置にいたがために、何をする必要もなかった。
私には努力というものは不必要のものだったのだ。
……もっとも今は出来ることの方が少ないだろうが。
「なぁ、少年。君はいつもこうやって剣を振って、その努力とやらをしてるのか?」
「うん! まいにち、ここでやってるよ!」
「……そうか」
それだけ言って、その場所を離れた。
街へ行こうと思ったが気が変わった。
少し山で暮らすことにした。
幸い、得体の知れない果物があったから食には困らない。
果物を誰もいないのを確認してから刈り取ったが、食欲がやって来ないことに気付く。
人間というものは食欲、性欲、睡眠欲に支配されていると聞くが、それらが私に訪れることはなかった。
(堕天の副作用か……?)
果実を戻そうにも取ってしまった以上は仕方がない。
持っていくことにしよう。
そうして人間になってから一日目が終わった。
二日目。
またあの場所に行くと、少年が剣を振っているのを見つけた。
「えいやぁ!」
身体が剣に引っ張られているし、軸がぶれぶれでお世辞にも、ソードマスターとやらにはなれそうにない。
(……ごく限られた時間しか生きられないというのに、何故こんな無意味なことをするのだろう)
そう言いながらも観察している自分も時間を無駄に消費していたが、気になってしまったので仕方がない。
私は近くにあった丸太に座り、その様子を眺めた。
しばらくすると気づいたようで、こちらを見た。
「あれ? おねえちゃん、みてたの?」
「あぁ、今日も元気が良いな……って見ていたよ」
「そっかぁ……ここから、さらにひゃっかいがんばるからみてて!」
その百回が終わるころには少年は疲労により、足がフラフラとしていた。
「や、やっと、おわったぁ〜」
「食うか?」
昨日、刈り取った果物を少年に見せる。
「うわぁ! おいしそう! もらっていいのぉ?」
「ああ、私は満腹で要らないからな」
その日は、少年が果物を食べ終わると努力とやらは終わったようで家に帰った。
こうして毎日、この場所にいると少年は必ずやって来た。
飽きもせずに素振りをし続けるのが、そんなに楽しいのか。
何かに突き動かされて、やっているのか、分からなかった。
そうして私もまた一ヶ月間、少年の素振りを眺めるという生活をした。
食事に困らないが故に、それが可能だった。
「えいっ!」
かけ声と共に、また少年は剣を振る。軸がやはりブレているが、幾分かマシになったようにも見える。
「……ふむ」
もしかしたら気のせいかもしれない。まだ少年の努力とやらを見る必要があった。
一年が経った。それでもなお、少年は毎日、剣を振ることを続けた。
「えいやぁ!」
一年前と比べると見違える成長をしていると、私はこの時、認めざるを得なかった。
剣にはかなりの威力が乗っており、風を裂く音が聞こえる。
未だに精密さには欠けているが、それでも最初よりは向上していることは確かだった。
それをより実感させるのは背丈が一回り伸び、少し舌足らずの喋り方が薄れてきたこと。
身体の方も成長をしているらしい。天使には無い機能で、これについて知った時は驚いたものだ。
「凄いな。私も認めないといけないようだ……。私は最初、君がおかしなことをやっていると思ったが、間違っているのは私だった」
「うん?」
少年は私が何を言っているのか分からない様子だった。
「少年、名前は?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「ぼくはカシアだよ……。そういえば、お姉ちゃんの名前もきいてなかった!」
「私はヴァレリアだ」
一年の間に手に入れた情報から作った偽名。
単に道に落ちていた新聞というものに書いてあった人名を組み合わせて作ったものだ。
「なぁ、カシア………、私もその努力とやらに付き合っていいか?」
「お姉ちゃんも剣をふるの?」
「それもやることの内の一つかもしれん」
その時、私は決意していた。
少年が目の前で示した努力の結果というものを見て、自分も同じようにすれば、かつての力の一部を取り戻すことが出来るのではないか、と。
今は何も力を持たない私だったが、追放した天使たちに復讐することも可能かもしれない。
誰が私を陥れたのかは分からないが、いずれそれも明らかにして見せる。
そうして努力の日々を初めて、毎日続けた結果──
「未だに剣術は苦手だが……、どれ、試してみよう」
剣を空に向かって振るう。
空気がゴォッと音を立て、烈風が巻き起こる。
山は震え。
鳥は飛び立ち。
空に浮かぶ雲を割る風の刃。
(……これなら届くか)
私の目には見えぬが、実感として遥か遠くにある天界に直撃したような気がした。
──気が付いた時には、十五年が経っていた。
楽園追放 〜追放されたので、尋常じゃない努力をして復讐を目指したいと思います〜 ぼつらく @arist000
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