Monte Carlo -5-
201X.11.26.23:05 p.m.
モナコ・モンテカルロ
オテル・アントワーヌマリー 600号室
―――この建造物はホテルであり、彼の自宅であり、オフィスでもある。
スイートルームの広大なリビングは、彼にとっての応接間だ。
「アスファルトの修繕費とタイヤ痕の清掃代だけでこんなに……。建物の損害がなかっただけ不幸中の幸いだな」
待ち時間の間、彼……エドガー・ヘイルは愛用の薄型ノートPCを眺める。
ただ与えられた仕事を消費していくだけならば、このノートPC一台でだって部下を回せる。
クライアントより依頼を受け、複数あれば報酬をオークションし、条件が良い順に請け負って行く。
あとは仲間と作戦を立て、実行するだけ。
シンプルな仕事だが、その報酬と危険度の高さはその辺のビジネスとは比にならない。
トランスポーター。
ただ依頼された荷物を目的地に運ぶだけだというのに、やたらと面倒だ。
だからトランスポーターグループのリーダーである彼は、グループをトランスポーターより飛躍させたのだ。
エドガー・ヘイル。
30代も終盤に入った彼は、スイートルームに住む人間とは思えぬようなラフな体裁を伴っている。
長年履き潰したスニーカー。
ダメージ加工ではなく、自然のダメージで薄汚れたジーンズ。
白い無地のティーシャツ。
強いて他より洒落ているところといえば、無造作ながら清潔感のあるパーマがかった茶髪と、黄金調のチョーカーネックレスくらいだろうか。
表情は常に疲れ切っていて、力なく煙草の煙を吐く仕草がやたらと様になっている。
すべて、すべて彼が決めたことだ。
彼の経営するトランスポーターグループ……アゲラトスが、モナコ政府と協定を結んだのも。
そしてこのアゲラトスに、ミラノより二人の問題児を招き入れたのも。
「おい、エドガーさんよ。入るぜ?」
ドア越しに聞こえた声の主は、その問題児のうちの一人。
インターホンの使い方も知らないようなバカだ。
「おー、いいぞ。入れ」
「邪魔するぜ」
ドアノブを捻ってドアを開けるまで、その男からは一切のためらいを感じられなかった。
姿を現したのは頭にバンダナを巻いた、身長が二メートル近い大男。
エドガーはその顔を確認してから、向かいの二人掛けソファーを顎で示した。
「相変わらず煙草臭ぇ部屋だな。スイートルームが台無しだ」
「なら君も吸えばいい。自分の体臭が分からないのと同じように、すぐに慣れる」
「はぁ? 俺に体臭なんかねぇよ」
皮のブーツ、黒いカーゴパンツと黒いタンクトップ。
上から羽織るワインレッドのファイヤーマンコートがなびく。
強面の顔とルーズに巻いたバンダナタオルは、そのぶっきらぼうな口調によく似合う。
示された通り、ソファーの左側にどっかりと座り込んだ。
レオナルド・LM・クレンツェ。
レオの愛称でミラノを歩く彼は、かつてミラノ最速を誇っていたと聞いている。
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