Monte Carlo -3-
ギアを下げてアクセルを踏み込めば、再びエキシージを急加速させることなど容易いことだった。
前から重力を感じる。
悪くない車だ。
あのアゲラトスとかいう変態グループ、なかなかいいセンスしてやがる。
「おいお前ら! さっさと停めねぇと痛い目みるぞ! マジで!!」
「あぁん!? やれるもんならやってみな!」
「うっせバーカ! じゃあ今すぐやってやるよ!!」
レオは愛銃のスコーピオンを取り出した。
錆び付いているが、小型で使い勝手の良いサブマシンガン。
乾いた銃声を奏でながら、フルオートで車窓から弾丸をばら撒いてゆく。
当たる。
が、決定打にならない。
ポルシェのボディーに無数の弾痕が空いていくが、せいぜいその程度。
ポルシェは道を折れ、市街地の大通りに入る。
しかも、弾切れ。
マガジンを入れ替えるか……ふんっ、煩わしい。
レオはスコーピオンを助手席へ投げ捨てた。
そしてさらにアクセルを踏み込む。
一般車両をかわしながら走ることならミラノで慣れている。
ポルシェの横に並ぶまで、さほどの時間は必要なかった。
すぐに身を乗り出す、さきほどのモナコボーイ。
「おぉ、テメェもよく分かっただろ? うちらとて銃弾なんか怖かねぇんだよ」
何を口に出すかと思えば。再び悪態をつかれた。
だから子供は嫌いだ。
周囲を確認。
よし、一般車はいなくなった。
「はいはい、よく分かったよ。なら、これも怖くねぇだろ?」
「……え?」
大型の手榴弾。
車一台余裕で吹き飛ばせるその鉄の塊は、アゲラトスからの支給品だ。
「ははっ、じょっ…ジョークだろ? こっちは80万ユーロの現ナマ積んでんだぞ!? んなもん爆発させたらいくらの損害が…」
「あぁ? んなこと関係あっかよ」
手榴弾のピンを抜き、紙屑をゴミ箱へ投げるように柔らかく前方へ投擲する。
カンッ、カンッ、という乾いた音を飛ばしながら地を叩く手榴弾。
ポルシェはブレーキをかけた。
エキシージは、アクセル全開。
はっ、未熟者め。
投げられた手榴弾をかわすにはアクセルオンのほうが有効だ。
焦ってブレーキを踏むとどうなるか、その身を以て知ればいいさ。
ダァンッ!!!!!!!!!!
耳を劈くような甲高い破裂音。
左サイドミラーの中のポルシェは、舞っていた。
宙を。
手榴弾はボディーの真下やや後ろで爆発したらしく、ポルシェは空中で前のめりになる。
そして地へ。
まるでひっくり返った亀のような体勢で、火花を上げながらアスファルトを這った後、動きが止まる。
いい気味だ。
レオは悠々とエキシージを路肩に駐車し、スコーピオンを手にして車を出た。
沈み際の太陽に代わって彼を照らしたのは、モンテカルロの街灯。
愛銃のスコーピオンを片手にポルシェへと歩みを進める。
死に際の夕日に照らされるその大男が咥えるならば葉巻とかが似合うのだろうが、彼の場合口に含むのはキシリトールガムだ。
その歩みは非常に穏やかで、まるでモンテカルロの景色を楽しむ観光客のよう。
それに対し、向こう。
天地が逆転したポルシェの袂からは、神妙な叫び声が響いている。
「待ってろランディー!! 今助けるからな!」
一方通行の叫び声。
ひしゃげた運転席のドアを力任せに引っ張るのは、先程レオに罵声を吐きまくっていたモナコの悪ガキ。
そのすぐ側に佇み、彼を見下ろすレオ。
彼?
いや、違う。
「ようよう、お嬢ちゃんよ。そのドライバーのことは放っておいたほうがいいぜ?」
レオがその言葉を吐いた時、“彼女”はレオをキッと睨みつけた。
うっすらと目に液体を浮かべながら。
覆面は剥いだらしいが、その素顔は若男ではない。
女。
歳はまだ20になろうかといったくらいの、赤髪の少女だった。
「ガキのお前だって、なんとなく分かってんだろ? 相棒がどうなってんのかってことくらいはよ」
「うるせぇ……うるせぇうるせぇうるせぇ!!!!!!」
血。
ヒビの入った窓ガラスで車内は確認できないが、ひしゃげたドアの隙間からは、粘り気のある赤い液体が流れ出ていた。
「無駄だ。自業自得って言葉を覚えるいい機会になっただろ」
「うるせぇっつってんだろうが!! ランディーはテメェ程度のポッと出のために……死んじまうようなヤツじゃ……!」
少女の声が震え出したかと思うと、すぐに口を閉じて顔を俯けた。
それからアスファルトの血だまりに落ちる透明な液体に気付くのは必然だった。
「ランディー…」と呟きながら、開くはずのないそのドアのノブに再び手をかける。
「すぐにアゲラトスの増援が来て、お前らを拘束する。そいつを助けたいならずっとそうしていればいいさ。ただそのドアを開けられたところで……まぁ、後悔しなきゃいいがな」
「……今度はアタシがランディーを助ける番だ。そんでこん中の現ナマも拾って、アタシらは自由になんだよ……!!!!」
「お前らが銀行から盗み出したのは、アゲラトスが作った偽札だ」
「……ッ……!!」
ガチャガチャ。ガチャガチャ。ガチャガチャ。
もはや言葉を発すことすらやめたらしい。
地平線の方角から見えてくる、深緑色のイギリス車達。
それでもドアノブから手を離さない少女を残し、レオはエキシージへと足を進めた。
そしてスマートフォンを取り出し、呼び出す。
彼の相棒、「670馬力の女」を。
「ハロー、クソ女」
《あっ、はい、もしもし。じゃなくて、ハロー。……なんですか、今忙しいんです》
「まだ取り込み中か? 俺はもう済んだぜ?」
《チッ……それはとても良い知らせですね。私もすぐに終わらせます》
「はいはい。負け惜しみはその程度にし…」
《電話、そのままにしておいてくださいよ?》
「はぁ? 何する気だお前?―――」
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