機械論

柿.

通勤

 まくらの角が目に入る。うつぶせのまま顔をあげると目覚ましは珍しく鳴っていなくて携帯をみると7時ちょうど。・・・大丈夫。朝食がなくなるだけだ。小走りに移動して洗面所へ向かいなんにも考えないで支度をする。コンタクトレンズの用意を始めるために水場に立つと既視感を感じた。

「なんだ?」

とはいえ時間がないので思案しながらも手は止めない。入社したての頃は猛烈な朝の忙しさに疑問を感じていたけれど、いつのまにかそんなものはなくなっていた。成長したのかそれとも馬鹿になったのか。どちらにせよおれはもう立派な社会の歯車なわけで、意志はとっくに体と乖離している。

 家を出て駅に着く。朝食を抜いたおかげで遅刻の心配はおそらくない。こうして電車に乗る、いや、体が運ばれることで部品としてのおれが完成する。疲れ果てたおれの頭に唯一ある関心ごとは、この空間にいるスーツ姿の機械たちの原動力がなんなのか。

 おれはもう自分の原動力がなんなのかわからない。ささやかな収入なのか、なんなのか。考える間もなくもう三十路寸前。


 電車に揺らされながらLINEを開くと今晩の飲み会参加の催促があった。いま結婚する気のない連中の遊び自慢に相槌をうつのも飽きたし、婚約者がいる奴から幸せを説かれるのにも嫌気がさすようになってきた。対しておれの引き出しは仕事で埋まっていた。


 ふと異彩が視覚に入る。小学生の男の子だった。小学生が満員電車で通学するという光景は田舎育ちのおれにとって未だに慣れない。都会育ちの子どもは器用に生きていくんだろうなあ、とつくづく思う。おれみたいに寝坊なんかしないだろう。ひょっとすると電車通学というのは機械になる訓練なのかもしれない。


 始業時間数分前にデスクに着く。卓上カレンダーを見やると既視感の正体がわかった。今日はあいつの誕生日だ。去年は休日だったんだ。それでおれは去年も今日よりずっと致命的な寝坊をして、それで・・・。

 始業のアナウンスが鳴り響く。おれはおれでなくなる。いや、もうとっくに。それこそ去年くらいからおれはおれじゃない。課長が話しかけてくる。椅子から立ち上がり課長と目を合わせる。

――この顔にいやらしい笑みを張り付けているのは果たして誰なんだろうか。

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機械論 柿. @jd2020

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