第33話
ビオはミトラが語ったグレンに対する執着の正体を受けて、懊悩するように渋面で唸っていたが、
「今しがた聞いた話は、聞かなかったことにしておくわ」
抱えてしまったすべてを吐き出すように大きな溜め息を吐いてから、結論を口にした。
ミトラはビオの結論に頷きを返してから応じる。
「それも賢い選択のひとつです。
……ほかに何か聞きたいことはありますか?」
「ないとは言わないけど、これ以上の怖い話を腹に抱えて生きたくないからやめておくわ。
そちらから聞きたいことがないのなら、話はこれでおしまい。
……私もさっさと復興作業に参加したいのよ。
今回の件で出費が嵩みそうだし、支払いは滞りそうだし。お金を稼がないといけないからね」
「それはとてもステキで大事な考え方です。
ただ、今回の件で生じた出費に関してなら心配する必要はありませんよ」
ビオは視線だけでどういう意味だと問いかけた。
ミトラは手にもったままの書類束をひらひらと揺らしながら答える。
「ミスタンテの住人は今回の件に対応してくれたのがグレンさんだったことに感謝しておくべきだ、と言っておきましょう。
通常対応なら冒険者だろうと誰であろうと、この街の人間は損しかしないはずでしたが。
彼は利益配分に神経質な性質ですから、儲けることはできなくても損はしないように配慮してくれています。
本来なら彼が総取りできるはずのものから、しっかりとした書類を出した者には相応の補填が為されるようにと、契約が交わされていますよ」
「役立たずだった人間が貰える報酬としては上等に過ぎるわね」
「ええ、本当に」
「……あんたみたいなのに絡まれ続けるだろうあの男には、同情するしかないわね」
ビオは負け惜しみのように最後にそれだけを言い残すと、ミトラに背を向けてその場から飛ぶように立ち去っていった。
ミトラは心外だと言うように厳しくした視線でビオの背中を見送った後で、周囲に誰も居なくなったその場で独り言を続ける。
「まったく、最後にあんな言葉を残していくとは。失礼な方ですよ、本当に。
外でこれだけの力を示したグレンさんには、間違いなく、政治や商売など方面を問わず結びつきを強めるための話が行くようになるでしょう。
それは彼が嫌う面倒事の、極致と言っても過言ではありません。
ただ、中央で冒険者を続けている限りは、私の手でそれらを防ぐことができる。
……私ほどグレンさんのことを心配しているものはいないのですよ?」
もっとも、と。裂けるような笑みを浮かべながら、
「今回の竜みたいに、過去においては対応できなかった脅威への対抗策として、中央で人蟲の真似事をしていたツケが回ってきたという側面があることも、否定しませんけどね」
最後の呟きを追加したと同時に、不自然に形を残していた窓口ごと、その場から姿を消した。
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