第18話
ミスタンテの住人たちが鬨の声を上げた。
その声を聞いて、竜は考える。
――この者達はなぜこんなに無駄なことをするのだろうか、と。
彼らは弱い。自分よりも間違いなく弱い。
攻撃はこちらの鱗を剥がすにも至らない。
鬱陶しく視界に入るから払っているだけに過ぎないこちらの動きにさえ、ついてこれずに死ぬ者が居る脆弱さだ。
――ただ、封印される前にも同じ光景を見た気がした。
彼らも弱かった。
彼らの攻撃がこちらにわずかな痛痒を与えていたという点において違いはあったものの、それでも負けることはないだろうと確信するくらいに力の差があった。
しかし、彼らは自分にはない決着の方法を知っていた。
時間を稼ぎ、準備を重ねて隔離する。
――なかったことにする。
食うか食われるか。生か死か。
それしかなかったこの竜にとって、その解決方法は未知のものであり、想像すらできないものだった。
――あれを負けと呼ぶのなら、自分は負けているのだろう。
かろうじて死んでいないだけだったが、たった一度の負けであろうとも、そんな事実があることこそがこの竜にとって屈辱そのものだった。
――だから、今度こそは油断をしない。
長きに渡る停滞によって衰えていた身体の機能は、幾度かの食事と休息によって万全に至るまでに回復した。
過去のように、力の差が歴然としていようとも、こちらが圧倒的に優位であろうとも遊びはしない。
――一気呵成に滅ぼしてくれよう。
この竜はそう考えて、こちらに向かってくる彼らへと改めて視線を向けた。
●
ミスタンテの冒険者たちと竜が激突するその直前に、ひとつの人影がその場に飛び込んできた。
その人影は冒険者たちの輪をするりと抜けて、彼らの誰よりも速く竜と衝突する。
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冒険者たちはその様子を視界の端に認めて、こう考えたことだろう。
――はやまった真似をする馬鹿がいやがる、と。
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竜は向かってくる人影に対応しながら、こう考えていたことだろう。
――そんなにはやく死にたい者がいるのか、と。
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人影は地面を這うように走りこみ、竜の真正面から拳を叩き込む。
竜はその人影を飲み込もうとするように、顎を開いて迎え撃つ。
――轟音が響いた。
それは肉を叩く重低音だった。
音が示す現実は人影の消失ではなかった。
人影はその場で踏みとどまり、竜がその場から弾かれるようにして空を舞っていた。
●
――自分よりも強いものはこの街にはいない。
その確信をこそ油断と呼ぶのだということに、この竜はその瞬間まで気づけなかった。
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