第16話
一匹の竜が空から落ちてきただけで、ミスタンテという街は機能不全となった。
街に住むほとんどの人間は突然やってきた災厄に恐れおののき、逃げ惑った。
かろうじて命をかけて街を守ろうとする役人や冒険者たちが竜に立ち向かっていったが、彼らの持っていたいかなる攻撃手段も竜に致命傷を与えることはなく、事態を好転させるには至らなかった。
それでも、街の人間すべてが死に絶える、という状況になっていないのは奇跡と表現してよかったのかもしれないが。それは決して、彼ら・彼女らのささやかな抵抗によって得られた成果ではなかった。
――あれは腹を慣らしているだけだ。
竜の正体は、ミスタンテの街に土着する伝説に記された化け物のひとつである。
遠い昔に退治されたと伝わっていたものの、どうやら封印するのがやっとだった、というのが真相だったらしい。
では、その竜は封印されている間に何かを口にすることは出来ただろうか?
出来たはずがない。
ヒトの記憶や認識において、竜の脅威が現実から物語の空想に落ちるまでには、本当に長い時間がかかったことだろう。
竜も生き物だ。
何も食べない時間がそれほど長く続けば、よっぽど腹を空かせていたに違いない。
ただ、竜は賢い生き物だった。
何も食べない時間が長く続いた直後に食いたいだけ食い散らかすと身体に悪い、ということがよくわかっていたのだ。
だから、その竜は食糧を少しずつ腹に入れていた。
――自分の命を脅かすようなものが周囲にいないのだから、ゆっくりと身体を慣らせばいい。
その竜が本当にそう考えているのかどうかは、ミスタンテの住人にはわからなかったけれど。
事実として。
竜がその身を動かす度に犠牲者の数は増えていき。
次に動き出すまでの時間は少しずつ短くなっていた。
――時間切れはもうすぐそこだ。
ミスタンテの住人の誰もがそう認識できる状況証拠としては、それで十分だった。
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