生意気奴隷×病弱主

たいら

生意気奴隷×病弱主

「あんた、ほんとに大丈夫なワケ?」




「うん。最近調子が良くてね」




ザク、ザク。


浜辺を歩く男女。


女は男の少し後ろで付いていく。




「そんな顔しないでよ、嘘ついてるわけじゃないって」




「あんた、後ろにも目があるの?」




「うん。実はね」




髪をなびかせる少し強めの風と、ツンとくる海の香り。


会話に冗談を挟みながらの散歩。


二人にとっての日常だ。




「だから胡散臭いってのよ」




「あ、命の恩人の主人にそんな言葉づかいしていいの?」




「…大変申し訳ありません。ご主人様」




放課後に友達と会話するような口調から一変。


まるで機械だ。




「ふふ、ごめんごめん。いつもありがとう。オト」




「あんたの冗談、本当に面白くないわ」




「そんな真顔で言わないでよ」




「はぁ…。言えばいいのね。後ろにも目が?これでいい?」




「僕と違ってオトはいつも面白いよね」




呆れた、とばかりにオトはクソデカため息をこぼす。




「まぁでもそんなに疑うんなら。見ててね」




突如、主人の男は浜辺を走り出す。




「ちょ!ダメだって!」




オトが静止を求めて追いかける。




「あはは!体が動くって楽しい!」




小学生のかけっこのようにオトから逃げる男。


無邪気な主人を、オトは必死に追いかける。




「待ちなさいって!分かったから!元気なのは!」




少しづつ距離が縮まる。


遂にオトが男の手をつかむ。




「わ!」




手をつかまれた男は、急に勢いが殺された衝撃で体を崩す。


当然、オトも巻き添えを喰らう。


男が下、オトが上になって見合う。


二人とも息が切れている。




「ほっ、んと!なに、考えてる!!あんた、体は…」




「だ、だから、大丈夫だよ」




「頼むから、心配させるなよ…」




オトは心底心配したように言う。


安心させようとしたがどうやら裏目のようだ。


先にオトが立ち上がり、男はオトの手を借りて立ち上がる。




「ごめんごめん。少し、だけ休んだら、行こ…。っ!!!」




突如、男は心臓のあたりを抑えながら体制を崩す。


意識が遠のく。


バブルがはじけるように、視界から光が消えていく。


暗く。暗く。




「っ!薬持ってくるから、待ってろ!」




そう言い放ち、オトは薬を取りに家へと走る。


息の苦しさなんて忘れるくらい、必死に。


あれから2時間。


オトの完璧な応急処置のおかげで、男は意識を取り戻す。


医者からは、絶対安静を言い渡された。


男は、椅子に座り、本を膝に置き、海を眺めていた。


時刻はすっかり夕方になった。


本は、なんだか集中できなかった。




「もっと怒られるんじゃないかって思ってた」




「…怒ってほしいの?」




オトはソファに横たわり左腕で目を抑えている。




「いや、ごめん」




水滴が落ちる音だけが聞こえる。


気まずい雰囲気が流れる。




「疑わなければよかったってすごい後悔したわ」




「ごめん」




しばらくして、オトが立ち上がる。


今だ椅子に座って海を眺める男へと近づく。




「えい」




男は二本の腕に包まれる。


オトが、後ろから男に抱き付いていた。


オトはなにも言わない。




「不安にさせてごめんよ」




「いいわよ。もう許した」




「…優しいね」




「それはいつも」




冗談を挟みながらの会話。


二人にとっての日常。




「ねぇ、何の本、読んでるの?」




裏表紙かつ男の手が置かれているため、オトからは何の本かが見えない。




「ん?ああ、今週の頭に発売した小説。有名な人のやつ」




「そう。表紙、変わってるね」




その本の表紙は真っ白だった。


タイトルも誰が書いたのかも分からない。


男はそれを隠すように話題を変える。




「うん。まぁね。それよりさ、今日の晩御飯はどうする?」




「まだ決めてない。あんなこともあったし…。まぁ適当に作るから」




「そっか、ごめんね」




「ううん、なんか私もごめん」




オトが微笑みながら返す。


段々と普段通りに戻りつつある。


今度はオトから声をかける。




「ねぇわがまま、言っていい?」




「珍しいね。なんなりと」




珍しいオトからの要求に、男はなんでも叶えてやる気でいた。




「置いてかないで」




突然の無理難題に男は困惑する。




「…最近調子がいいんだ、とはもう言えないしなぁ」




「こんな気持ちになるなら、あんたを好きになるんじゃなかったわ」




「ん」




「私に優しくしたくせに、ずるいわよ」




拗ねるように、オトは言う。




「ごめん」




男は心底申し訳ないような顔をする。




「あんたが一番苦しいのにね、何言ってるんだろうね、私」




「僕なら大丈夫だよ」




波の音が聞こえる。


首筋に流れる涙が冷たい。




「どうしたら許してくれる?」




「わかんない…」




「また頭撫でてあげる、じゃ、ダメ?」




オトは答えられない。


そんなことでは受け入れられないと言わんばかりに。


すると男は膝に置いていた本を持ち上げ、オトに見せる。




「自分で書いてるんだ。今まで考えてきたこと、思い出しながらさ。


 もし僕が死んじゃって一人になっても、君が死なないように」




「そんなの…、厳しいわよ…」




「ごめん。でも、君には生きてて欲しいって思うよ」




「…」




「もしかしたら、痛みに耐え続けるだけの人生なら死んだ方がマシってなるのかもしれないけどさ、君はそうじゃないんだ。僕の死は、ショッキングかもしれないけど、人生が悪くなり続ける証明にはならないと思うんだ」




「なによ、それ…、理屈だわ…」




「そうだね、ごめん」




日は沈み、夜が来る。


オトは腕を離し、夕飯を作るべくキッチンへ向かう。


その途中、男の方を振り返る。




「ウタ様」




「うん。なに?」




「いつもより1時間長くなら、いいわ」

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