ロンリーウォーカー

宇貫 雷

ロンリーウォーカー

 13になった夏、僕は長期休暇中に訪れた父の実家である話を聞いた。18になるまで月で暮らしていた祖父が月を去る半年前に出会ったという幽霊の話。月面をひとりぼっちで歩く宇宙服を着た子供の幽霊ロンリーウォーカーについての話。


 50年前、第二月面都市から10Kmほど離れた場所で祖父は写真を撮っていたそうだ。半年後に迫った地球への引っ越しを思って故郷の月の風景を記録に残そうとローバーを借りて荒涼とした月面へ繰り出したらしい。そして、写真を撮り始めてから2時間ほど経ったころ小さな彼が写真の画角に入り込んできたそうだ。

 

 祖父は最初、岩の影だと思ったという。月面では白い岩々が宇宙そらからの仄かな光に照らされて様々な形の影に見える。それにこんな場所に子供がひとりでいるはずがない。見間違いだと思ったそうだ。しかし、撮影したデジタル画像を拡大してみると、そこには旧式の宇宙服を着た子供の姿が詳細に写っていた。それに驚いた祖父は彼の現れた方向に再度カメラを向けたが小さな彼はすでにそこからいなくなっていたそうだ。


 すぐに帰宅した祖父はこの不思議な体験を祖父の母へと話たらしい。すると祖父の母は月面都市に伝わる幽霊の話をしてくれたそうだ。


 月面開拓の最初期に生まれた子供の中には低重力環境の影響で体が弱い子供が多かった。その子供たちは宇宙そらに浮かぶ青い惑星にいつか行ってみたいと望んだけれど、体の弱さからその願いは叶わず、また、大人になることさえもできなかった。そんな可哀想な子供たちの中のひとり、願いを諦めきれなかった小さな男の子は、この月の大地を去った後も地平線の彼方に浮かぶ青い星を目指して干からびた月の海を歩いている。そして、ひとりぼっちの彼は同じように地球を目指す人のもとに現れるらしい。


 そんな子供の幽霊の話をした後、祖父の母は祖父に「地球に行くのが怖い?」と尋ねたそうだ。尋ねられた祖父が「そんなことはないよ」と返すと祖父の母はこう続けた。


「生まれの星にいながらその星の美しさを知ることはできないものよ。星と宇宙そらの境目、そう、星の渚にへと辿り着いた時、やっと生まれの星の美しさを知ることができる。ガガーリンのようにね。それに、故郷を離れて初めて見えてくるものがあるものよ。あなたはそれを知らなきゃいけないわ」


 そう聞いた祖父は宇宙服を着た子供の幽霊ロンリーウォーカーが自分の前に現れた理由を考えたそうだ。


 ──そして幽霊の話を終えた後、祖父は唐突に僕に尋ねた。


「もし、私の前に現れたあの宇宙服を着た小さな彼が、星の渚にへと辿り着いた時、彼はそこに何を見たと思う?」


 僕は「月が綺麗だってことかな、月面は岩だらけだけど地球から見たら黄色で丸くて綺麗に見えるから」と答えたように覚えている。


「ああ、そうだね、星の美しさを見つけることだろう。だけど、それだけじゃない。あの子供はそこである事実を見たはずなんだ……」


「何を見たの?」僕が返すと祖父は少し暗い顔をして言った。


「そこに神が見当たらないことを……」


 ──大人になった今ならわかる。宗教的価値観の違いを理由に生まれ故郷へ帰ることのなかった祖父の気持ちが。





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ロンリーウォーカー 宇貫 雷 @zooey1122

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