あれー?

あれー?

「はぁはぁ……た、倒したぞ!」


 荒い呼吸のパーティの前には全ての頭を落とされた石のヒュドラゴーレムが横たわっていた。これで全ての像を破壊したのだった。


「よしっ……これでやっとダンジョンマスターとの直接対決に持ち込める」


 勇者は障壁に護られたダンジョンの主に剣を向けるが、相手は余裕そうに玉座に肘を突いて腰掛けたままだった。

 仮面の奥がどんな顔をしているのかは分からない。


「余裕そうじゃのう……」


 それを見て少し呆れた様にドワーフは言った。


「今の内に回復してください!」


 直ぐに戦闘にならないと踏んだ女神官が、バッグから体力回復のポーションを取り出した。


「助かる……」


「もう少しですね。頑張りましょう!」


 回復薬を一人一人配りながら女神官は励ました。


「ああ、頑張ろう……なに!?」


 どすんっ!


 そいつは行く手を阻むかのように、突然降ってきた。


「なんだこいつは……」


「デーモンだと!?」


 驚きの声を上げるエルフの魔術師。


 体長おおよそ3mほど、上半身は筋骨隆々の肉体に下半身は獣の脚で毛の質感まで表現されており、背中にコウモリのような大きな羽を生やしていた。

 そして頭部は山羊によく似ており、まさに悪魔を連想させた。


「これもゴーレムなのか?」


 武器を悪魔に向けて構えながら、これからどう戦えばいいのか思案していた。


「おそらく……そして、形を模している以上かなりの強敵だと思われる」


「さっきのヒュドラよりもか?」


 エルフは黙って首を縦に振る。


「来るぞ!」


 そいつはゴーレムとは思えないほど俊敏に跳び上がると一気に間合いを詰めてくる。勇者とドワーフは並んで後衛を護るように隊列を組む。


「むう! ぬおおー!!」


 デーモンの適当な攻撃がパーティを襲う。ドワーフがそれを受け止めるがその重たい一撃で奥の壁まで吹っ飛ばされてしまう。


 どすーん!!


「大丈夫か!?」


「……ぬぅ、ワシじゃなかったら絶対に死んでいたぞ」


 どうやらなんとか無事でなことを確認出来た。


「さすがドワーフはタフだな」


 直ぐさま女神官がドワーフの元に走り出す。


「これは出し惜しみなんてしている場合じゃないな。本当はボスのために残しておきたかったんだが……」


 彼の持つ長剣が輝き始めた。




「あれー、もしかして迷った?」


「はあ!? マップがあるのに、なにしてんのよ……」


「いや、この裏道ってダンジョンの隙間を縫うように作られているから妙に複雑で分かりづらいんだよ」


 全くもうとデルが俺の背後からマップを覗き込むようにべったりとくっついてきた。

 さすがに女の子、例えそれがないとしても全体的に柔らかい感触が感じられて少し緊張してしまう。


「えっと……ここが、こう……え、なにこれ」


 立体で表現されているマップはかえって複雑に見えてしまい、デルも位置の把握が困難なようだった。

 俺って昔から3Dダンジョン的なのは苦手なんだよね。


「なんでもう少しちゃんと見てから動かないのよ」


「最初はそうしていたけど、デルがおしっこしたいとか言い出して座標を見失ったんじゃん」


「な!? ……う、うるさい! おしっこくらい誰だってするじゃん!」


 先ほどのエレベーターのようなもので移動してから完全に場所を見失ってしまい、一応マップを見ながら歩いているつもりだったが、何か間違えてしまい道が分からなくなった。


 一応裏道にはモンスターの類はいないっぽいので歩いている分には安全だと思うが、とにかく複雑すぎて分かりづらい。それにある種のアンチサーチが掛けられているようでサーチの精度がどうにも上がらないのも迷う一因になっている。


 こうなったらダンジョン内にいる冒険者と合流して帰り道を教えてもらうって手もありかもしれない。

 だがダンジョン内にはモンスターの反応が沢山あり、このメンツでは勝てる気がしないので表側に出るのは躊躇いがあった。


「あれ、ここ……」


 そう思っていたらすぐ近くで戦闘をしている様な反応を見つけた。


「ここで戦闘をしてる。この冒険者に帰り道を教わるのはどうだろうか」


「何時までもグルグルしていても埓は明かないしね」


 それではとそこへ向かうことにする。俺様男は黙って付いてくる。


 先ほど蹴られてから、妙に静かになって置いていかれないように後ろから黙って付いてくるようになっていた。

 少しだけ気の毒な気はするが、静かな方が助かるのでそのままにしておくことにした。




「くそ……ダンジョンマスターまでの道がここまで遠いとは……」


 睨み付ける先のそいつは、ずっと玉座のつまらなそうに腰掛けていたまま。

 最強の攻撃技を使ったがデーモン型のゴーレムには全く歯が立たない。


 いや正確には、デーモンの動きが速すぎて勇者の剣が全て空振りに終わったのだった。

 最強の剣であろうと当たらなければ、なんの意味もない。


 既にエルフの魔術師もやられ、満足に動けるのは女神官だけであった。

 満身創痍のパーティ。これでは逃げることも叶わない。


「せめてキミだけでも逃げるんだ!」


「そんなこと出来ません!」


「頼む! 君だけでも生き残ってくれ!」


「きゃ!?」


 とうとうデーモンは女神官の目の前に立った。


「くそっ!」




 雲がほとんど無い晴天の下、機嫌の良さそうな鼻声が風に乗って聞こえてくる。


「ふう……、こんなかな」


 アティウラは二人がダンジョンに入っている間、宿屋の庭を借りて洗濯をしていた。

 冒険中は満足に洗濯は出来ないので、ちょうど良い機会であった。


 それまでは自分一人の分だけだったが、今は4人分なので全て洗うのも結構な労働となったが彼女にとって戦闘と家事は同じくらい楽しいため苦ではなかった。


「2人とも大丈夫かしら?」


 あの二人の実力であればなんの問題も無いはずだが、なんとなく、なんとなくだけど少しだけ心配するアティウラ。


「何かに巻き込まれてなければいいのだけど……主様は」



 そして同じ頃セレーネの方は宿屋で借りた部屋でお金の計算をしていた。


「うーん、さすがに人数が増えてしまいましたので、そろそろ路銀が心許なくなってきました」


 まだ蓄え自体はあるが、4人に増えたことで出費が思いの外かさんでおりそろそろ何かしら稼ぎが欲しいところであった。


「まあでも勇者様が冒険者になりましたし直ぐに取り返せるでしょう」


 勇者の能力であれば十分に稼ぐ方法はありそうなので、その辺りは今後に期待しようと思うセレーネ。


「ちょっとばかしお人好しが過ぎるのが困りものではありますけど」


 聖職者とて生活はあるのでお金は必要である。


「ふう……、いい天気ですね。せっかくですしお茶でも入れましょう」


 地上はなんとも平和であった。

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