お手洗い<Ⅱ>
「……まあ、落ち着け」
だが、ここで一つだけ問題が発生していた。
デルはまだおしっこをしていた。結構我慢していたんだろう。
なかなかの勢いで、飛び散ったしずくの一部が俺の顔に当たると、俺は黙って手でそれを拭う。
大丈夫、さほど汚いとは思っていない。
下の階層から上がってきた俺は当然見えてしまったわけですよ。もちろんこれは不可抗力であって決して見ようとして見たわけではない。
たとえそれが見えてはいけないところをばっちし見てしまったとしてもだ。
エレベーターはデルと同じ階層で止まる。
そして目の前で屈んだまま、紋様を赤っぽくさせながら顔も真っ赤にさせていた。
既に目には涙まで浮かべている。
「ちょ、え……」
怒っているのか恥ずかしいのか声にならない声を漏らしながら、おしっこも止まらないのかそちらも漏らしていていた。誰が上手いこと言えと……。
「み、見ちゃダメ!!」
何時もであれば見るな! とキレるところを妙に女の子っぽく恥ずかしそうに言うので思わずドキッとしてしまう。
「い、いきなり扉が閉まって、わ、罠かと思ったんだ……」
「わ、分かったけど……い、今はお願い……お願いだから見ないで……」
既に涙声のようになっており、さすがに俺も悪いと思って背を向ける。
「う、うう……、こいつにまた見られちゃったよぉ……」
見知らぬダンジョンでトイレのないような場所で、こういうことはこれからもありそうだなと予感をせずにはいられなかった。
「わ、悪かったよ……」
自分の不注意なども理解しているのか怒っているいるが、俺に矛先は向けていないようだった。
「ほらズボンとパンツ……」
後ろを向きながらそれを渡すと、涙声でありがとうと言って受け取り、身に着ける音がする。
「もう大丈夫」
その声で振り向くと、紋様は赤というか少し桃色に近い感じの色になっていた。
「おそらく慌ててズボンとパンツを脱いで少しだけおしっこをした瞬間、罠というか昇降機が動き出して逃げようとしたが扉が開かずそのまま上階に連れて行かれた」
そんな感じだろうか。
「そして着いた先で一度なんとか止めたおしっこが我慢出来ず始めた瞬間、俺が下から現れたが二度目は止められず今に至るわけだ」
「そんなに詳しく説明しなくて良いから!」
「え、声に出てた? ……いや、ここはほら丁寧に説明した方が喜ぶだろ」
「喜ぶって誰が喜ぶんだよ!」
誰って、そりゃまあ……これ以上はメタネタになりすぎるので黙っていよう。
「それで、ここは何処になんだ?」
「……誤魔化した」
不満そうなデルをとりあえず無視してマップを開いて見てみるが、どうやらまた位置情報をロストしたらしい。
おそらくこの辺りはまだサーチで探せていない場所なんだろう。
「とりあえず、扉の外の状況を見てみよう」
これだけの声を出しているので近くに誰か居たら気付いているだろうが、そーっと扉を開いて様子を伺う。思った通り誰も居ない普通の裏道だった。
「さてと……、これからどうするか」
「あのバカはどうしたの?」
「あ……、置いてきちゃった」
えーっと、これはどうやったら降りれるんだ? 周りを見渡すがそういう操作するようなものは全くない。
おそらく上に行ったということは下にも行けると思うのだが……。
「だめだ。操作方法がいまいち分からん、仕方がない……ってうわ?!」
ディテクトで調べようとした瞬間、下から身を屈めて頭を押さえている優男が上がってきた。
「ひぃ!! て、天井に、天井に潰されるぅ!!」
「大丈夫か?」
「え、あ……あれ? え? よ、よかった……」
どうやら彼も気になって入ってきたようで、俺と同じく上ってきた。
そして何故かお尻の辺りが、ずぶ濡れなのはどうしてなのだろう。
あ、そ、そうか……ここは黙っておこう。言うとなんか面倒くさいことになりそうだ。
「置いていかれたと思ったぞ!」
「悪かったよ。まさかこの部屋にこんな装置があるとは思ってもみなかったんだ」
「本当か? なんか床が濡れてるし、それで滑って転んだらいきなり床が上がって天井に潰されるかと思ったぜ……、本当になんだったんだ……うわっ、臭!」
俺様男は、お尻の辺りを拭って手の匂いを嗅ぎながらそういった。
「止めろっ!」
どげしっ!
「痛ってぇえ! え……え、俺今何かした?」
さすがに完全にとばっちりだったが、デルは恥ずかしさのあまりに思わず身体が動いてしまった。
「い、色々とあるんだ。気にしないでやってくれ」
「んだよ……蹴られ損かよ。あ、もしかして、あれかあの日ってやつか?」
お前、それはさすがに最悪だぞ。
「え、あの日? あの日って……なに?」
「なんだ違うのか。嬢ちゃんはまだ本当にお子様だったのか」
どうやらデルは本当に分からないらしく。なに言ってんだコイツといった顔をしていた。
「あんまり余計なことは言うなって、いくらなんでも失礼だぞ」
「じゃあ、なんで蹴られたんだ……、ああ、そうか。これ嬢ちゃんのおしっこか!」
「バカ野郎!!」
どすっ!!
「んぐぇっ!?」
またも脳天に蹴りを食らう空気を読めないヤツであった。
それにしても、毎度ながらキレッキレの蹴りだよな。
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