試験<Ⅱ>

「あんたのポケットに入っているものの正体は分かっている。彼女が無くしたと言い出す前に黙って返しておけば何も言わない」


「な!? な、何を言っている……なんの証拠が……」


 鬼軍曹は分かりやすいほど分かりやすい反応を見せた。


「じゃあ今すぐここで俺が言い出してもいいんですね?」


 彼のポケットに入っているもの、それは受付のお姉さんのハンカチだった。

 サーチで彼女の遺失物を探しているときにこの鬼軍曹から反応が出たのはさすがに驚いた。このおっさん、意外とヤバい人かもしれない。


「ぐっ……ぬっ……」


「気持ちは分かります。俺も職場にこんなに美人が揃っていたら少しくらい魔が差すこともあるでしょう」


 いや、ならないけど、それは普通に窃盗だし。

 鬼軍曹はそれ以上何も言わず、試験は合格となった。


 そして次はデル。


「お、お前は魔法使いなのだろう。では魔法を見せてみろ」


 まだ少し動揺が残る鬼軍曹が、今度はデルの試験を始める。


「え……」


 紋様本の少しだけ薄い青を浮かべながら俺を見てくる。

 どうやら困っているようだった。


 あーそうか。確かに……。


「あのー、彼女は少々特別でこんなところで魔法を使ったら建物が壊れるかもしれません」


 そう言い切ってから気づいた……これは余計だったか、なんか既にフラグは立ってしまった気がする。もうみんなこの後の展開は予想出来ているよね……。


「はっ、はははっ! 何を駆け出しが、面白いことを言う」


 やっぱり……先ほどのハンカチのことなど忘れたのか、デルを挑発してくる。

 だからそれがダメなんだって!


「俺もこの仕事はそれなりに長い。そうやって誤魔化そうとする奴を沢山見てきたからな、ちゃんと証明してみろ!」


 鬼軍曹は頑として譲らない。

 そしてたまにちらちらっとセレーネ達を見ている。美人に対して俺は出来るアピールでもしているつもりだろうか。


 ああ悲しき男の性、そういうので女性の気持ちなんてこれっぽっちも動かないと思うんだけど。俺も若い頃はああやって勘違いをしていたもんさ。


「いいからお前の本気を見せてみろよ! お前程度の魔法なら俺なら十二分に耐えられる!」


 いや絶対に無理だと思うんだが……。

 しかしこのままでは試験が終わりそうにない。結果は見えているけどデルにやらせることにした。


「え、いいの?」


「まあ、あれだけ煽られたんじゃ一度見せるしかないだろ」


「分かった」


 デルは黄色い紋様を薄く浮かばせながらニヤリと不適な笑みを見せる。

 まああれだけ煽られたらそれなりにイラッとはするか。


(セレーネ、今からデルが魔法を使うから念のためバリアを頼む)


『はいっ、お任せください』


「一番弱い魔法を見せるだけも驚くと思うからさ」


 ファイアーショット辺りで鬼軍曹の近くにぶつければいいだろう。


「はっ、何を言っている! お前の限界を見せてみろ!」


「バカ、煽るなっての!」


 無駄に耳だけは異様にいいおっさんだな!


「どうせ毛の生えた程度だろ」


「んだとこら! 生えて無くて悪かったな!!」


 何を聞き間違えたのかデルは生えていないことを指摘されたと勘違いして紋様を一気に赤くさせる。


「そっちの話じゃねーって!」


「だったら見せてやるよ! “ファイアーボール”!」


 止めようとしたが、もう駄目だった。デルはそれなりに理性的ではあるんだが、煽り耐性が低いというか……怒らせると感情的になりやすい。


 魔法を唱えたデルの頭上に巨大な炎の塊が出現すると、それは鬼軍曹に目掛けて飛んでいく。


「え……。う、嘘……ちょ、ま、待って……やだ」


 一瞬だけオネエ言葉を漏らして鬼軍曹は巨大な炎の中に消えていくのだった。



「ぼふっ……」


 口から煙を漏らすとか、どこのギャグマンガだ。


 巨大な火球が炸裂してギルドの建物とその周囲が大変な事になってしまった。

 セレーネの奇跡を使って障壁で護ったが、さすがに完全には無理だったらしく鬼軍曹はスキンヘッドまで真っ黒に焦げて、まるで頭に毛が生えているみたいになっていた。


 それ以外に人的な被害はなかったが建物の方は強烈な爆風で結構吹き飛ばされ、ガラスなどが割れる被害が出てしまう。


「だから言ったってのに、なんつーお約束なことを」


「ご、ごめん……つい」


 魔法を使った後、冷静さを取り戻したデルはばつが悪そうにしていた。


「ぶっ、ふふっ……あはははっ、あ、あのおっさん、髪の毛生えてる……良かったじゃない……。ぶっ! あははっ!」


 ケラケラと笑うアティウラ。それが恥ずかしいのか、う、うるさいと小さく言う鬼軍曹。どうやらこの2人は知り合いらしい。


「もう、何をやっているんですか。こんなにしてっ! 後処理するのは私達なんですよ」


 ため息を漏らしながら、受付のお姉さんが鬼軍曹の頭にポーションを掛けると黒焦げが治っていく。


「おお、凄え。それで合否の方は?」


「ぐっ、ご、合格だ……」


 俺とデルは晴れて冒険者となれることになった。

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