あっしと俺っち<Ⅱ>
「お姉ちゃんの方は大丈夫?」
「うん……って、血が出てる!」
「少し切れただけだよ」
「……子供なのに無茶して」
アティウラはエプロンドレスのポケットからハンカチのようなものを取りだして、額の地を拭ってくれる。
それにしてもこんなときに援軍かよ。こちらから対岸に攻撃する方法がないのでここは逃げの一手しかない。
「ここは一端逃げるしかない?」
「それは難しい」
そうだよね。詳しくは分からないけど対岸の魔物は仲間みたいだし、トロルが回復したらどうあっても逃げられそうにない。
「だから気にせず……ボクだけ逃げなさい」
「馬鹿野郎! 今更そんなこと出来るかよ」
「ば、馬鹿って……それに野郎だなんて」
「え!? あ、ごめんなさい……お、お姉ちゃんが変なことを言うから」
「も、もう……ごめんね。そうね、一緒に頑張ろう」
「うん!」
そんなやりとりをしている間に、首無し野郎が再び動き出した。
まだ頭は治りきっていないが目は見えるのかキョロキョロと動いている。
『おいトロル! どこで油を売ってやがんだ!』
対岸の豚顔の魔物が叫んだ。
頭がまだ生えきっていないが、それでもゆっくりと歩き出す。
『うわっ、なんだアイツ頭がないぞ! どうなってんだ!?』
どうやらトロルの頭が無い状態なんて見たこともないらしい。
「このっ……!」
ひゅんっ!
アティウラがなんとか動き出そうとするが、そこを狙って石が飛んでくる。
あの魔物達スリングの使い方にえらく慣れていやがる。
「ぐお……」
トロルの顔がやっと形になってきて、口から声を出せるようになった。
『あ、あで……ココは……オデは……』
状況が飲み込めていないのか。キョロキョロと周りを見渡している。
さすがのトロルも頭をあれだけ吹き飛ばされ続けたら記憶も飛ぶらしい。
このままでは飛び道具の援護があってトロルが動き出すなんて最悪の状況になってしまう。
『……あ、エサ!』
しまっ!?
俺と目が合ったトロルはエサと認識して問答無用で攻撃をしてきた。
身を伏せていたのでいきなりの攻撃に回避行動が取れず、頭では無意味と分かっていても身体が勝手に防御行動をとってしまう。
くそっ、しくじった!
……ふさぁ!
そう後悔する俺の眼前にいきなり長いスカートが翻った。
「“エキスパートディフェンス”!」
俺とトロルの拳の間に割って入ったアティウラがポールウェポンを前に突き出していた。
ばきんっ!!
硬いもの同士がぶつかる激しい音がする。
アティウラがポールウェポンでトロルの拳を受け止めたのだった。
……かに見えた。
「ぐっ……。きゃっ!」
トロルの拳はその防御を上回り、アティウラを軽々と吹っ飛ばした。
「お姉ちゃん!」
吹っ飛ばされたアティウラは大丈夫と手を上げた。……大丈夫そうでよかった。
『ほふぅ……』
その成果を鼻息をフンと鳴らしながら嬉しそうに気持ち悪い笑顔を見せた。
くそっ、こんなピンチ……もうダメか。
意気揚々なトロルを恨めしそうに見る。
記憶が飛んでも、こっちがエサだって認識は変わらないのかよ。
認識……いやまて……まだ方法はある……。
「おい! 何をしているんだよ。忘れたのか、お前はこの雌をかけてあの二匹と奪い合いの最中だったんだぞ!」
『あ、あで……?』
見た目はほぼ元通りになったトロルが吹っ飛ばしたアティウラを見ながら何かを考えている。
『そうだっげ?』
ひゅんっ!
危ねっ、投石は未だに続いている。
するとスリング投石の一発がトロルに当たる。もちろん無傷で全くダメージはない。
「ほらみろ、お前に奪われたくないからああやって石で攻撃してくるんだ」
『そうだっだ!』
「この雌は俺が見ているから、お前は彼奴らを始末するんだ!」
『わがっだ』
ニヤァとなんとも気味の悪い笑顔を見せて、嬉しそうに二匹の魔物方に向かっていく。
『やっと戻ってきたか、まったく大将が待っているんだ。さっさと戻るぞ!』
『オデのエサはお前達はやらない!!』
実際には吠えたような声が響いているが、俺にはそう聞こえている。
『ちょ、なんか様子がおかしくないか?』
「そいつはお前達がエサを横取りする悪い奴だと思っているから!」
スリング投石がやっと止むと俺は立ち上がり二匹の魔物達に聞こえるように大きな声でそう言った。
『な、ま、まじか!?』
『ちょ、なんか本気で怒ってるみたいだけど……、なんかやばくないか?』
焦り出すブタ頭と犬頭の二匹。
『お、おい、お前さんなら巨人語が喋れるんだろ』
『いや、ああなったトロルは止められないって!』
魔物達をディテクトで詳しく調べると正体はオークとノールであることが分かった。
数値を見る限り二匹とも通常よりも知性が高い個体らしい。
「逃げた方が良いぞ。そいつは獲物を横取りされるのは相当嫌みたいだから!」
このトロルは自分の強さが分かっているからなのか、獲物を直ぐに倒すようなことはせずある程度追い詰めてから狩るので、彼奴らが逃げてくれればしばらく時間が稼げるだろう。
それに頭が悪いから追いかけている間に、こっちのことを忘れてくれるかもしれないし。
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