あっしと俺っち

あっしと俺っち<Ⅰ>

「この辺りのはずなんだが……ぶひぶひ……」


 鼻をヒクヒクとさせながら歩くオークはトロルの臭いを辿ってきた。


「そうなのか?」


 その後ろで槍を肩に載せながらノールは適当に歩いていた。


「あんた犬のくせにそんなことも分からないのかよ」


「な!? それは種族差別だろ。俺っち達はあんたら豚と違って見た目は似てても中身は全く違うんだよ」


 犬頭と揶揄されがちなノールだが、頭の見た目こそ似ているが性質的な共通点はあまりない。


「失礼な! あっし等だって、あんなのと同じにされちゃ困る。そもそも見た目ならそちらさんの方がよっぽど近いだろ。獣人と並んだらほぼ同じなんだし」


「んだと……あ? ケンカ売るなら買うぞこら!」


 彼らは獣人と同じにされることをかなり嫌う。ノールにはノールなりの誇りがあるのだ。


「あらら、そんな程度でケンカだなんてこれだからノールってやつ血の気が多くていけねえ」


「うっせえ、ウンコ食いのオークに言われたくないわ」


「あー、言っちゃった! それ言っちゃったら、あっしはもう後には引けないっすよ!」


 豚に汚物をエサとして与える飼育方法があり、また不潔な魔物が多い中で彼らオークは比較的清潔に保とうとしているため汚物は喰って処理していると本気で思われていた。


 当然そのような事実はなく、汚物をちゃんと処理しているだけである。


「……お」


「なんすか? 誤魔化されないっすよ」


「いや、待てって……音がしないか?」


 ノールの言葉に、オークも黙って耳を動かして音を探す。

 少し離れたところで川だろうか水の流れる音に混じって、金属を叩き付けるような音が聞こえる。


「トロルの野郎が何か捕まえて食べているのか?」


「いや、これはそういう音じゃない」


 鼻は普通だが、耳は大きさに違わない性能をしていた。


「あっちの方、結構近い」


「よし、行こう!」



 ぶちゅっ!


「はぁはぁ……、ん……はぁはぁ……」


 トロルの頭を切り落とし続けること数十回、おおよそ六割を超えたところでさすがに体力の限界を迎えたのかアティウラの手が止まってしまった。


「はぁはぁ……さすがにキツい」


 呼吸は荒く、巨大な武器を持つ手にあまり力が入っていない。


「……少しメイド業に勤しみすぎた」


 くそ……、女性に任せきりなんてさすがに自分が情けなく思える。

 代われるものなら引き受けたいところだが、とてもじゃないが俺ではあの首を斬り落とすなんて無理である。


 ひゅんっ!!


 俺の横を何かが横切りながら飛んでいった。


「え……?」


 今のは一体何だったんだ?


 ごきっ!


 直ぐ近くの木に鈍い音を立てて当たると、そのまま地面に落ちた。


 なんだこれ……石? どこから……!?


「“サーチ”! 周囲の脅威!」


 直ぐに何かの攻撃だと察知した俺は慌てて辺りを調べる。


 すると川の対岸に反応があったのでそちら側を見ると、魔物らしき二匹がクルクルと紐みたいなものを回して飛ばしていた。


 あれは……確かスリングってやつか。


「お姉ちゃん!」


「……えっ?」


 疲れているからなのかアティウラはまだ投石に気付いていない。


 ひゅんっ!!


「危ないっ! 痛っ!」


 投石の音に危険を感じて思わず彼女に飛び込み庇うよう抱きついたが、頭のところに石が掠めていき切られたような痛みが走った。


「……こ、こら!」


 そのまま二人して倒れ込んでいくことはなくアティウラは俺を胸元で受け止めた。

 そしてなんだか凄く柔らかい感触が……なかった。


 がんっ。


「い、痛い……!?」


「これ胸当てだから……」


 胸当ては凄く……大っきかったです……。


「じゃなくて違う。対岸から攻撃を受けているんだって!」


「え?」


 ひゅん!


 彼女は胸に埋まっている俺の頭を抱きしめて倒れ込むように姿勢を下げた。

 うぐっ!? ぐおお……痛いっ、つ、潰れる!


「あ、ごめん」


「……凄く硬い」


「なっ!?」


 女性の胸に顔を埋めておいて、その言いぐさは失礼だとばかりにむすっとした顔になり、もっと強く押し付けてきた。


 仄かに良い匂いはしたが、それ以上に固い胸を押し付けられて顔が潰されそうでどころじゃなかいし呼吸もかなり苦しい。


「ふご……! ふごふご!」


「あ、あら……」


 アティウラは手を離すと慌てて空気を吸い込んだ。


「はぁはぁ……し、死ぬかと思った」


「ごめん、でも助かった」


「い、いえこちらこそ、なんというか別の意味で素晴らしいものでした」


「……やっぱり立たせたほうがいい?」


「冗談だから、勘弁してって!」


 低くすると、次々と上の辺りを石が飛んでいく音がする。


 くそ、マジかよ……。ゲームなどで最弱の飛び道具として扱われているスリングだが、現実で攻撃を受けるとそれはとんでもなく恐ろしい代物であることを知った。

 木にぶつかった音は相当重かったし、まともに当たれば骨折くらいしそうだ。最悪の場合当たり所が悪かったら死ぬことも有り得る。


 そんなものを川の向こう側から一方的に打ち込まれるのは恐怖でしかない。

 それにしても額の辺りが妙に痛い。

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