幕間
教会のセレーネ
「むぅ……」
「はぁ、そんなあからさまに拗ねないでください」
「だって、わたくしなど必要ないではありませんか」
むすーっと頬を膨らませながら大きく柔らかそうなソファーでクッションを抱きしめたままごろんと横になっていた。
「お姉様!」
「つーん」
「……つ、つーんて……、もし市井の民が聖女様のこの様なお姿を見たらどう思うか」
「どう思われても構いません」
「セレーネお姉様! なんてことを仰るのですか!」
どんなに怒られても拗ねているセレーネは一切動こうとしなかった。
「本当はこの様なところでのんびりしていられないのに……」
セレーネは突如行方不明になった勇者を探したかったが、教会への帰還命令により戻ってきたが、その理由があまりにも下らなかったことで拗ねていたのだ。
「とても名誉なことではありませんか」
「何が名誉なものでしょう。肥え太った貴族同士の結婚式になんでわたくしが同席する必要があるのでしょう」
「ちょ! お、お姉様、聖女様がなんて言葉遣いをしているのですか! なんてお労しい……国を巡る旅などをして心が汚れてしまったのでしょうか」
貴族の花嫁がセレーネのファンだという。それ自体はとても光栄なことだが、よりにもよって結婚式に来て欲しいと要請されたのだった。
だからといって司婚者ではなく、ただ同席するだけである。
「ただその場に居るだけだなんて、なんの意味があるのでしょう」
「それだけお姉様は人気者だということです」
「どうせ多額の献金が貰えるからでしょう」
「お姉様!」
教会は王侯貴族、有力商人などの献金で運営を賄っている。
そのためセレーネの様な象徴的な人物は、冠婚葬祭に駆り出されることは多い。
「……はぁ、何時にも増して今日のお姉様はどうさなったのでしょう」
頭を抱えるようにしているのは、セレーネの身の回りの世話をしている見習いの聖職者である。
「わたくしはいつも通りですよ」
ソファに埋まったまま微動だにしないセレーネ。
「……ああもう、一体何があったかは分かりませんが、やはり早く資格を取ってお姉様の旅に同行するべきですね」
「えー、お目付役が一緒にだなんて気疲れしてしまいますよ」
セレーネには堅苦しい教会で過ごすよりも、諸国を巡回している方が気楽であった。
「あの、もしかして私は邪魔でしょうか?」
「そうではなくて、わたくしと共に行動したら貴女が疲れてしまいますよ」
「あ、そういう意味でしたか、てっきり意中の男性が出来たのかと……」
「…………」
「ちょ!? お姉様、今の間は一体……いつもなら、笑ってわたくしの様なを好きになる男性なんてとか仰るのに……ま、まさか!?」
「……ぷい」
「ぷいっ。じゃありませんっ!! だ、誰なんですか! どなたなのですか! いつの間に何処でそんな相手が!!」
「ぐぅ……」
「いきなり寝たふりなんでしないでくださいまし! あ、あわわ、なんということでしょう……聖女様に男が出来ただなんて、そんな噂が出回ろうものなら……ああどうしましょう!」
「あら、聖女だからって男性とお付き合いしてはいけないなんて戒律はありませんよ」
「それはそうですが……じゃなくて、そうですけどそういう話ではありません!」
「えー、どうしてなのでしょう?」
「お姉様は、聖女なのですよ? もしどこぞの馬の骨であろうものなら……」
「どこの馬の骨なんかじゃありませんよ」
「では、どのようなお方なのでしょうか」
「知りたいですか?」
少し頬を染めながらなんとも嬉しそうな顔になるセレーネ。
「はぁ……、どうせ聞いても教えるつもりはないでしょうけど、誰にも言いませんからどういう方なのかだけでも教えていただけませんか?」
「うーん……」
「それで?」
「な・い・しょ☆」
「……でしょうね! って、なーに乙女になってんですか! あー、もう!」
セレーネは普段、とても真面目な人物ではあるが心を許した相手には意外とお茶目である。
「せめて年上か年下。デカいのか小さいのか。いやそもそも人間なのかくらいは教えてください!」
「背の方は今のところわたくしより低いですけど、でも少ししたら追い抜かれることでしょう」
「え、それはつまり年下ってことですか?」
「見た目は子供みたいなのですが……話をしているとむしろ年上のようにも思えますね」
「見た目は子供、頭脳は大人って、相手は幼人族とか亜人種なのですか!?」
「違いますよ。ちゃんと人間……のはずです」
「お姉様……もしかしてそれは想像上の存在とかではありませんよね?」
「失礼ですよ」
「では一体何処の何方なのですか?」
「勇者様です」
「……勇者? 勇者って、あの神から力を授かりながら、クソみたいに横柄な態度で街を闊歩しているゴロツキより質の悪いあれですか!?」
「それは言い過ぎですよ。確かにそういう方もいらっしゃいますが、あの方は全く違います」
「お姉様、こう言っては失礼かもしれませんが、恋は盲目と申します」
「あら、もしかして恋をしたことがあるのかしら?」
「え!? い、いえ……その様な相手はまだ……」
「彼はわたくしを一人の人間として、女として見てくれるのです。それに普段は可愛らしくて全体的に華奢なのに、所々男らしい体つきも見えたり、仕草もふとしたところで男性を感じられる瞬間はキュンと胸が鳴るのです」
「きゅ、キュンですか……」
「それに彼は男性なのにとても良い匂いがするんですよ」
「い、良い匂いって……お、お姉様もしかして……」
「私の方がまだ背が高いのでつま先立ちで背を伸ばして迫ってきたりとか、それに結構力もあってやっぱり男の子なんだなって思えちゃうのも、またいいんです」
「ダメだコイツ……早く何とかしないと」
だが、今まで見せたことのないセレーネが嬉しそうに語る姿を見ていると、本当に幸せそうに思えてくる。
「なんて幸せそう中をしているんですか……はぁ、これでは反対がしづらいではありませんか」
「だって本当に嬉しいんですもの」
「だってって……とにかく面倒であっても結婚式には出てください。そして明日はドガ砦から魔物の森への討伐隊が出発するための道中の祈りを捧げる式典がありますので」
「討伐隊を出すのですか?」
「ええ、件のネクロマンサーに協力していた亜人達を討伐するために部隊が編成されたのです」
「協力していた亜人……、もしかして?」
「お姉様?」
「ごめんなさい。急用が出来ました!」
「え、ちょ、お、お姉様!? いきなり何処へ!?」
「少々魔物の森へ!」
「魔物の森って、ですから結婚式があるのですよ! ってお待ちください! 待てこら!!」
てもたってもいられずセレーネはいきなり立ち上がると部屋を飛び出して行くのであった。
それを追うように世話係の彼女は慌てて追いかけるのであった。
「勇者様がもしかしたら……そこにいるかもしれません」
こうやってセレーネは討伐隊に参加を決めるのであった。
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