爬虫類との攻防
爬虫類との攻防
煮えた泉のところまで出ると硫黄の臭いが強くなった。
対岸の方では馬を掴んで飛び去っていくワイバーンが見えた。
「ああ……、なるほど手頃な距離で一番大きな獲物だってか」
飛び去った後に一人の兵士が横たわっていた。
戦いを挑んだのだろうか。
「“ディテクト!”」
間欠泉があと何秒で出るのかを調べる。
くそ……。もうすぐかよ。
ぶしゅー!
間欠泉が出た後に素早く細い道を渡り、横たわる兵士に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「……あ、ゆ、勇者様……ご無事だったのですね」
「ああ、俺の方はな」
「い、いきなり竜が襲ってきて……馬を奪われて、落馬して背中を強く打ったみたいで……」
そいつの脚を叩いてみる。
「痛っ! 何をするんですか!」
「どうやら神経の損傷とかはないみたいだね」
前にテレビで背中や腰を打って神経を損傷したら脚とか痛みを感じないとかなんとか、これは背中を強く打って苦しいだけだな。鎧のおかげなのか?
馬に乗っているってことは彼は斥候かな。様子でも伺っていたんだろう。
なんで旗を掲げているのかはよく分からないが、何かしらの作法みたいなものか。
まあおかげで見つけられたんだけどさ。
「それにしても運がいいな。ワイバーンに襲われて助かったなんて」
「そ、そうですね……」
とはいえ馬は可哀想だけど。
そうなると、ヤツはどこかでごちそうの最中って感じか。
「“サーチ”、ワイバーン」
反応あり。大体5kmほど離れた場所か。空を飛ぶあいつにとってさほど遠くない距離だろうな。
あれっ? 動いたな……2体?
かなり遠いが全く関係ない場所にもう一匹の反応があった。距離にして数10km以上ある。
あまりこの辺では見ないってデルが言ってたけど、そりゃそうだな、この辺りにワイバーンが食べるサイズの生き物はいないんだから。
あいつはたまたま迷い込んできただけなんだろう。
「あれ……」
こっちに飛んで来てる……、ちっ、どうやらお食事が終わって俺か彼を狩るつもりか。
「さて、どうするか」
キャンプ地まで行って救援を求めるような時間はないし、だからと言って彼を運びながらでは間欠泉を超えて岩場に行くのは無理がある。
森の方へは到底間に合わない。というかそっち方向は俺1人でも厳しい。
とはいえあんなデカブツと戦う方法は持っていないし。
ああ、強力な攻撃魔法が欲しい、一撃で焼き鳥にしてやるのに。
焼き鳥かぁ……食べたいなぁ。
塩で少し焦げたくらいが好みで……。
焼く? 焼く……、そういえば熱耐性はないってあったよな。
それなら……、焼けないにしても蒸し鶏くらいには出来そうなものがあるな。
「でも上手く行くか?」
いや、でも今のところそれ以外に方法は思いつかないし。
彼を見捨てるわけにいかないし、とにかくやるだけやってみよう。
「“コンソール”」
半透明なモニターが浮かび上がる。
俺は必要な情報をディテクトで得る。
「そこか……」
問題は奴をどうやってこの地点に誘導出来るかだ。
『ぎゃー!』
トカゲ野郎は上空でわざわざ声を出しながら旋回して飛んでいる。
ここが危険な場所だと分かっているのだろうか。警戒してなのか降りてこない。
「どうした! 俺が怖いのか!」
早く降りてきてもらわないとこっちも予定があるので思い切り挑発してみた。
『生意気っ! 生意気っ!』
その挑発にたやすく乗ってくれるワイバーン。
急降下して直ぐ近くに着地した。
くそっ、そこじゃないんだよ……もうあっちに少し寄ってくれって。
『ぐるるるる……』
猫が喉を鳴らすような音を立てながら俺を睨み付けてくる。
さすがにこれだけ近い距離で正面から睨まれると恐怖を感じる。
「くっ……」
ここに来て全く身体が動けなくなった。
どの方向に動いてもワイバーンの攻撃を受けそうな気がしてならない。
『エサっ! 喰う喰う喰うっ!』
くそっ、好きに言いやがって。それにもう時間が……ネタがばれたら同じ手は使えないだろうし。
いっそのこと喰われるくらいなら此奴を道連れにしてみるか。
そうやって睨み合っていると、どこからか蹄の音が聞こえた。
「勇者殿!!」
「え、なに? 部隊長さん!?」
部隊長が馬に乗ってこちらに突っ込んできた。
彼はワイバーンを見ても怯むことなく、手にした巨大な槍を構えてワイバーンに突進していく。
がいんっ!!
『ぎゃう!?』
硬いものが激しくぶつかり合う音がしたが、部隊長の槍はワイバーンの硬い身体を貫くことは出来なかった。
だが足場が悪いせいかワイバーンはその衝撃によろけて倒れそうになり下がっていく。
「ナイスッ部隊長!」
まじで最高のタイミングだ!
「所詮は爬虫類、少しくらい頭が良くてもそんなに変わらないわ」
『ぎゃっ!!』
意味が通じたようで、よろけながら怒りを露わにするワイバーン。
「そうだよ。お前はこうやって最後は人間に狩られるんだよ! 残念だったな!」
ぶしゅー!!!
複数の場所から高圧高温の蒸気と熱湯が噴き出し、それはワイバーンの身体に直撃した。
『ぎゃーっす!!』
ワイバーンが悲鳴を上げる。
「って……俺も逃げないとって、あちっ! あちちっ!」
吹き出したお湯が水滴となってこちらに降ってくる。
大気である程度冷やされて温度は下がっているが、それでも結構熱い。
「あっちあっち!!」
「あ……」
俺よりもワイバーンに近かった部隊長の方がより熱そうにしている。
馬が逃げる方向が分からないのか、いつまでも浴びていた。
ワイバーンはその大きな身体では避けることも出来ず蒸気と熱湯を浴び続け痛みで暴れ回っている。
もう飛んで逃げようにも羽が蒸気や熱湯で爛れてしまい不可能になっていた。
もわもわと蒸気が霧のように濃くなり視界が遮られてきたが、暴れているワイバーンの声だけはよく聞こえた。
自動翻訳はされない。もう声にならないただの悲鳴になっているのだろう。
やがて間欠泉が止まり、もやが晴れてくるとそこには瀕死のワイバーンが横たわっていた。
高温の蒸気で身体中のあちこちの鱗が剥がれ中の肉が爛れており、荒い呼吸で何とか動こうと藻掻いているが既にそれだけの力は残っていなかった。
「すまん……さっきは少しテンションが上がってたわ」
通じているかはわからないが暴言吐いたのを謝った。
こいつはただ生きるための狩りをしていただけだったんだよな。
なんとなく可哀想に思えてくる。せめて介錯くらい出来ると良いんだけど、俺にはワイバーンに傷を付けられるような武器はない。
せめて苦しまずに逝けるように祈るのが精一杯だった。
「隊長、それにしても助かりました。どうしてこんなところに?」
「斥候が戻ってこなかったので見に来たら、上空で大きな影が見えたので慌てて走ってきた次第です」
「そうですか。やっぱあんた凄い人ですね」
「素直に受け取っておきます」
「本当は追い込まれた振りをしてワイバーンを誘導しようとしたんだけど位置がちょっとずれてて、いやあ部隊長のおかげで助かったよ」
「さ、さようですか。私はてっきり翼竜にやられる寸前なのかと思って飛び込んでしまいましたよ」
「素晴らしい。そのおかげで本当に助かったって、マジでありがとう」
「いえ、それならいいのですが……」
「はぁ……疲れた……」
俺はその場に座り込んだ。
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