救出作戦<Ⅱ>

『ぎゅああああ!』


 怒り出したワイバーンは奇声のような声を上げながら羽を拡げて飛び上がった。


 どうするつもりなんだ? 此奴らの叫び声はほとんど翻訳出来ていないが、怒っていることは分かるから問題は無い。


「なんだあれ……?」


 後ろ足で何かを掴んでいるのが分かり、よく見ようと身を乗り出したところにそれは落ちてきた。


「ちょ?! うわっ、うわぁあ!」


 どすんっ!


 何かと思えば、その辺に転がっている岩だった。

 大きさは50cmは超えていて、あの高さから落ちてきたのが当たったら死んでもおかしくない。


「あっぶねぇ……」


 くっそ、結構と正確に落としてきやがるな。

 なんとか避けられたが、気がつくのが遅かったらヤバかったかもしれない。


 牛や馬などを持ち上げて飛べるって話だから、この程度の岩なら問題ないってことかよ。

 これでこの狭い岩の道を塞がれてたらちょっとヤバいかも。


 相手もバカじゃないんだな……仕方がない。

 ここに留まっているのは危険だと判断して岩場を離れることにする。まだドームに戻る分けにもいかないので、あの登るのに苦労した斜面にまで一気に走る。

 どうやらまだ能力アップの効果は残っているようで脚が軽いの分かった。


「セレーネ、助かるぜ」


 そのまま斜面にまで辿り着くと足場の悪い砂地を一気に下っていく。

 確か富士山にこんな登山道があるんじゃなかったっけ。


 真っ直ぐ走っているためワイバーンを目視で確認は出来ないが、なんとなく背後に気配を感じる。

 感じたとおりワイバーンの影が大きくなっていく、このまま俺の背後から襲いかかるつもりだろう。


 くそ、追いつかれている……やはり走るのと飛ぶのでは絶対的に速度が違う。

 だからといって斜面を下っているので下手に脚を止める方が危ない。


 そして直ぐ間近まで影が迫ってきているのが分かる……ダメか。


「くっ……」


 だがワイバーンは一度大きく羽ばたく音がすると影と共に離れていった。


 なんだ? ああ、そうかここは急斜面だから着地するのが難しいのか。

 足場も悪い砂地だし、あの大きさだと着地に失敗したら自分も転げ落ちる可能性があるってか。

 この先も岩場だから、さっさと降りきってしまおう。


 その後はどうするか……本当に行き当たりばったりだな。

 しかも、この先は間欠泉と熱湯の泉だし、そこを抜けたとしても森まではまだ距離がある。


「……やべえな」


 最初のプランから、えらく変わってしまったものだ。


「くっそ! 転生モノならワイバーンなんて雑魚扱いであっさりと倒せるものじゃないのかよ!」


 何の為の凄いMPなんだよ! ああ、攻撃魔法の一つでもあれば……。


「おーっまいがっ!」


 当たり前だが斜面を下りきると待ちに待ったばかりにワイバーンが近づいてくる。

 大きな岩までの十数mが絶望的な距離に感じてしまう。


 背後に大きな気配を感じる、これはさすがに無理か。

 走るのが間に合わないと判断した俺は、振り返ってワイバーンを見る。


 ワイバーンは脚を前に向けて俺を捕まえようと急降下してくる。

 まだ能力アップは残っている。斜面の方に戻り少し登って思い切り伏せる。


 軌道修正が間に合わず、脚の爪がほんの少しだけ俺の背中を掠めると地面に着地しザザーっと地面を滑っていく。


 人間サイズの狩りは苦手という情報に助けられたな。

 狙っていた獲物がまさかの急転換のあげく斜面に横になられたとでギリギリ掴めなかった。


 だがこれで終わったわけではない。


 俺は直ぐさま立ち上がると、迷わずまだこちらに振り向いていないワイバーンに向かって走って行く。

 相手は空を飛ぶから普通では逃げきれないが、こういう大きい生き物は足元が見えていないって狩りのゲームとかでも定番な話である。


 だからこうやって、振り向く此奴の背後を取りながら俺は走り抜ける。

 するとワイバーンは振り向いた先に獲物が居なくて何処に行ったのかとキョロキョロしている。


『どこ!?』


 よっし! 思った以上に上手く行ったぜ。

 ワイバーンが俺を探している間に、大きな岩が集まるところまで辿り着きさっと身を隠した。

 と同時に能力アップの効果が切れるのが分かった。


「ぐっ!? う……はぁはぁ……」


 すると一気に心臓の鼓動が早くなり身体があり得ないほど怠くなり呼吸も荒くなる。


「はぁはぁ……こ、これで諦めるとは思えないが……せめて呼吸が整うまでは見つけるなよ……」


『あっち……?』


 ワイバーンの声が聞こえた。そーっと見てみると全く違う方向に顔を向けていた。


「はぁふう……、な、なにやってんだ?」


 ある方向を見ている様子だった。

 俺を諦めてドームの方に戻ろうとしているのかと思ったが方向が違う。

 そっちはドームでもない。あっちは……間欠泉が噴出している方だが……。


『エサ! エサ! エサ!』


 嬉しそうな声を上げワイバーンは羽を広げて飛び立とうとする。

 俺は間欠泉の出る方をよく見ると何かが居るのが見えた。


 旗……? あれって軍隊のだったっけ。もしかして俺……いやセレーネの帰りが遅くなって探しに来たのか。

 ワイバーンの狙いはあっちか!?


「バーカバーカ! ちっぽけな俺1人も狩れないのに他に行くのかよ!」


 思わず隠れている岩から出て大声を出してしまった。


『ぎゃっ!?』


 それに驚くワイバーン。

 一瞬睨んでくるが、俺にさほど興味がなくなったらしくそのまま羽ばたいていってしまう。


「なんだとっ!?」


 より腹を満たそうな方を選ぶとか爬虫類のくせに頭がいいじゃないか。


「……く、くそぉっ!」


 まだ呼吸だって整っていないのに、そのまま座り込みたい気持ちを抑えて俺は再度走り出した。

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