結局進軍<Ⅳ>

 温泉を抜けた先は荒れ地と呼ぶに相応しい場所だった。

 草木がほとんどないほぼ灰色の世界だった。

 所々低木が生えているのが、なんとなく嬉しい気持ちになる。


「すげえな生物って」


 どんなに劣悪な環境でも生き物っているんだな。


 しかしこの辺りは凄く足場が悪く、足を滑らすと剥き出しの岩で怪我をしそうで非常に危険だった。

 そしてやはり硫黄の匂いがずっとしている。


「さて……彼らは何処に居るんだろうな」


「勇者様、あれ……」


「なに?」


 セレーネが指差す先を見ると、禿げ山の中腹の小高いところに何か人工物のようなものが見える。


「すごく滑らかな形をしているな」


「卵みたいですね。あそこに何かあるでしょうか」


「他にそれっぽいのはないし……あからさまだよな。とにかく行ってみよう」


 あそこまではさほどの距離ではない。

 しばらく進むと急な斜面のあげく、足場が砂へと変わっていった。


「これって足跡かな……」


 目の粗い砂だったが足跡っぽい形が見られた。


「おそらくこれは彼らのだと思います」


「じゃあセレーネの見立て通りっぽいね」


 足跡をたどって二人で斜面を登っていく。

 意外な傾斜で、かなりキツい。


「はぁはぁ……セレーネ、は大丈夫そうだね」


「意外と辛いですけど、まだ大丈夫ですよ。ほら!」


 セレーネは俺を追い抜いて前を歩く。


「そ、そうか」


 そりゃそうだよね、彼女は諸国を巡り歩いているんだもんな。

 現代社会のもやしっ子とは身体の作りが違う。


 結構見た目は華奢なんだけどな。

 腰だってあんなに細いし……。脚の筋力が凄いのか。


「ああ、なるほど……だからお尻が大きいのか」


「んな!? な、な、なんてことを言うんですか!」


 セレーネは顔を真っ赤にして、お尻を隠すように手を置いた。


「あ、いや、思わずつい」


「も、もう、結構気にしているんですから……」


 しまったな、これは失言でした。


「ま、まあ大きなお尻も……可愛いし?」


「お、お尻が大きいのを褒められても嬉しくなんてありません! それになんで疑問系なんですか!?」


「ホントにゴメン……あっ! セレーネあれ!」


「そうやって誤魔化しても騙されません!」


「いや、本当にあれ!」


「もう……あ……」


 大分登ったところで坂が終わり、遠くで見た人工物の形が見えてきた。

 近くから見るとそれはドーム球場みたいな建物だった。


「大きい……なんでしょう、全く見たことがない形をしていますね」


 建物との距離は100mくらい、岩陰に隠れて様子を伺う。


「彼らが造ったのかな」


「紋様族がそこまで凄い技術を持っていると聞いたことはありません」


 建物はかなり大きい。印象としてはそれこそドーム球場並に見える。


「人間の技術で造れるものか?」


「大きさはともかくあれだけ滑らかな造形はかなり難しいと思います」


 もし紋様族がこれを造れるのだとしたら技術は相当なものだな。


「もしかしたら前時代の遺跡かもしれません。紋様族はその時代奴隷だったと書いてありましたし」


「そういえばそうか」


 ホムンクルスを造れるような技術を持っていたんだから建造技術が凄くても不思議じゃないか。


「わたくしたちよりもずっと栄えていたと言われていますし」


 そうなると遺跡の線で間違いないかな。

 ……いや待て、もしかしたら宇宙人関係ってことはないだろうな。


 しばらくは宇宙人関連は勘弁して欲しいんだけど。


「それはともかくとして……」


 再度サーチをして紋様族の有無を確認するがやはり反応はない。

 周囲に他の生物を調べるが、馬のような生き物がいるのを確認出来ただけだった。


「あ、勇者様、あそこにっ」


 セレーネが声を急に抑え気味にした。

 彼女の目線に合わせてそちらに向くと、ドームの入口らしき場所があり、そこに10名ほどの人間らしき存在が出てくるのが確認出来た。


「紋様族かな……」


「そうだと思います」


 出て来た彼らは入口で楽しそうにはしゃぎ始めた。


「あれは遊んでいるのか? それにしても全然魔王軍って感じがしないな」


「そ、そうですね……」


 見れば見るほど、子供がじゃれ合って遊んでいるようにしか見えない。

 しかし一体何の根拠で彼らを魔王軍の手先と考えるのだろうか。


「彼らは本当に討伐するべき存在なのか?」


「わたくし個人の意見としてはかなり疑問です」


「だよな。なんかのんびりまったりしているように見えるし」


「ですが10数年前もそうやって討伐をしたことがあるようですし、今回で4度目になるはずです」


「そうなのか……生き残りってことか?」


「彼らは元々森の浅いところに里があって人間と交流もあったらしいのですが、討伐をする度に森の奥へと逃れていって、今では全く交流がないとのことです」


 3回も滅ぼされかかったんだ。交流なんてなくなって当然だろうな。


「でもなんで、そうまでして紋様族を滅ぼしたいんだ?」


「一般的に見た目で邪悪な存在だと思われているのが大きな要因じゃないかと」


 見た目なのかよ。


 確かに全身に刺青が入っているように見えるから、文化的な違いで価値観の齟齬が生まれてしまうのは分からないでもないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る