まあ分かっていたけどね<Ⅲ>

「そ、それは……」


「ないのでしたら、やはりこの者は処罰するしかありませんな」


 剣に手をかける女騎士。

 勘弁してくれ。


「あ、ありますっ!」


「ほう、それでは是非教えていただきたい」


「か、彼は……」


「この子がなんだというのです?」


「か……、彼はわたくしの想い人なんです!」


「「「な、なんだってー!?」」」


 セレーネの言葉を聞いた全員同じリアクションで驚いてしまう。


「彼はわたくしの戻りが遅いからと心配になって見に来てくれたのです」


「い、いや聖女様、少々お待ちください。いくらなんでもそのような言葉を我らに信じろと?」


 うん、さすがに無茶があるよな。

 じゃあ俺は飛んで迎えに来たのか。凄えな。


「聖女様、そのような子供でも分かるような戯れ言はおやめください」


「では、ミエディア様はわたくしの言葉が信じられないと?」


「そ、そうは申しませんが……、とはいえさすがに無理があります」


 さすがに俺もそう思う。


「それではこうすれば信じていただけますか」


 俺に手招きをするセレーネ。

 とりあえず彼女が何か言いたそうなので顔を近づけてみる。


 セレーネも顔を近づけてくるが、彼女の方が少しだけ背が高いので上に向くのがほんの少しだけコンプレックスめいたものを感じた。

 柵越しに両肩に手を置かれると、そっと自分の方に引き寄せて……。


 ちゅっ。


 え? は? ええ!?


「んなっ!?」


「お。おおー!?」


 き、き、き、キス……だよね?

 これ、キスだよね!?


 こ、これ……ど、どうすればいいんだ。

 唐突にましてや初めてのことで状況は分かっても頭は混乱しまくって動けない。


 だが彼女はキスを止めない。

 も、もしかして、ここでそれっぽくしろってことなんだろうか。


 ……よし、分かった。

 ここまでして俺の無罪を証明しようとしてくれたんだ。

 今度は俺が男を見せないと。


 恋人っぽくするために、俺は決意して彼女の口内に舌を入れてみる。


「んん!? んんっ!」


 驚いたセレーネはびくんと身体を小さく震わした。

 やばいっ、これはやり過ぎだったかと思ったが、彼女は離れることはなかった。


「ちょ、ちょっと! ひ、人前でどこまでするおつもりですか! 聖女様になんて不潔な、不潔すぎです!」


 女騎士は顔を真っ赤にさせて怒り出した。

 どうやらあまりこういうのを見るのに免疫がないらしい。


「ん……ちゅっ、ちゅう……」


「んん!?」


 そのまま離れる事なく、今度は彼女の舌が俺の校内に入ってきた。


「神に仕える聖女様が、その様な行為に及んではいけません!」


「わ?!」


 女騎士がセレーネの肩を掴んで俺から離したのだった。


「はぁ……やれやれ、分かりました。聖女様がそこまでするのでしたら仕方ありませんな」


 それまで黙って見ていた砦長がやれやれといった様子でため息をついて言った。


「……ふぅ、そ、そうですか?」


「ええ、すぐに牢から出しましょう」


「ありがとうございます」


「よ、よろしいのですか!?」


「聖女様にここまでされては、信じる以外ありませんでしょう」


 ですよねー、砦長には完全にばれてますよねー。


「いけません! このままでは聖女様にあらぬ噂が立ってしまいます!」


「あらぬ噂とはなんでしょうか?」


「聖女様が何処とも分からぬ男と姦淫したなど、あってはならないことです。貴方は汚れてはいけない存在なのですよ!」


 まじで? もしそれが本当だったら、俺結構ヤバい立場にならないか?


「アデル教では、聖職者の結婚も認められておりますよ」


「そういう話ではありません。貴女様は聖女なのです! 聖女は決して汚れてはいけないのです!」


「申し訳ないのですが、その様な教えも仕来りも聞いたことはありません」


「い、一般論を言っているのです!」


「一般論ですか? それは具体的に誰が言っているのでしょう」


「そ、それは、私の周りではそう言っているのです!」


「申し訳ありませんが、それでは具体性に掛けているかと」


「ぐぬっ……」


 ほぼ感情論で訴える女騎士だったが、セレーネはそれを全て正論で応える。

 聖職者って人と話をするのが仕事っぽいからこういうのは得意そうだな。


「こちらはこうして証拠を差し出したつもりですが、それでも足りないと仰るのでしたらわたくしと彼がここで身体を重ね合うところまでご所望でしょうか」


「……んな!?」


 思わず俺が驚いて声を上げてしまう。


「ミネディア様、これ以上聖女様を疑うと教会の権威を傷つけることにもなります。そうなるとお父様が教会よりお叱りを受けることとなります」


「なっ!? お、お父様に迷惑をかける……そ、それは困る!」


「それに伝説級の武具を持っていなくとも彼はステータス上は勇者に代わりはないようですし。あまり不当な扱いをして勇者達の不評を買うのも後々困ることになるかもしれません」


「……わ、分かりました」


 言葉では了承したがそれでも女騎士様は納得がいかない様子だった。


「ほ……よかった」


 安堵した瞬間、いきなり目の前の視界がぼやける。


「わっ!? な、なんだ?」


「どうかなさいましたか?」


「こ、これ、俺の目の前に……」


「はい?」


 これが、見えていないのか?


【粘膜接触による個体認識が完了しました】


 は? ぼやけた視界にはっきりと日本語の表示が現れた。

 あ、これ、ステータス画面と同質のものか!?


 粘膜接触? 個体認識? どういうことなんだ?

 ぼやけた意味は分かったが、表示された文字は全く意味が分からない。


【対象にMP500を貸与しますか】


 さらに改行されて文字が現れる。

 貸与するって、何をだよ。


【※ただしMPが足りない場合、精神に障害が出る場合があります】


 って、まじかよ。

 次の行では、注意を促すように赤文字で表示された。

 これが一体何のことだか俺には全く分からない。


「勇者様? 大丈夫ですか?」


「どうやら勇者殿は夢見心地のようですな。なにせ国民の憧れの聖女様ですからな」


「そ、そういうことなのでしょうか」


【イエス・ノー】


 選択肢?


 と、とりあえずノーだ。

 これの意味が分からないし下手にイエスにして、精神に障害が出てあっぱらぱーになるのは嫌だからな。


 がたんっ!


「勇者様、大丈夫ですか!?」


 ノーを選択すると、画面が消えた。

 まるでダイアログだな。


「ふう……驚いた。ってあれ、セレーネ?」


 いつの間にかセレーネが牢の中にいた。


「本当に大丈夫ですか?」


「うん、少し驚いてただけから」


「では幼き勇者殿。歓迎しよう」

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