第56話 占い師かく語りて

「せっかくだからみんなの事を占ってあげるよ」


 いい感じにお酒が入ってきている占い師のお姉さんは私達にそう話しかけると大人とは思えないようなテンションで私の手を掴んできた。


「手相を見ようと思ったけど、私は手相占いとか出来ないんだよね。出来ないなりに見てあげるんだけど、いい感じだと思うよ」

「はあ、それはありがとうございます」

「もう、信じてくれないならそれでいいんだけど、占いなんてそんなに真剣に聞かないで軽い気持ちで受け入れる方が案外楽なもんだよ」

「それをあなたが言うのはどうかと思いますが、そんなんでやっていけてるんですか?」

「大丈夫大丈夫。ちゃんとした占いをやる時は確実に当てるから。百発百中よ」

「逆に胡散臭いんですけど、そんなんで本当に信用していいんですかね?」

「そうね、それも話半分くらいに聞いてくれればいいからさ。どうしても未来が知りたいと思ったら、明日のお昼過ぎにでも占ってあげよう。その頃にはお酒も抜けてると思うし、問題無いはずよ。たぶんだけどね」

「じゃあ、お酒が入っているとどれくらいの確率で当てられるんですか?」

「そうだね、当たるか当たらないかは半々くらいかな」

「そんなの誰でも言えるじゃないですか」

「そうなんだけどさ、例えばだけど、明日の昼に出かけてしまうと得体のしれない魔物に襲われて命を落としますって言われたらどういう行動をとるのかな?」

「その占いを完全に信じるわけではないですけど、魔物が出なそうなところとかルシファーとかミサキから離れないと思います」

「あなたにとってその二人は絶対的な強者って事ね。つまり、占いを聞いていなければ一人で魔物と対峙して命を落としていたとします。でも、占いを聞いたことによって強い仲間に守ってもらうことであなたは魔物とあっても命を落とすことはありませんでした。ってことになるのよ」

「まあ、そうでしょうね。でも、占いが関係なく私はこの世界にいる間はルシファーと一緒に行動すると思いますよ。ミサキはマサキと一緒に行動しているかもしれないんで四六時中一緒にいることは無いと思うんですけどね」

「それはいいことだと思うんだけど、私がちゃんと本気で占ったときはその結果を変えることは出来ないのよ。私が本気で占ったときにあなたが死ぬと出た時は確実に死ぬし、大金を手に入れると出た時はどんなに貧しくても大金を手に入れることになるのよ。これは占いというよりも、変えることのできない未来を見ているってことなのよね」

「それって、今まで一度も外したことがないんですか?」

「悲しいことだけど、今まで一度も外したことが無いのよ。占いの結果が見えなかった人もいたんだけど、そんな人達はみんなその日を迎える前に亡くなってしまっていたのよね」


 私はその話をどこまで本気で受け止めればいいのかと思っていた。もしかしたら本当のことを言っているのかもしれないし、もしかしたらただの酔っ払いが私達をからかっているだけなのかもしれない。

 それに、占ってもらうにしても自分が死ぬ時の事を占ってもらうのは悪趣味なような気がしていた。かと言って、大切な仲間たちが亡くなるところも知りたいとは思わなかった。


「ねえ、私達がいつ結婚するのか占ってもらうってのはどうかな?」

「ええ、私は遠慮しておこうかな」

「なんでよ。アイカは運命の相手って気にならないの?」

「運命の相手がどんな人かは気になるよ。でもね、それを知ってしまったらその人以外の事をちゃんと人間としてお相手できるのか自信がないんだよね。どうせなら何も知らない状態で出会いたいって思っちゃうかも」

「そういう感じなんだ。サクラはどうなのかなって聞こうと思ったけど、サクラにはルシファーがいるから聞かなくてもいいか。運命の相手がどうかってのは置いといて、元の世界にどうやったら戻れるのか聞いてみる?」

「それはいいかもね。元の世界に戻る方法を知っておけばそれを回避してここに残ることが出来るもんね」

「え、アイカは戻りたくないの?」

「うん、元の世界に戻ってまた変化のないつまらない日々を送るよりも、こっちで楽しい人生を送っていきたいって思ってるよ。アサミは戻りたいの?」

「そりゃ戻りたいよ。この世界も楽しいけど、それはまた別の話だと思うし、自分の家に帰ってゆっくりしたって思うよ。サクラはどう?」

「私はよくわからないかも。元の世界で何をしていたのかも正直覚えていないし、こっちの世界でずっと暮らせるならそれでもいいんじゃないかなって思うんだよね。でも、それが本当にいい事なのかはわからないんだよ」

「私もこの世界は好きだし、みんなと一緒に過ごしていきたいって思うよ。でもね、今の知識と経験と力があればすごいこと出来るんじゃないかって思うんだよね」

「ちょっとだけ口を出させてもらうけどいいかな。あんたたちがどう思っているかは分かったんだけど、あんたらが元々暮らしていた世界の事は占えないのよ。私に出来るのは私が知っている世界と関わることのできる世界だけなのさ。つまり、今現在過ごしているこの世界と、あんたらが入っていった扉の中の世界だけなのよ。あんたらがどこからやってきたのかは占ったところで見つけることは出来ないし、戻る方法だって私には分かりっこないのさ。冒険者や転生者の事は過去に何度も占ったことはあるんだけどね、どこからきてどこへ行くのかは誰一人としてわからなかったよ」

「そうなんですね。でも、それでいいって思えてきました。だって、この世界はとても素敵な世界だってことに気づいたんですもの」


 あさみは何かに気付いたらしく、少し嬉しそうにも見えた。その証拠に、最後の会話だけメロディがついてミュージカルのようになっていた。


「ねえ、あさみが気付いたことって何?」

「それはね、私達ってこの世界に来てから結構時間が経っていると思うんだけど、見た目がほとんど変わってないのよ。もしかしたら、老化しないんじゃないかしら?」

「そんなことがあるわけないでしょ。って、確かにそうかもしれない。元の世界にいた時よりも若くなっているし、私は何年もこの世界にいるはずなのに高校生の時の姿のままだよ。前髪は気にしてみてたけど、それ以外は何となく見ていたところもあったから、アサミに言われるまで気付かなかったかも」

「私もさっき気付いたんだよね。水晶に映っている自分の姿がずっと高校生の時の姿のままだなってね。サクラも高校の時そんな感じだったの?」

「私は、あんまり覚えてないかも。元の世界で何をしていたのかも思い出せないし、そもそも元の世界が何なのかはっきり思い出せないのよね」

「私もはっきりと覚えてるわけじゃないんだし、そのうちゆっくり思い出したらいいよ。時間はまだまだたくさんあると思うし、誰も焦ったりしないからさ」


 私はアサミとアイカよりも過去の記憶が無さ過ぎるような気がする。もちろん、ミサキもマサキも元の世界の事は覚えていると思うし、もともと付き合っている二人だってのは知っている。ルシファーとミカエルに至っては過去とか未来とか関係なく何でも覚えているんだと思う。鉄の人はそもそも別の世界の住人ではないのだろう。

 私はいったい何者なのか自分でもわからないでいた。

 でも、そんな自分でもみんなの役に立っていると思えるならいい事だろう。

 わからない過去は振り返らず、無理に思い出そうともしないで、明るい未来を夢見て真っすぐに進んでいければいいな。


「あ、ちょっとだけ占ってしまったんだけど、あなたたちにとって良くない結果が出てしまったかもしれないね」

「今は回避出来ない占いじゃないんですよね?」

「ああ、お酒も入っているし、話半分で聞いてもらっても構わないよ。いいや、この占いは外れる可能性の方が高いと思うよ」

「外れる可能性の方が高いって、そんなんで大丈夫なんですか?」

「ああ、この手の占いは当たらない方がみんな幸せになるからね」

「へえ、どんな未来が見えたんですか?」


「あんたらの仲間であるルシファーが勇者の手によってその命を落とす。って出たんだよ」


「あはは、それは外れますよ。あのルシファーを殺せる人なんかいませんって。大体、勇者って何ですか。ルシファーが堕天使だからって勇者に倒されるなんて普通過ぎますよ。それに、ルシファーがどうして殺されなきゃいけないんですか?」

「そこまでの経緯は何となくでしかわからないんだが、あんたらの他の仲間とうちのマヤさんが一緒に行動してたところに、ルシファーが呼び出されたみたいなんだよね。で、その世界にいる勇者たちが堕天使であるルシファーを討伐して世界を平和に導こうとしているみたいだよ。どうしてそうなったかまではわかりはしないけれどね」

「一ついいですか?」


 何かが気になったようで、普段は大人しいアイカが占い師に疑問を投げかけていた。


「勇者たちって何ですか?」

「聞いてわかるとおり、無数の勇者たちさ」

「勇者って一人じゃないんですか?」

「一人なわけがないさ、勇気を振り絞って巨大な敵と戦う者が勇者と呼ぶにふさわしいんじゃないかな」

「私の知っている勇者像って、選ばれた一人の若者が仲間と共に強敵に立ち向かうってイメージなんですけど」

「そういう物語もあるにはあるだろうけれど、強敵と戦うならみんなで力を合わせた方がいいんじゃないかな。攻撃精度も上がるだろうし、一人当たりの被害も少なく済むんじゃないかな」

「でもでも、そんなに簡単にルシファーが死ぬとは思えないんですけど」

「あんたらがルシファーの強さを信じているのはわかるけれど、どんなに強くたって休む間もなく絶え間なく攻められ続ければ根を上げることだってあるさ。つまりは、そういうことなんだよ。もっとも、この結果は最悪な事態であって、避けられないわけではないんだけどね」

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