第43話 再会
「あんたは見ない顔だけど、この辺で何をしているのかな?」
僕はいきなり話しかけられて戸惑っていたのだけれど、僕の着ている服を見た時に男の様子は一変した。
「もしかして、神官の方ですか?」
「一応神官ですが、それがどうかしましたか?」
「いやいや、何をおっしゃいますやら。私どもの集落をお助けにいらしたのではないですか?」
「お助け、といいますと?」
「あそこに見える屋敷がちょっと問題を抱えておりまして。普段は何事も無いのですが、時々あの屋敷から魔女の声が聞こえてくるんですよ。声が聞こえるだけで実害はないのですが、いつの日かそれが我々に災いとなって降りかかってくるか心配でして。あの中に入って調べようと思っても、中に入る方法が見当たらないのです。先日いらっしゃった冒険者の方たちにも協力していただいているのですが、いまだに中に入る方法すら見つからない事態でして」
「あの屋敷って魔女が住んでいるんですか?」
「古くからそう言われておりますが、実際に住んでいる魔女を見たものはおりません。ただ、夜になると明かりがついているので誰かが住んでいるのは間違いないんですが、屋敷から出てくる人も入っていく人も見たことが無いのですよ。人が住んでいるとしたら、食糧や水はどうしているのかと子供のころから思っていたのですが、そのことを長老に尋ねても『魔女なんだから』の一言で片づけられてしまいまして。そうそう、立ち話もなんですからこちらへどうぞ、そろそろ冒険者の方たちも戻ってこられると思いますし、よろしければ昼食をとりながらでもお話を聞いていただけないでしょうか?」
「ええ、それは構いませんが、お力になれるかわかりませんよ」
「今まで誰も助けに来てくれなかったのでここ数日の間に立て続けに人が来てくれるだけでもありがたいもんですよ」
僕は男に連れられて集落の中のでもとくに大きめの家へと案内された。家の中は広いだけで家具などはなく生活感も皆無だった。これは人が住んでいる場所ではなく集会所として使われているものなのだろうと思っていた。僕は出されたお茶を飲みながらそう思っていると、誰かが近づいてきているのが分かったのだが、その声は聞き覚えのあるものだった。
その時、案内してくれた男は「食事の準備をしてきますね」と言って外へ出て行った。僕は少しソワソワしながら入ってくる声の主たちを待つことにした。
「どうやったらあの屋敷に入れるんだろうね?」
「オートロックってわけでもなさそうだし、何か仕掛けがあるのかもしれないよね」
「ねえ、あなたは天使なんだからその辺をうまくどうにかできないの?」
「自分は天使っスけどそんなことできないっスよ。そんなことが出来たならなんでもやりたい放題じゃないっスか」
「それもそうね、でも、君は天使なのにあんまり役に立っていないよね。何か出来ることとかあったりするのかな?」
「それを言われると耳が痛いっス。でもでも、自分本来の力を取り戻したらルシフェル様よりも強く……は言い過ぎっスけど、それなりに強くなると思うっスよ」
「それなりって、どれくらいよ?」
「天使の序列で言うと、たぶん一番っス」
「天使がどれくらい強いのかわからないのよ」
にぎやかな集団だなと思っていたけれど、ここに入ってくる前に声と会話の内容で誰か気付くことが出来た。僕は入口に向かって座り直したのだが、三人はここにはいってきたときに僕と目が合うと、みさきは靴も脱がずに僕に駆けよってきた。
「まー君だ、まー君だよ。こっちに来た時にどこにもいなかったから別の世界に行っちゃったのかと思ってたよ。ここにいるならもっと早く来てくれても良かったのに、心配したんだからね」
「ごめんごめん、僕もみさきの事を探していたんだけど、ちょっと色々あって大変だったんだよ。みんなも元気そうでよかったよ」
「あの時、自然と別の方に入って行ってしまったけど、今度からは男女関係なく一緒の方に行こうね。マヤちゃんもこっちの世界の事は何も知らなかったみたいだし、ちょっと不安だったけどまたまー君と一緒になれて嬉しいよ。今日は何して過ごす?」
「みさき達って丘の上の屋敷の事について調べてるんだよね?」
「そうよ。って言っても、私達がこっちに来てから何をしたらいいかもわからなかったし、この集落の人達が困っているみたいだから協力することにしたのよ。調べてる途中でもみさきは君の話題しか出さないんで困っていたけど、本人が来たならそれももう心配いらないよね。君はこっちに来て何してたのかな?」
「ねえ、まー君。屋敷の事なんか今はいいから、もっとこっちに来てよ」
僕はみさきの頭をなでると、そのままぎゅっと抱きしめた。屋敷の少女とは違う柔らかい感触が僕を安心させた。
「ねえ、まー君、ちょっと聞いてもいいかな?」
「どうしたの?」
「まー君から他の女の匂いがするんだけど、これってどういうことか説明してもらえるかな?」
「みさきは凄いな。これからそれを話そうと思ってたんだよ」
「え、そんなことないけど、褒めてくれるなんて嬉しいかも。もっとギューッとしていいんだよ」
僕はみさきを抱きかかえながらポカーンとしている二人に話を続けた。
「個々の人達が調べている屋敷なんだけど、僕は今朝までその中にいたんだよ。昨日僕はあの屋敷の門の外に飛ばされてたみたいなんだけど、調べている間になんだかんだあってあの中に入ることになったんだよね。それで、君たちが調べている魔女かどうかわからないけど、地下牢にとらわれていた少女を助け出してからここに来たってことなんだけど」
「ちょっと待ってほしいっス。昨日なら自分たちもあの屋敷の周りを調べてたっスよ。飛んで中に入ろうとしても見えない壁があって入れなかったし、不思議なことに壁も破壊することが出来なかったっス。まるで、強力な結界で守られているみたいだったっスけど、自分にはそれが結界なのかどうかすらわからなかったっス」
「外に結界があるのかは知らなかったけれど、あの屋敷の中の部屋はほとんどロックされていて入ることが出来なかったんだよね。出入りできたのは食堂とその前の暖炉の部屋と三階のテラスだね。あと、僕が見つけた階段脇の地下室かな」
「ねえ、テラスってそんなのあったかしら?」
「玄関前の門から見えるでしょ?」
「いや、そんなものはなかったと思うわよ。天使は見たことある?」
「自分も見たことないっス。マサキは何かと勘違いしてるんじゃないっスかね?」
「そんなことは無いと思うんだけど、みさきもテラスを見てないのかな?」
「ごめんね。あたしもそのテラスは見たことないかな」
「そうなのか、もしかしたら屋敷の裏側だったのかもしれないな。でもさ、そこで満月を見たんだよ。その満月で」
「ちょっと良いかな。満月って昨晩のことだったりする?」
「うん、昨日の綺麗な月をみさきと一緒に見たかったな」
「まー君、昨日は満月じゃなかったと思うよ。三日月だったんじゃないかな?」
「昨日は満月じゃなかったのは確かだよ」
「そうっス、昨日は三日月だったっス。自分は月を毎晩見ているから満月じゃないことは確かっス」
「いや、確かに月の光を浴びて少女が絵から抜け出してきたんだけど」
「ねえ、その話はまたあとでしましょう。私達が聞いている話と君が体験してきたことに齟齬があるんだけど、ここの集落の人達がいないときにゆっくり話しましょう」
「そうっスね。自分も月の話は気になるけど、マサキの体験してきたことはここの住人にはまだ言わない方がいいと思うっスよ」
「どうしてさ?」
「私たちが聞いている話だと、あの屋敷に住んでいる魔女は人間を襲って命の糧にしているって話なのよ。悪い魔女があの屋敷に住んでいて、近付いたものを襲っているとか何とか言っていたわね。でも、君はあの屋敷に招かれて出てきたってことでしょ?」
「うん、そうなるけど。それがどうかしたのかな?」
「私たちは君の事を知っているし、魔女の仲間ではないと言えるんだけど、そんなことを知らない住人の人達が聞いたら、君の事を魔女の仲間だと思うんじゃないかしらね?」
「確かに、そうかもしれないっスね。もう少し調べるまでマサキが屋敷にいたことは黙っていることにするっスよ」
「ねえ、マヤちゃんってまー君と知り合ったのってあの時が初めてだよね?」
「え、そうだけど、それがどうかしたのかな?」
「出会って間もないのにまー君の事をそんなに信じているのって何か深いつながりでもあるのかな?」
「そんなことは無いけど、ちょっと、みさき、近いよ」
「確かに、まー君は魅力的だと思うけどさ。もしかして、マヤちゃんってまー君の事を狙ってたりしないよね?」
「ないない、絶対にないよ。君たち二人の仲を裂こうだなんて一度も思ったことがないよ。マサキ君とちゃんと会話した事はそんなにないけど、二人は本当にお似合いだと思うからさ」
「本当にそう思っているの?」
「本当に思っているよ。心から思っているよ。二人は本当にお似合いだって」
「そうね。よく言われるわ」
マヤはみさきにおされて少し涙目になっていたけれど、ミカエルが事前にみさきの事をちゃんと伝えていたらしくて大事には至らなかった。
その少し後に食事が運ばれてきたのだけれど、僕たちが知り合いだと知った住人たちは僕たちの再会に対して積もる話もあるだろうからと席を外してくれた。夜になったら住人と一緒に話し合いをすることになったのだけれど、みさき達の話を聞いて色々と判断しなければいけないと思った。
この集落の住人が言っていることと僕が体験してきたことの違いがどんなものなのか確認する必要があると思って、僕は昨晩から今朝にかけて体験してきたことを包み隠さず話してみた。途中でみさきは怒りかけていたように見えたけれど、言葉の端々に「みさきに会えなくて寂しい」と付け加えることで最悪の事態は回避することが出来た。もちろんそれは本心であって嘘偽りのない事なのだが。
「僕が体験した話は以上になるんだけど、次は皆の聞いている話を聞かせてもらってもいいかな?」
「大体はわかったっス。じゃあ、自分が説明するっス」
「ちょっと待って、まー君にはあたしから説明するの。あんたは黙ってなさい」
みさきの圧に負けたミカエルが大人しくなっているのだけれど、マヤがミカエルをなんだかんだ言いながらも慰めていた。
みさき達から聞いている話は僕から言わせると不思議な話ばかりだった。それに、ここで過ごしている時間も僕とは違っていたのだった。
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