二人の巫女編

第33話 興奮する女

 扉を開けて中に入ると、私たちはどこかの路地裏に出ていた。周囲の建物は二階建てが多く、路地から出てみても三階建て以上の建物は見えなかった。周囲の人もよそ者であるはずの私たちに興味を示していないようなので、この街はよそ者にとって寛容な街なのだろうということは理解できた。

 私は三人とはぐれないように固まって歩いていたのだけれど、そんな私の手を引いていく知らないおばちゃんがいた。


「こんなところで何してるのよ。いいからこっちに来なさい」


 おばちゃんは私の手を引きながら人混みをかき分けていくのだけれど、私はそれに抵抗することも出来ずに人混みの中心に連れてこられた。


「もう、フラフラして駄目じゃない。こっちの都合も少しは考えてもらわないと困るもんだよ。今日は何したいっていいだすの?」

「ごめんなさい。誰かと勘違いしてませんか?」

「何言っているのよ。あなたは運命の巫女でしょ?」

「私は運命の巫女ではないです。やっぱり誰かと勘違いしてるんじゃないですか?」

「そんなわけないじゃない。人違いっていうならなんで巫女装束を身に纏っているのよ」


 私の話をちゃんと聞いて私の顔を見てくれれば人違いだってわかってもらえると思うんだけど、おばちゃんはマジマジと私の顔を見ているのに気付かないらしい。どうしたものかと思っていると、おばちゃんに別のおばちゃんが話しかけているようだった。


「ミチコさん、あの人は昨日の巫女さんじゃないと思うんだけど、髪の長さも色も違うんじゃないかね」

「そうかしら、でも、こんな街に巫女さんが二人もいるわけないじゃない」

「でもね、この巫女さんは昨日の巫女さんとは別の人よ。それに、お付きの人も別人になっているわよ」

「お付きの人って、あの獣人の人達でしょ?」

「この巫女さんのお付きの人は獣人じゃないでしょ」


 私をここに連れてきたおばちゃんはルシファーたちの姿を見ると、少しだけ困惑している様子だった。しかし、自分の間違いを認められないタイプの人だったらしく、なおもおばちゃんに食って掛かっていた。


「そうは言いますけどね、獣人なんて変身できる種族もいるんですし、私はこの巫女さんで間違いないと思うんですよ」

「そうは言ってもね。別人の巫女さんだったら新しく契約を結ばないといけなくなるよ。その予算はどうするんだい?」

「そんなの知らないわよ。巫女なんだから無償でやるのが道理でしょ。神に仕える巫女なんだから、神の信徒である私たちを助ける義務があるのよ」

「そんな自分勝手な話が通用すると本気で思っているのかい?」

「当然でしょ。私たちが今まで色々と面倒を見てきたっていうのに、いざというときに雲隠れしちゃうなんて許されるわけがないじゃないのさ」

「だからって、この人は私たちに関係ないと思うんだけど、巫女でも違う人でしょ」

「もう、分かったわよ。昨日までの巫女とは違う人なんでしょうよ。でもね、あんたも巫女なら責任取ってこの街を守りなさいよ」


 なんだか事情が呑み込めないままおばちゃん二人が言い合っていたのだけれど、私を引っ張って興奮していた方のおばちゃんが私に強く言ってきた。この街を守れと言われても、何からどう守ればいいのかわからなかった。


「すいません。お二人の言っていることが全く理解できないのですが、詳しくお聞かせいただけますか?」


 興奮していたおばちゃんは相変わらず何を言っているのかわからなかったけれど、もう一人の冷静なおばちゃんが私たちに事のあらましを説明してくれた。


 この街には昨日まで神宮から派遣されていた巫女がいたらしい。昨日の夜までは宿泊施設にいたようなのだが、今朝になって挨拶に行くとお付きの人も含め誰もいなくなっていたそうだ。巫女がこの街に滞在していたのはちょうど一週間で、近くの山に住みだした魔物を征伐するために色々と調査をしていたとのことだ。

 このことはすぐに神宮に相談したそうなのだが、「調査をしているのでしょう」という返事が来たのみで進展はなかったそうだ。この街を守っている自警団のリーダーの妻であるおばちゃんがその巫女を探しているときに私を見つけて、ろくに確認もせずに私を広場の中心まで連れてきたそうだ。

 私たちはこの世界の住人ではないことを説明したのだけれど、そもそもそのような人がいるとは理解できていないし、自分たちの世界以外にも世界があることをわかろうとはしていなかった。私たちが所属しているのは神宮ではなく統一法王庁だと説明しても、統一法王庁がこの世界には無いらしくうまく伝えることが出来なかった。


「要するにだ。山にいる魔物を退治すればいいってことだろ?」

「ああそうさ。それが出来るなら神宮だろうが統一法王庁だろうが関係ないね。あんたたちも神に仕えし巫女ならこの街を救っておくれよ。お礼なんて出来ないけれど、頼むよ」

「一つだけ確認したいんだが、そのいなくなった巫女ってのはどんな髪の色だったんだ?」

「申し訳ないが、私は色の区別がつかないんだよ。明るいか暗いかくらいしか見分けられないもんでね。落ち着いてよく見ると、昨日までの巫女さんとは顔も違うように見えるし、詳しいことはこっちのチカコさんが説明してくれるので、よろしくお願いします」


 おばちゃんはさっきまでの威勢はどこへ行ったのかと思うくらい大人しくなっていた。目の前に腕を組んで見下ろしているルシファーがいるのなら仕方ないかとも思ったけれど、話が通じるようになったのはいいことだと思う。


「そうですね。私たちが頼っている巫女さんは濃い赤毛でしたね。こちらの巫女さんと身長は同じようでしたが、胸の大きさは全然違ったと思います。あと、特徴としましては、三人の獣人を連れていることでしょうね。一人はオオカミ、一人はフクロウ、一人はトラだったと思いますよ」

「そうですか。では、俺が少し山の様子を見てきますので、この三人に何か食べ物と飲み物をいただけますか?」

「ええ、それくらいでしたら。簡単なものしか作れませんがよろしいですか?」

「はい、出来れば名物とかだと嬉しいです」


 アイカがそう答えると、おばちゃんは嬉しそうな表情になってどこかへと私たちを連れて行った。ついた先はどこかの家の中なのだが、自由に出入りしていたところを見ると、このおばちゃんの家なのだろう。


「ねえ、なんで名物とか言ったの?」

「だって、この世界の情報を手に入れるいい機会じゃないですか。それに、この世界で何をすればいいかわからないですもん」

「言ってることはわかる気がするけど、理解できないかも」

「いいからいいから、あさみも名物一緒に楽しみましょ」


 私たちは椅子に腰を下ろして談笑していたのだけれど、遅れてやってきたさっきのおばちゃんから改めて謝罪されたのだった。私たちは間違いは誰にでもあるから気にしていないというと、おばちゃんはその目に涙を浮かべながら再び謝罪をしてきた。

 なんでも、昔から興奮すると一点しか見ることが出来なくなってしまい、そのことが原因で失敗も繰り返してきていたそうだ。それでも、最近はうまく抑えていたそうなのだが、一週間世話していた巫女が急にいなくなったので一気にその不満が爆発してしまったそうだ。何がそんなに不満をためる原因になったのだろうと話を聞いてみると、巫女と獣人はわがまま三昧で街の住人をこき使い、それなりに高い報酬を払っていたのにもかかわらず、約束の期限目前に逃走したのだということだった。その話を聞いて、同じ立場だったら私も怒ってしまうと思ったのだが、私以上にあさみがその事について怒っていた。


「なんなんですか。その人たちは。ルシファーさんが戻ってきたらその人たちを探して謝らせましょう。それだけじゃ納得できないと思いますので、神宮ってとこにも抗議に行きましょうね」

「そうやって私たちの気持ちを理解してくれるのはありがたいんだけど、この世界じゃ神宮に歯向かうと生きていけないんだよ。あんたたちはよそから来たみたいだけど、それだけは理解してもらえると助かるね」


 あさみの怒りはおさまらないみたいだったが、そのタイミングで運ばれてきた名物料理を見ると少しだけ気持ちが和らいだようだった。

 今まで漫画でしか見たことがないような骨付き肉が出てきたのだけれど、どうやって食べるのが正解なのか迷っていると、むき出しの骨を持って豪快に食べなさいと教えてくれた。


 外はしっかりと焼けてパリパリなのだが、中の肉はしっとりとしてジューシーだった。これだけ大きい肉なのに中心までしっかりと火が通っているのは驚いたけれど、一番驚いたのは、自分たちの顔より大きく見えた肉塊を一人で一つ食べきることが出来たということだった。


「これは何の肉なんですか?」

「これはね、この街の名物である牛のもも肉だよ」

「私の知っている牛よりもさっぱりしているのに味もしっかりしていて美味しかったです。火加減もすごく良くてこんな短時間に調理するなんて、下準備とか大変だったんじゃないですか?」

「これくらいだったら五分もあればできますよ。私は資格を持っていますからね」

「資格って、調理師の資格とかですか?」

「そうなんですよ。魔法調理師の資格を持っているんです。学生の時に取った資格なんですけど、私の数少ない自慢の一つですよ」


 魔法調理師とは聞きなれない資格だったが、簡単に言うと魔法を使って調理をすることが出来る資格らしい。この世界は魔法を使うにもすべて登録しておかなければいけないらしく、家事や遊興活動で魔法を使う場合にも資格か事前申請が必要になってくるそうだ。過去にあった魔法大戦がそうなった理由の一つらしい。



 私たちは空腹も満たされて満足していると、鎧を着たおじさんに案内されてルシファーが戻ってきた。ルシファーは私たちが食べ終わった骨を見ていたのだけれど、特に反応は見せなかった。この人は食事に興味がない人だと改めて思い出された。


「ミチコ、聞いてくれ。このルシファーさんなんだがな、偵察に行ってくると言って戻ってきたら、山の魔物を退治してくれたんだよ。それだけじゃないんだ」

「ちょっとあなた、あの魔物を退治してくれたっていうの?」

「そうだよ。落ち着いて聞いてくれ、魔物の巣まで案内したら魔物が飛び出して来たんだ」

「こんな昼間に魔物が出てくるわけないじゃない、本当に魔物だったの?」

「頼むから最後まで話を聞いてくれ。ルシファーさんにいきなり魔物が襲い掛かってきたんだ」

「あの魔物に襲われたのに無傷なんておかしいじゃない。本当は魔物じゃないんでしょ?」

「なあミチコ、最後まで黙って聞いてくれないか。間違いなくあの魔物だよ。それを、ルシファーさんは素手で倒したんだ」

「素手であの魔物を倒せるわけないじゃない。きっと見間違いよ」

「誰か、ミチコの口をふさいでくれないか。問題はそのあとだ、魔物を倒して巣の中を覗き込むと、奥にはあの魔物よりも大きな魔物が二体いたんだ」

「大きいってどれくらいよ?」

「俺たちの家よりも大きくて強そうだったぞ」

「ちょっと、そんなのを野放しにしておけないじゃない。一体駆除にいくら払えばいいのよ」

「そうだ、報酬の話をしていなかったですね。倒した後に決めるのもおかしな話ですが、どれくらいを望みますかね?」

「あなた、倒した後ってどういうことよ?」

「聞いて驚け、このルシファーさんはな。素手でその二体も倒しちゃったんだ。それも、無傷のまま」

「もう、そんなウソは通用しないわよ。そんな人間存在するわけないじゃない」

「俺もそう思って聞いてみたんだけどな。ルシファーさんは人間じゃないらしいんだ」

「人間じゃないってどういうことよ?」

「本当かわからないけれど、もともと天使で堕天使になって、色々あったのち、今は世界の創造神の一人らしいぞ」

「言っている意味が分からないわ」

「それとな、もう一つ驚くことがあるんだけど、落ち着いて聞いてくれ」

「私はいつでも冷静よ。話してちょうだい」

「お前が朝から探していた巫女さんたちを見つけたよ」

「もう、見つけたなら早く言いなさいよ。今から文句言いに行くから、場所を教えなさい」

「まあまあ、巫女さんたちなんだがな。あの魔物の近くで死んでいたんだよ。どうやら、調査に行ったときに魔物に遭遇して返り討ちにあったようだぞ」

「あら、死んじゃったなら文句も言えないじゃない。それに、ちゃんと調査をしていたのだったら悪く言ったことも謝らないとね。今はどこに安置しているの?」

「巫女さんたちなら中央広場に魔物の死体を運んでいるところだよ。死体を運ぶには人手が足りなかったから手伝ってもらっているのさ」

「巫女さんを運んでるのじゃなく、巫女さんが運んでいるの?」

「そうだよ」

「巫女さん達って死んだんじゃないの?」

「ああ、死んでいたよ」

「死んでいるのにどうやって死体を運ぶのよ?」

「それは、このルシファーさんが巫女さんたちを生き返らせたからだよ」

「意味が分からないわ」


 私たちは二人の会話を聞いていたのだけれど、水を一杯飲み終えたルシファーは私達に色々と世界の違いを教えてくれた。


 この世界では死んでしまっても生き返らせてくれる神はいないらしい。それによって、魔物も普通に人を襲ってくるようだ。魔物狩りは天空騎士団と呼ばれる組織か神宮と呼ばれる魔法を使う組織に依頼することが多いらしい。それ以外にも傭兵と呼ばれるものもいるようなのだが、傭兵の場合は討伐保証がないらしくよほどの緊急事態でもない限り依頼をすることはないそうだ。

 それ以外には魔法を使うのに資格がいるらしいとのことだったけれど、私がおばちゃんたちから聞いていた話とそれほど変わらなかった。


 興奮しているおばちゃんを落ち着かせるためにも、みんなで広場に行くことになったのだけれど、私が連れていかれた時以上に人だかりができていた。

 人垣の外からでも見える物体があったのだけれど、それが話していた魔物だろうとは簡単に想像が出来た。

 鎧のおじさんが前にいる人たちに声をかけていると、その人たちがさっとよけて道を作ってくれた。おじさんもおばさんもこの街ではそれなりの地位にいる人らしく、その道を通っている間中拍手されて歓迎されているようだった。


 近くで見ると想像以上に大きな魔物で、私はこの魔物が動き出しても生き残る自信はなかった。

 魔物の前でおじさんがルシファーの功績を説明すると、観衆からは一斉に拍手と歓声が上がっていたのだが、その慣習の中に私と似たような巫女装束を着ている人が目に留まった。あの人が運命の巫女なのかなと思っていると、目が合ったその人は私に会釈をしてくれた。


 正直に言って、見た目はそんなに似ていないんじゃないかなと思っていたけれど、周りにいる人たちを見て全然似ていないじゃないかと思ったのは、あさみもアイカも同じ気持ちだろう。

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