運命の扉編
第31話 占いの館へようこそ
少し早めの夕飯を終えて各自自由な時間を楽しんでいたのだけれど、私はあさみに頼まれて絵を描くことになってしまった。絵を描くこと自体は好きなので良いのだけれど、最近はモチーフを見つけることもなかなか無いので身近な人達がモデルになってしまう事が多い。異世界に来ているはずなのに刺激も少なかったし、私は仲間たち意外と話すこともほとんどなかったので仕方ない事ではあった。ただ、元の世界にいた時はずっと引き籠っていたのだから人見知りなのは勘弁してもらいたい。
頼まれた絵を描いていると、どこからともなくやって来たアイカが私の絵にストーリーと付け出していた。そのストーリーはどこかで聞いたことがあるようにも思えたけれど、代わり映えのしない日常を過ごしている私達にとっては、そのような事もちょっとした刺激になっているようだった。
原案はあさみが原作はアイカが作画は私がといった共同作業になりつつあったのだけれど、あまり時間を割くのも良くないように思えたので今回は四ページでおさまる程度の漫画にする事にした。もちろん、そんなページ数で素人が話をまとめる事なんて出来るわけがなかったので、中途半端なところで終わってしまったのだけれど、完成した時の充実感は凄かった。完成したと言っても下書き段階で終わっているのだが、画材が鉛筆と画用紙だけなので許していただきたい。時刻はおそらく深夜の早朝寄りになっていたと思われる。
翌朝、眠い目をこすりながら食堂へと出向くと、そこにはミカエルだけがいた。
「おはようございます。今日は皆さん遅いっスね。ルシフェル様は起きていると思うんっスけど、他の人達はまだ寝てるんっスかね?」
「おはよう。うーん、どうだろうね。私も出来る事なら寝ていたかったけれど、今日はどこかに行くみたいだからそうも言ってられないんだよね」
「そうっスよね。どこに行くかは聞いてないんっスけど、サクラさんは聞いてるっスか?」
「私も聞いてないんだよね。正樹が良いところを見つけたって言ってたんだけど、みさきに聞いても知らないって言ってたから、ちょっと怪しい気がしてるんだ」
「あの人はみさきに隠し事しなそうなのに、今回は教えてないって意外っスね」
朝食をとりながらそんな話をしていると、ぞろぞろとみんなが集まりだしていた。なぜかルシファーと正樹は来ていなかったのだ。女性だけが集まると噂やカップリングの話になるのだけれど、みさきは正樹の彼女であるのに正樹とルシファーのカップリングについて私達が本気で引くくらい熱弁していたのが少し面白かった。
「あれ、みんなもう集まってたんだ。今日は皆と行ってみたいところがあるんだよね。そこはこの世界でちょっと退屈している僕達にとって楽しめるところだと思うよ。特に、女性は好きな場所だと思うんだよね」
「ねえ、それってどこなの?」
「それは行ってからのお楽しみさ。僕もご飯食べて出かける準備をしなくちゃね」
ご飯を食べ終えて支度をしているのだけれど、私は本当に自分が女性なのかと思うくらい荷物が少なかった。旅をするのだから荷物が少なくても問題は無いと思うのだけれど、みさきやあさみに比べると、私は男子程度の荷物しかないように思えていた。もしかしたら正樹よりも荷物は少ないのかもしれない。アイカも私と同じくらい少ないのだけれど、私よりはしっかりと身だしなみを整えているので女子力という面では負けているかもしれない。ただ、私は純潔の巫女なので内面からにじみ出ている女性オーラは負けていないはずだ。
私達はバスの形に変形している鉄の男に乗り込むと、あらかじめ捕まえて置いたバスに繋いで移動することになった。目的地を知っているのは正樹なので正樹が操縦をする事になったのだけれど、繋がれている天使を見ながらミカエルは寂しそうな表情で俯いていた。
「今は関係ないとはいえ、自分の仲間である天使が馬車馬みたいな扱いを受けているのは悲しいっスね。一歩間違えていれば自分もあっち側だったかもしれないって思うのは恐ろしいっス。今日はこちら側でも明日はわからないっスからね」
「そんなことはないと思うよ。天使君は野良天使と違ってあたしたちの友達だしね。今はこの鉄の中で快適に過ごしていていいと思うよ。まー君がどこに連れて行ってくれるかわからないけど、着くまで楽しみに待ってようね」
正樹が私達をどこに連れて行こうとしているのかは、何となく見当がついていた。それもそのはず、昨日二人で法王庁を訪れた時に職員からこんな事を言われたのだ。
「ここから南方向に見える山の麓に大きな湖があるんですけど、そこに行ったことありますか?」
「私達はこの辺に来るのが初めてなので無いですけど、何かあるんですか?」
「行ったことが無いなら是非にでも訪ねてもらいたいですね。あそこには有名な占い師の方がいるんですよ。占いだけじゃなくて、刺激を求めているあなた方にぴったりな場所だと思いますから」
「それって、僕の彼女を連れて行ったら喜びますかね?」
「正樹様の彼女さんも楽しめると思いますよ」
「ねえ、他にやる事も無いみたいだし、サクラさんが良かったらみんなで明日ソコへ行ってみない?」
「私はいいと思うけど、他のみんなはどう思うかな?」
「他のみんなには内緒にして、当日着いてからのサプライズにしようよ」
こうしてサプライズ作戦が開始されたのだけれど、占い師の館に向かう途中にいくつもの看板が設置されていたので、このサプライズ作戦は早々に失敗してしまった。ただ、私を除く女性陣は占いという文字に心を惹かれたようで、何を占ってもらうか迷っているようだった。
「私は素敵な旦那様とどこで出会えるか占ってもらおうかな」
「私は旦那様もいいけど、私の知らない本に出会える場所を占ってもらいたいかも」
「あたしは、まー君との将来かな。お姉様も運命の相手を占ってもらうんですか?」
「いや、私はそう言うのはいいかな。みんなが無事に過ごせる方法とかが知りたいかも」
「サクラって本当に自分に対して欲が無さ過ぎると思うよ。もう少し自分の事を考えてもいいと思うよ」
「うん、次からはそうしてみようかな」
私はそこまで占いを信じていないのだけれど、この世界の占いがどれほど当たるのか興味があった。私がいた元の世界では占いなんて天気予報よりも信じていなかったけれど、神やら天使やらがいるこの世界の占いは物凄く当たるのではないかと期待してしまっていた。
そうこうしていると目的地に着いたようで、私達はバスを降りて占いの館へと歩いて行った。綺麗に整備された道は門からまっすぐに建物へと続いているのだが、不思議な事に外には誰もいなかった。というよりも、建物の中に入っても誰もいなかったのだ。
「ねえ、占いの館ってもっと人で溢れているイメージだったんだけど、ここって誰もいなくない?」
「あたしは占ってもらった事無いんでわからないけど、これが普通なのかな?」
「私は占ってもらったことあったけど、もう少し待ってる人とかいたと思うよ」
「どうする、なんか変な感じだしこのまま戻っちゃう?」
「せっかく来たんだし、占ってもらうだけでも行ってみようよ」
私達はその後は黙って道なりに進んでいたのだけれど、目的地がわからなかったにもかかわらず、一枚の扉の前に立っていた。他にもたくさん扉はあったのだけれど、気付いた時にはこの扉の前にみんなで立ち止まっていた。
「そんなところで固まってないで、中に入ってきていいわよ」
部屋の中から私達を呼ぶ声が聞こえてきたのだけれど、私達は全員で顔を見合わせて入っていいのか躊躇し閉まっていた。ルシファーとミカエルも躊躇しているように見えたのが少しおかしかった。
「ねえ、入っていいって言っているんだけら入ってきてよね。私も待ちくたびれてるんだから、そんなところで立ってないで入ってきてよ」
その言葉を聞いてしまうと、このまま引き下がってはいけないように思って、正樹とルシファーを先頭にして私達は部屋の中へと入って行った。
部屋の中は占い師の部屋というよりは書斎と呼ぶことの方が相応しいと思えるくらいの書籍が並んでいた。その事に一番先に反応したのは本が好きなアイカではなくみさきだった。
「なんか、あたしが思っていた占いの部屋って感じとは違ったかも。大丈夫かな?」
「大丈夫だと思いますよ。占いは学問の一つと言われていますし、これほどの本に囲まれているなんて羨ましい限りです。私もしばらくここに滞在して本を読んでいたいですね」
部屋の奥にいる女性の前にある机の上は、この女性が占い師だと言われても納得出来るような物は何もなかった。水晶もカードもトランプもそれに近いようなものは一つもなかった。あるのは一冊のノートだけだった。
「みんなよく来たね。私の予想だと数年先になるかと思ってたんだよ。どうしてこんなに早くなったのかはわからないけど、君達は現状の自分に満足していないみたいだし、それを変えたいと思ってここに来たんだろ?」
「えっと、そうですね。今の退屈な日常を変えてみたいなとは思いましたけど、どうしたらいいと思いますか?」
「そうだね。それは簡単な事じゃないと思うよ。それを行うにも色々と準備はいると思うし、簡単にこなせたら試練の意味も無いからね」
「占い師てもらうのに試練とかあるんですね。ちょっと燃えてきました」
なぜか試練という言葉にあさみが反応していたのだけれど、私としては試練など無く、さっと終わってくれるのを期待してしまっていた。
しかし、話はそう上手くいかないのであった。
「私はここを離れることが出来ないんでちょっとばかし頼まれごとをしてもらいたいんだがいいかな?」
「それってどんな事ですか?」
「そう難しい事じゃないんだけどね。この建物には他にも部屋がたくさんあったと思うんだけど、その部屋の鍵を開けて入って中の様子を探ってきてもらいたいんだよね。私はその中に入ったことが無いのだけれど、部屋の中がどうなっているのかが長年の疑問だったからね」
「へえ、お姉さんは若く見えるのにそんなに長く住んでいるんですか?」
「ああ、この建物が出来て四百と数十年、私はここを管理しているからね」
「そんなに長い歴史があったんですか。天使と堕天使の戦いとかでも壊れなかったんですね」
「この建物のある空間は他の時空とは異なっていて、ある意味では独立している存在なのだよ。扉の向こうも別の世界に繋がっているって話だよ」
「あの、あたしちょっと気になったんですけど、他の家族の人ってどこに居るんですか?」
「私には他に家族はいないよ」
「じゃあ、どこか離れた場所で暮らしているんですか?」
「私はずっとここにいるんだよ」
「お姉さんってあたし達より少し年上に見えますけど、いくつなんですか?」
「私かい。私の年は途中で数えるのをやめたけれど、四百数十歳かな」
「へえ、年齢の割には若く見えますね。って、一人で四百年以上もここに住んでるなんて凄いです。あたしなら耐えられないと思いますよ」
「それは嬉しいね。人に会うのも久々だけど、褒められるのはもっと久しぶりな気がしているよ」
「とりあえず、扉の鍵を探すたびに出ればいいってことですかね?」
「言い忘れていたんだけど、鍵というのは物理的なモノではなくて、あんたたちの力に制限をかけさせてもらうという事さ。制限の内容は部屋によって異なるとは思うんだけど、その制限が強ければ強いほど中にあるものは豪華になると言われているね。どうする、これに参加しなくても問題は無いと思うんだけどね」
「その制限ってのは、どのタイミングで解除されるのですか?」
「制限は扉をくぐった時から始まっているんだけど、扉をくぐって外に出たら元に戻ると思うよ」
「それなら俺の力を制限していいんで行ってみようぜ」
私達はこの部屋を出て、違う世界の扉を開こうと思っていたのだけれど、アイカはなぜか躊躇しているようだった。
「すいません。扉の向こうの世界も気になるんですけど、この部屋にある多くの書籍も気になってしまうんですよね。ちょっとだけ読んでいくのはどうですか?」
「そう言われてもね、私は扉の向こうがどうなっているのか気になっているんだよ」
「ああ、私もそれが気になっているんですよ。どうしたらいいんでしょうね?」
「それは自分で決めるしかないさ。それにしても、結構遅い時間になりつつあるし、今日はどこかに泊まって明日にしようか」
私達は交渉の結果、敷地内に泊めてもらう事になった。アイカは占い師の部屋で書籍を片っ端から読む事にしたらしいのだけれど、私達は鉄の男を家の形に変化させて一泊する事にした。
明日からの冒険は楽しいものになるといいな。そう思っているのは私だけではないだろう。
私達の運命が大きく変化するのは次の日になってからだった。
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