天使討伐編

第12話 統一法王庁へようこそ

「神官の正樹様と巫女のサクラ様とそのお連れの皆様でお間違いございませんか?」


 統一法王庁の入り口で声をかけてきた男がいたのだけれど、この人はここの職員なのだろうか?


「私はここで受付と簡単な案内をさせていただいているプリンと申します。短い時間にはなると思いますがよろしくお願いいたします。それしましても、さすがは神官と巫女のパーティーでいらっしゃいますね。早くも天使を捕まえて来られるとは、恐れ入りました。我々も天使を探してはいるのですが、最近ではめっきり天使の数も減っているようでして、狩りに出かける者もほとんどいなくなったと聞いているのですが、幼い天使とは言え生け捕りにしてくるなんて正に神業。どうやって捕まえたのかも気になりますが、皆様はここに来るのが初めてだと思いますので、先にそちらからご説明させていただきます。今から向かう場所が統一法王庁になるのですが、セキュリティーの関係上中に入れるのは神官の正樹様と巫女のサクラ様のお二方とさせていただきますので、お連れ様は待機所でお待ちいただくようお願い申し上げます。ちなみに、待機所と言いましても小さい町くらいの機能はございますのでそれなりに時間は潰せると思いますよ。それと、転生者の冒険者の方々が良くなさっている勘違いがあるのですが、この統一法王庁とはいったいどういう組織だと思いますか?」

「世界中の法王庁の中心とか?」

「ま、場所的には中心なんですが、機能的には中心というよりも中継地点つまりハブ基地のような物でございます。世界の法王庁を統一しているのではなく、様々な神や宗教などを統一しているという意味合いの方が相応しいかもしれませんね。この統一法王庁には12人の司祭がいるのですが、それぞれ信仰している神が異なっているのですよ。誰が偉いとかそう言った取り決めは無いのですが、唯一の決まりごとがございまして、それは、『他の神を否定しない』という事でございます。このことからもお分かりだと思いますが、そこに居る天使が言うような“唯一神”という概念はここでは通用しません。そもそも、我々は日常的に多くの神に触れることが出来ていますし、天使の言う神が我々に危害を加えるというのもおかしな話だと思いますよね。我々の知っている神は、死んだ人を生き返らせることはあっても、生きている人を殺すことはないのですから」

「確かに、この世界では神を自称する者がたくさんいて人間たちに協力的だという事は知っているっス。でも、この世界を創ったのは間違いなく我が主であるっス」

「申し訳ないが、天使の君と話すことなどないのだけれど、一つだけ訂正させていただこう。この世界を創ったのは君の信じる神だと仮定したとしても、この世界にいる無数の神々は様々な奇跡を起こしているのだが、“唯一神”ではないので神ではないというのでしょうか?」

「神ではなく、我々天使とか悪魔に近い存在じゃないっスかね」

「ほう、なかなか独特な解釈をされるようですね。ただ、この世界では悪魔でさえもめったに人を襲う事はありません。襲う相手は自らの名声を高めたい冒険者であるか、神の信徒となった悪魔でしょう。もっとも、神の信徒になった悪魔は人間を襲う事は無いのですけどね。この世界で人を襲う数が多いのは種族は違うかもしれませんが同じ人だったりするのです。その次に多いのがあなた方天使なのですよ。人口比率で見てみますと、人間種が圧倒的に多いので悲しい事件が起こる事もあるのでしょうが、天使に至ってはこの世界に滞在している時間と数の割には突出して多いと言えるのです。それはなぜか、あなた方の信じている神が、人間を駒としてしか見ていないからです。もしかしたら、あなた達天使もあなたの信じている神から見たら駒の一つでしかないかもしれませんがね。これ以上天使と話すのも体に不純物が溜まりそうなので気分を変えましょうか。まずは正樹様」

「あ、はい。何ですか?」

「あなたは天使の言う神を信じていますか?」

「これと言って信じてはいないけど、本当にいたとしてもいい奴ではないような気がしてるね」

「それはどうしてでしょう?」

「ルシファーさんと天使ちゃんから聞いた話になっちゃうけど、理由がわからないまま神と悪魔の戦争を仕掛けておいて、自分自身はそこにはいかずに自分の一部を使って戦うとかありえないと思うんだよね。そんな神と戦ったルシファーさんは僕が神と崇め奉るべき存在だと思います」

「正樹様はルシファー教なのですね。そのような神の名は聞いたことが無いのですが、常に新しい神が産まれるこの世界では珍しくもない事だと思います。次に、純潔の巫女であるサクラ様。あなたはご自身が巫女としてどうあるべきだと思いますか?」

「私ですか。巫女になりましたと言われてなったので、これと言って実感とかは無いのですが、なったからには精一杯やっていきたいと思います」

「何をやっていくおつもりなのですか?」

「それはわかりません」


 実際問題、私は巫女の仕事が何なのかわかっていない。神社の仕事を手伝っている人というイメージしかないのだけれど、この世界には多くの神様がいるのに神社や寺が無いように思えた。少なくとも教会のような物は見かけたことがあるのだけれど、日本の神社や寺だけでなくアジアっぽい宗教施設も見当たらなかった。大事なのは建物だけではないと思うのだけれど、神社やお寺が無いのは以外だったりする。


「今は何もわからなくても良いと思いますよ。何も知らないからこそ何かが出来るという可能性もありますし、やらなきゃいけないという思いにとらわれ過ぎて失敗してしまう事もあるのです。これからお二人が会われる司祭の方々の話を聞いていただいたうえで、お二人が今後をどのように過ごしていくのか考えるきっかけになればよろしいのではないでしょうか。正樹様の信じるルシファーを信じるもよし、そこの天使が言う神を信じるもよし、今のサクラ様のように何も知らないまま過ごしていくのも良し、お好きな道を選んでいただいて構いません。ただ、この世界ではいつでも好きな時に何度でも信じる道を変えることが出来るのです。中には嫉妬深い神もいらっしゃるかもしれませんが、たいていの神は出て行くものを引き留めたりはしませんし、出戻りも否定することはないのですよ。他を知ったうえで自分に戻ってくるというのは嬉しいのではないでしょうかね。そんな事を申している間に待機所入り口に着きましたね。どうぞ、ここは統一法王庁へ入るための入り口と待機所である街に入るための入り口であります。先に街の方を案内させていただきますので、お二人はどうかそのまま中で座ってお待ちください」


 私たち二人は言われた通りに椅子に座ってプリンさんが戻ってくるのを待っていた。それにしても、プリンという名前は誰がつけたのかわからないけれど、なかなかのセンスだと思う。そんな事を考えていると小腹が空いてきた。


「あの人の言っているみたいに信じる神をコロコロ変えてもいいんですかね?」

「さあ、どうなんだろうね。直接神様と話したことが無いからわからないけど、戻ってくるかもしれないなら気にしないんじゃないかな?」

「それもそうですよね。僕はどうしてこの世界に来たのかもわからないし、自分の目的もわからないので困ってたんですけど、サクラさんは何か目標とかあるんですか?」

「私も何もわからないんだよね。生きていくうえで最低限必要な事に不自由はしていないんだけど、目的が無いと困るよね」

「僕の当面の目標はルシファーさんの信徒を増やすことだったんだけど、生き返らせているのがリンネだからそれも叶わないんだよね。ルシファーさんは命を与えられるって言ってたけど、死んだ人に生き返らせるのではなく命を与えると、それは死ぬ前と異なる人物になっているようだってさ」

「生き返らせるのと命を与えるのもやっている事は同じかもしれないけど、結果的には異なるらしい。元に戻すのと新しいものを持ってくるのは何もかも一緒ではないのだ」

「お二方ともお待たせいたしました。こちらの扉をくぐりますと、統一法王庁の中枢に行くことが出来ますので。司祭と喧嘩なさらないようにお気を付けてくださいね」


 私は正樹と二人で扉をくぐると、目の前に大きな円卓が置いてあって、そこには椅子が十四脚設置されていた。部屋の中をぐるりと見渡してみたのだけれど、今見える三人以外は誰もいなかった。この人達が司祭っぽい格好をしているのだけれど、これはお遊戯会の出し物かもしれないと思った。そんな中、私達に近付いてくる人が一人いた。


「どうもどうも、遠いところからようこそおいで下さいました。これから我々が正樹様とサクラ様に色々とお伝えいたしますので少しだけお付き合いお願いします」


 男性がそう言うと、物陰に隠れていた女の子が私達の前へとやってきて、少しだけ恥ずかしそうな表情を見せた後に、満面の笑みを浮かべていた。私達に何かいい物でもプレゼントしてくれるのだろうか?


「お二人も今くらいは協力してくださいよ。あの二人は初めてここに来たんですから,ちゃんとおもてなししないとダメですよ。」

「わかったわかったから、その手を離してよね。いい、いくわよ」


 この部屋にいた三人が私達に向かいつつその場に立っていた。これから何が始まるのかわからないけれど、緊張とか恐怖よりもワクワクしている好奇心が抑えられそうにもなかった。


「統一法王庁へようこそ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る