見てない悪夢

@arukukyn

第1話 ビフィズス菌


突然、その日は訪れた。


天井が空いて明るくなると同時に、周囲の仲間からおおっ。とどよめきが上がった。そして、我々は人間の口内に流れ込んだ。


流れ込んだ、が正しい表現なのだろうけど、心待ちとしては突入である。


我々には使命がある。


生きて腸まで届くビフィズス菌として、絶対に生きて腸まで到達しなければならない。


生まれてきた時から、自分も、大勢の同期達も、生きて腸まで届くビフィズス菌であるという自覚と誇りを持って、ずっとこの日に備えてきた。


食道や胃で進めなくなったり息絶えてしまうようでは、存在意義を失ってしまうのだ。


腸までは厳しい道のりだった。


実際、我々はまとまって移動していたが、集団の端っこ付近にいた仲間は何個か壁に引っかかって息絶えてしまった。


中心の方にいた自分が生き残ったのは単なるラッキーに過ぎない。


そんな仲間の無念も自分が晴らすと誓いつつ、我々は重力と高い士気に引っ張られるまま、人間の体内を駆け抜けた。


体外からのビフィズス菌に会うのが初めてだったらしく、胃の酵素と揉めたりもした。



そして苦難の末、我々は腸にたどり着いた。


腸に到達した瞬間、視界が開けて、ああここまでこれたんだと安堵感と感慨に包まれた。周りの仲間も同じ様子だ。互いにハイタッチして、生きて腸まで来たんだと自分達をたたえた。


会ったことはないけれど他の系統のビフィズス菌と思われる先住民の菌たちが、我々を横目にせっせと働いていた。


さあ…。





あれ?



なんで。



なんで、不安が広がっていくのだろう。


足元がぐらり、と傾いた。けれどよろけたのは自分だけで、人間が体勢を変えたからでは無さそうだった。


仲間はまだ到着の喜びに浸っている。感極まって泣き出す者までいた。


自分の中の不安の正体に気づいた。


 「なあ」


口に出すのが怖い。それでもやっとの思いで、仲間に呼びかけた。


「これからどうしたらいい?」


仲間は怪訝な顔をした。けれどすぐに自分と同じことに気がつき、青ざめたように見える。



誰か教えてくれ。心の底から願ったが、答えてくれる者はいなかった。



生きて腸まで到達する。いつのまにかそれが目的になってしまっていた。生きて到達するのは、本当の目的ではないのに。腸で働くための前提でしかなく、腸で何かの役割を果たすべく、ここまで来たのに。誰もそれを教えてくれなかったし、今までそのことを疑問に思っていなかった。誰1人…。



「私達はこれからどうしたらいい?」



仲間は沈黙し、腸内の他の菌だけが忙しそうに、知らない菌同士ざわざわと知らない言葉でやりとりをしていた。


既に「使命を全うした」我々は、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。






おわり

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