第14話 えーっと、どうして?






 どうしたらいいのだろう。


 俺は自分の玄関の前で、途方に暮れていた。

 ストーカーを捕まえるための作戦だったはずなのに、まさかこんなことになってしまうとは。


 目の前で完全に気絶しているストーカー? を見下ろしながら、大きく息を吐いた。





 ストーカーが野菜を届けに来るのは、基本的に午前中だった。

 だから俺は休みの日を利用して、待ち伏せ作戦を決行することにした。


 玄関にスタンバイして、少しでも物音が聞こえたら扉を開ける。

 作戦自体は、そのぐらいシンプルで穴だらけなものだけど、失敗して元々だ。

 最悪、ストーカーの正体だけでも分かればいい。


 長期戦覚悟で、俺は椅子と暇つぶしの道具と、少しのお菓子を用意してスタンバイを始めた。


「早めに来てくれるといいけど」


 希望を口にするけど、たぶん無理だろう。

 俺は早速漫画を開き、椅子の背もたれに深く寄りかかった。



 そして1時間が経った頃、扉の向こう側に気配を感じた。

 特に荷物が届く予定もないし、誰かが来る予定もない。


 絶対にストーカーだ。

 俺はそう確信して、気づかれないように息を殺した。


 扉の向こうではゴソゴソガチャガチャと、何かを探る音や金属音が微かに聞こえてくる。



 どのタイミングで扉を開けようか。

 穴だらけの作戦だったため、そこら辺をきちんと決めていなかった。

 でもうじうじとタイミングを見計らっていたら、いなくなってしまいそうだ。


 さすがに何度も待ち伏せ作戦をするのは辛いから、今日何とかしたい。

 さらにガチャガチャとうるさくなった玄関を前に、俺はもう後先のことなんて考えずに扉を開けることにした。



 本当に何も考えなかった俺は、扉を開けたらどうなるのか予想していなかった。


 ゴンッ!


「……あ」


 扉を前にいる人が気づかないように開いたら、勢いよく顔をぶつけてしまうなんて当たり前のことだ。

 扉を開けるだけではない手ごたえを感じ、俺は何が起こったのかを悟った。


 逃がさないという気持ちで、扉を勢いよく開けてしまったから、その威力はすさまじいものだったようだ。


「えーっと、この人はストーカーなんだよな? ……誰?」


 目の前で完全に気絶してしまった見覚えのない男性を見下ろし、どう処理すべきなのか困ってしまう。


 警察に突き出すべきだろうか。

 でも、この状況で警察を呼んだら、俺が加害者として捕まってしまいそうである。


 ストーカーされたと訴えても、やられたことと言えば手助けと、野菜の配達だけだ。

 それを正直に話したら、頭がおかしくなったと思われる。


「見なかったことに出来ないかな……無理か」


 さすがに玄関の前で倒れているのだ。

 俺が放置していても、誰かが通報してしまうだろう。

 その時に困るのは俺自身なので、自分で何とかするしかない。


「それにしても、本当に誰なんだ?」


 作業着を着ている50代ぐらいの男性、その脇に工具箱が落ちている。

 でも野菜の入った袋がどこにもなくて、俺は冷や汗が流れた。


「え? もしかして業者さんだった? え、嘘だろ」


 もしも俺の勘違いで関係の無い人だったら、物凄くまずい。

 どれだけ謝罪をしても足りない。


 むしろ、救急車でも呼んであげるべきなんじゃないか。

 俺は暇つぶしで用意していたスマホを取り出し、そして警察を呼ぶべきなのか救急車を呼ぶべきなのか迷った。


「……ぐ……」


「あれ? 起きる? おーい。生きてますか?」


 迷っている間に、少しは回復したらしい。

 うめき声を上げながら、体を動かし始めたので、俺は脇にしゃがみこみ話しかけた。


 体を指をつつくと、そのたびに小さく反応する。

 楽しくなってきたけど、こうしている場合じゃない。


「すみません。おでこは大丈夫ですか? ちょっと、こちらにも色々と事情がありまして。一応確認しますけど、ストーカーとかじゃないですよね?」


「……うう……う……」


 まだ返事はない。

 早めに回復をして、この事態をうやむやにして許してもらいたいのだけど。


「おーい……って、うわっ!?」


 そろそろ置きそうな気配に、話しかける言葉を決めていた俺は、勢いよく襟を引っ張られ後ろにのけぞってしまった。


「ごほっ! ごほっ! な、何だ!?」


 必然的に首が絞まって、俺は一瞬息が出来ずに痛む喉を押さえながら、襟を引っ張った犯人を振り返る。



「……え?」



 そこに立っていたのは、息を切らしている彼だった。



「ど、うして?」


 一番、ここにいると思っていなかった人物に、俺の頭は混乱したのと喉がまだ痛くて、途切れ途切れにしか聞くことが出来なかった。


「話は後だ。その前に」


 彼は俺の質問に答えることなく、何故か俺の脇を通り抜けて、もう少しで目覚めそうだった業者らしき男性の腕を縛り上げる。

 そのあまりの手際の良さに、俺もこんな風に縛り上げられたのかと、微妙な気持ちになってしまった。


「って、何をしているの? その人は!」


「ああ。空き巣だ」


「ストーカーじゃなくて、業者……ん? あきす?」


「……どう考えても、侵入しようとしていただろ」


 呆れたように言われるけど、全く分からなかったのだから仕方が無い。

 ガチャガチャというのは、ピッキングをしていた音か。

 今更納得したけど、まさかそんなことが実際に起こるとは思っていなかった。


 確かに、言われて見ればおかしなことがあったけど、それにしても他にも疑問は残る。


「空き巣なのは分かった。でも、どうしてここにいるの?」


「……それは」


 にわかに言葉に詰まった彼がいたところに、白菜が詰め込まれたビニール袋が置いてあるのが見えて、俺は状況の全てに気が付いてしまった。

 妖精でも地蔵でもなく、ストーカーでもない。


 全ては彼のしわざだったというわけだ。





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