魔羅ネード カテゴリーG

 時折強い風が吹き寄せ、煽られた街路樹がざわざわと音を立てている。加えて空は鉛色で、今にも一雨来そうだ。

 戸建ての家屋が並ぶ住宅地を、二人の少年が歩いている。


「帰るまで雨降らないでくれよなー」


 その左側を歩く少年、瑞月みづきは鉛色の空を見て願った。それを聞いて、右側の少年、弓弦ゆづるが口を開いた。


「予報じゃ日没までは大丈夫らしいけどね」


 それなら大丈夫か。瑞月は弓弦の方を向いてそう言うと、再び視線を空へと戻した。突風が吹き、瑞月の後頭部で結わえられたポニーテールが揺れるのを、弓弦はちらと横目で眺めた。


***


「明日祭りの準備らしいけど、面倒くさいしどっか行かね?」


 弓弦のスマホに瑞月からのメッセージが入ったのは、昨日の晩のことであった。

 彼らの住む鰭犬ひれいぬ区は神川市の最南端に位置しており、ここでも「かんまら祭り」が行われることとなっている。二人には何の予定もなかったが、家で手持無沙汰にしていれば、親に言われて祭りの準備に駆り出されるだろう。瑞月はそれがどうも面白くないようで、弓弦に誘いをかけてきたのである。


「うん、いいね。どこ行く?」

「そうだなぁ……戦国博物館とかどう?」

 

 中学一年生の二人は歴史研究会に入部しており、戦国時代の歴史に興味があった。神川区にある戦国博物館は十月に部活動の一環で行くことになっていたが、その前に二人で下見に行くのも悪くはない発想だ。


「じゃあそうしよう」

「なら明日の十時に駅待ち合わせで」

「分かった」


 弓弦は瑞月に返事をすると、その日は眠りに就いた。


 そうして、二人は電車で四駅の距離にある、神川区の戦国博物館を訪れた。黒い瓦屋根を備えた本館は、戦国時代の雰囲気を存分に演出している。

 二人は入場料を支払って中に入り、展示品を眺めた。休日ということで、まばらながらも人の姿が認められる。マスク姿の女性二人が、日本刀のショーケースの前で会話に花を咲かせていた。

 甲冑や刀、槍、弓矢、銃などの他に、絵画や茶器など様々なものが展示されていた。弓弦は展示品を眺めつつ、そっと瑞月の横顔を見やった。

 瑞月のくりくりしたつぶらな瞳が、好奇の目線を持って展示品の甲冑を眺めている。くるりと上を向いた長いまつ毛は、そのまま虫などを誘引して捕獲してしまいそうだ。


 弓弦と瑞月の二人は、家が近いこともあって物心ついた時からの付き合いであった。瑞月は昔から女の子のような見た目をしていて、園児の頃、おどおどしていて友達付き合いが上手く行かなかった弓弦に瑞月がよく駆け寄って一緒に遊んでいたのだが、二人が一緒にいると男の子と女の子の組み合わせだと勘違いされたものだ。二人は園児の頃からずっと一緒で、また小学生になってからも変わらぬ友情を結んでいた。

 瑞月の女の子のような見た目は、小学生に上がってからも同じであった。彼自身はそのことを寧ろ誇っているようで、小学校高学年の頃からは伸びた髪をポニーテールにするようになった。彼は妙に芯の強いところがあって、周りの同級生から心ない言葉を浴びせられることがあっても、そのような悪童がために己の行いを曲げることは決してしなかった。そうした瑞月の姿が殊更弓弦の目に眩しく映ったのもまた事実である。

 弓弦は、彼のポニーテール姿が好きだった。特に風に煽られるなどして結い上げられた後ろ髪が揺れるさまは、弓弦の胸の奥底をいつもざわめかせ、焦がしてゆく。

 女の子のような見た目の瑞月は、その実同級生の女子たちよりもずっと可愛らしく、麗しい容貌をしていた。彼は天生の美少年であり、同時に美少女でもあった。あの甘美な眼差しは、彼と古い付き合いである弓弦の胸さえ焦がしてしまうのだから、他の者たちが虜にならないとどうして言えよう。


 ――ずっと、瑞月の隣にいたい。


 そうした粘質の独占欲が、弓弦の心に地下茎を張り巡らせている。弓弦自身がそのことに気づいたのは、つい最近のことだ。

 彼が他の誰か――例えば、未来の瑞月の彼女か何か――に彼自身の愛を向けることを思うと、胸の奥にヘドロが溜まっていくような感覚を覚えてしまう。そしてまた、こんな黒々とした思いを抱きながら瑞月と接している自分に対しても、嫌悪の情を禁じえなかった。

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