格上相手には、とにかく入念に準備するべし。――1

まことに申し訳ございません」


 翌朝、1―Aの教室。


 席に座っている俺に、レイシーが深々と頭を下げる。


「わたしが話を合わせていれば、ガブリエル先輩と勝負することになんてならなかったのに……」

「過ぎたことだ、気にすんな」

「ですが、ガブリエル先輩に勝てないと、わたしとロッドくんの仲が引き裂かれてしまいます……」

「俺とレイシーの仲がなんだって?」

「な、なんでもありません!」


 最後のほうが聞き取れなくて尋ねると、レイシーが顔を真っ赤にしてブンブンと頭を振った。


 エリーゼ先輩との勝負の内容は、『ライトウィスプの捕獲』だ。


 ライトウィスプは光源として重宝ちょうほうするため、定期的に捕獲クエストが行われる。そのクエストで、ライトウィスプの捕獲数を競うんだ。


 ただし、エリーゼ先輩の従魔は107レベルで、俺と圧倒的に差があるため、俺はエリーゼ先輩の1/3以上あつめれば勝利となる。


「本当に気にすんな。それより、俺には気になることがあるんだけど」

「なんでしょう?」


 首をかしげるレイシーに、俺は尋ねる。


「レイシーとエリーゼ先輩って、どんな関係なんだ?」


 カールとの勝負のあと、エリーゼ先輩とはじめて会ったときのこと。


 エリーゼ先輩はレイシーを名前呼び+呼び捨てしていたが、一方のレイシーは、よそよそしいまでに丁寧に対応していた。


 一見いっけん、仲良くしたいエリーゼ先輩に対し、遠慮えんりょしたいレイシーという構図に映る。


 ただ、どうもふたりの関係には、複雑な事情が絡んでいるように思えてならないんだ。


 素直で人懐っこいレイシーが、あそこまで露骨ろこつにエリーゼ先輩を拒んでいることも、拒まれているエリーゼ先輩が、レイシーのためを思い、俺に勝負を挑んできたことも、引っ掛かって仕方ない。


「それは……」


 レイシーが口ごもる。


 唇を引き結び、視線をらす様子からは、『そのことには触れてほしくない』という意思がひしひしと伝わってきた。


 俺は「ふむ」とあごに手をやる。


「まあ、話したくないなら構わない。レイシーとせっかく仲良くなれたのに、無理矢理むりやり聞き出して嫌われたらたまらないからな」

「……すみません」


 冗談めかして肩をすくめるも、レイシーは沈痛な面持ちで頭を下げる。


 重くなった空気を変えるため、俺は努めて明るい口調で話題を変えた。


「ところで、エリーゼ先輩との勝負に勝つには、ちょっと準備が必要なんだ。俺は明日、『ミリュー鉱山こうざん』に行こうと思ってる」

随分ずいぶん遠くまで行かれますね」

「ああ。エリーゼ先輩に負けたくないからな。勝つためなら、その程度の苦労、苦労のうちに入らねぇよ」


 俺がうなずくと、レイシーの頬にしゅが差した。


 どこか嬉しそうな表情で、チラチラと俺をうかがう。


「え、えっと……それって、ロッドくんもわたしのこと――」

「せっかく四天王と勝負できるんだ! 強敵との戦いで燃えないやつなんていねぇ! 徹底的に勝ってやる!」


 レイシーの言葉をさえぎって、俺は熱く語った。


 相手が強ければ強いほど燃える――それがゲーマーのさがであり、ゲーマー魂だ。


「だから俺は勝つぞ、レイシー!」


 グッと拳を握り、レイシーに歯を見せるように笑う。


 そんな俺を、レイシーが、なぜかジトッとした目で見ていた。先ほどまでの嬉しそうな表情はどこにいったんだろう?


「ん? どうした、レイシー?」

「いえ、ロッドくんはどうしようもない朴念仁ぼくねんじんだと思っただけです」

「急に冷たい!? 俺、なんか気にさわるようなこと言った!?」

「自分で考えてくださいっ!」


 レイシーが頬をプクゥっと膨らませ、プイッとそっぽを向く。


 わけがわからず、俺はポリポリと頬をいた。


 そんな俺に、レイシーがチラリと視線を寄こす。


「ロッドくんは、乙女心を学ぶべきだと思います」


 やっぱりレイシーの言うことはわからなかった。

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