第1章 ── 第3話

 マリソリアは部屋に戻ると早速、例のモノを探し始める。


「ここじゃったか……? いや、こっちじゃ!」


 金貨のベッドの一画をジャラジャラと掻き分ける。


「お! これじゃな!」


 目当てのものを見つけ、引っ張り出そうとする。


「ありゃ?」


 何故か全身鎧の首だけがゴロリ。


「な、何事じゃ!?」


 例の全身鎧の死体は、鎧のパーツごとにゴロゴロと金貨の山の上を転がる。


 マリソリアはプルプルと震える……


「これは何かの陰謀か!? 兄者か!? おじじか!?」


 早速覚えた人間変化を使い人型に変死し、まだ見つからないパーツを必死に探す。


「何処じゃ!? これは部品かの? これもかや!?」


 あらかた探し終えたパーツを床に並べる。


「ぐぬう。何故バラバラなんじゃ!?」


 マリソリアは必死に組み立てようとするがパーツはゴロリゴロリ。


「むきーー!」


 マリソリアが癇癪を起こしかけた時、マリソリアの部屋に兄のゲーリアが入ってくる。


「マリソリア、人間変化を覚えたのかい?」


 人型のマリソリアを見たゲーリアは、自分も人型へと変化した。

 ゲーリアの人型は銀髪のヒョロっとナヨッとした感じの生物になった。


「あ、兄者! それが兄者の人間変化かや?」


 マリソリアはゲーリアの元に走っていく。

 そしてゲーリアを見上げた。


「大きいのう。細っこいが」

「そりゃ、僕はもう青竜と認められたからね」


 通常ドラゴンの成長仮定は、幼竜、少竜、青竜、成竜、老竜、古龍の六段階が存在する。

 個体によっては、少竜や青竜を飛び越して成竜化するものもいるらしいが、マリソリアはまだ幼竜だった。


 この地に生まれて三〇〇〇有余年。

 もう少竜と認められる時期に来ているはずだが、未だに家長たるヤヌスには認められていない。


 祖父竜のヤヌスが孫可愛さで外に出したくないのが本当の理由だが、マリソリアは知らない。


「兄者みたく大きく変化してみようかのう」

「無理だよ。普通の人間みたいに、成長段階に見合う人型にしかなれないんだよ」

「何でじゃ!?」

「いや……そういう決まりなんだよ」


 苦笑しつつゲーリアが教えてくれたところによると、古い時代に古代竜の長の間で決められたそうだ。

 その所為か、『変化』という原初魔法はドラゴンの固有魔法になったという。

 分類的には今でも原初魔法だが、通常の原初魔法とは違うらしい。


「そんな決まりに我は縛られぬ! こうじゃ!」


 マリソリアが「ぐぬぬ!」と力む。

 するとマリソリアの身体が少し伸び上がった。

 しかし、何かに矯正されるようにもとの大きさに戻ってしまう。


「むきーー!!」


 マリソリアは思い通りにいかず再び癇癪を起こした。


「まぁまぁ。そのうち認められたら大きい姿になれるって」


 ゲーリアはワガママな妹の扱いには慣れている。

 こういう時の妹は、頭をなでてやれば大人しくなる。


 ゲーリアはマリソリアは引き寄せて軽く抱き上げると頭を撫でる。


「にへー」


 マリソリアは直ぐに機嫌が良くなり、締りのない表情になる。


「なかなか可愛い人型だね。何よりちっちゃいのがいい」


 よっこらせとゲーリアはマリソリアを肩の上まで持ち上げて座らせた。

 見た目は細いゲーリアの人型だが、中身がドラゴンだけあり基礎能力が高いので、通常の人間よりも腕力が高い。

 この手のこともお手の物だ。


「そういえば、さっき騒いでたけど、どうしたんだい?」



「あ! 兄者! この玩具が組み立てられんのじゃ!」


 肩の上のマリソリアはビシッと全身鎧を指差した。

 どれどれとゲーリアはバラバラになった鎧を見下ろした。


「これは冒険者の死体かな?」

「何かは知らぬのじゃ。あのおっきい部屋に落ちていたのじゃ」


 ゲーリアは肩からマリソリアを降ろし、バラバラの冒険者の死体を調べ始める。


「人族の冒険者にしては小さい。ドワーフにしては恰幅がない」


 マリソリアはゲーリアの横にちょこんと座り、兄のすることを眺める。


「今の我みたいな小さい者が着ておったのじゃ。なのにバラバラなのじゃ」

「ああ、肉体が腐って骨になったんだよ」

「腐るのかや? 牛は腐りかけが美味いのじゃが」

「ははは、マリソリアは、まだまだ食い気か」

「食い気以外に何があるのかや?」


 マリソリアにとって食べる事、遊ぶ事以外に大切なことはない。


「色気とか?」

「それは美味いのかや!?」

「いや、はははは」


 ゲーリアは曖昧に笑いながら鎧の中に遺っている骨を取り出して並べ始める。


「頭骨、背骨……これが骨盤か」

「何か解るのかや?」


 マリソリアは不思議そうにゲーリアがやっている事を観察する。


「この骨の形状や大きさから判断すると、これはホービットの骨だね」

「ホービット?」

「草原に生きる妖精族だよ」

「兄者の大きさから考えると、子供じゃな!」


 マリソリアは確信を以て指を骨に突きつける。


「いや、これは大人。ホービットは小さい種族なんだよ」

「ほえー。我の知らないことが沢山じゃのう。外にはそんな奇っ怪な者がおるのじゃな」


 ゲーリアはそんなマリソリアを優しい眼差しで見つめた。


「マリソリアも外の世界を知っておくといいよ。

 外には住処では見られない色々なモノが存在する。

 外の世界は本当に面白いんだ」

「それが兄者の研究なのかや?」

「ははは。ボクは魔法とか錬金術の研究をしているんだよ」

「魔法かー。我は苦手じゃ」


 マリソリアは肩を竦める。


「魔法書、錬金術の素材、そういうモノを集めるにも外の世界との繋がりが必要なんだ。

 ドラゴンの文献は魔法については曖昧だからね。原初魔法が根底にある所為だろうね」


 そう言われてもマリソリアには良くわからない。

 原初魔法の起源については母竜に色々教えてもらったが、魔法は人類種の神たちが作り出したものらしく、竜はあまり取り入れていないとかなんとか。


 だが、父竜は魔法の勉強もするようにマリソリアに命じた。

 理由は説明してくれなかったが、何か重要な理由があるような雰囲気だった。


 じゃが、魔法は色々覚える事があって好きじゃないのじゃ。

 センテンスとやらを覚えろとか言われてものう……


 それでも初級の火属性魔法や闇属性の魔法を幾つか覚えた。

 しかし魔法の成功率は六割程度だ。

 魔法の行使には精神集中が必要なのだが、落ち着きのないマリソリアは良く集中力を切らすのだ。


「魔法はもういいのじゃ。

 で、兄者よ。

 外の世界に出ると何か良いことがあるのかや?」

「良いこと?」

「そうじゃ。面白いことがないのに外に出てもつまらんじゃろ?」

「外は凄いよ。

 とにかく広い。そして知らない事がいっぱいだ」


 ほえー。知らない事がのう。

 知らない事を知るのは面白いこともあるのじゃが、知りたくない事を知るのは面倒極まりないのじゃが。


「ああ、そうだ。マリソリア、ボクの部屋に来てごらんよ。

 面白い本がいくつかあるよ」

「本じゃと?

 絵の付いておるやつかや?」

「絵も描いてあるのもあったかな」


 マリソリアは兄竜の部屋へと着いていく。


 兄竜の部屋に入るのは初めてだった。

 中に入ると、マリスは周囲を見回す。


「ほえー。何だか手前のモノが小っちゃいのう!」


 兄の部屋の奥はドラゴンサイズの金貨ベッドなどがあるが、手前の壁際は人型のサイズの家具や本棚、研究機材などがビッシリと並んでいた。


「魔法書とか錬金道具は人間の大きさが一番手に入りやすいからね。実験も人型の方が材料の節約になるんだ」


 マリソリアは更に見回す。


「本もいっぱいじゃな!」

「ああ、魔法や錬金関連が殆どだけど……」


 ゲーリアが端の方の本棚に歩み寄り、何やら探している。


「えーと、ここらに……ああ、あったあった」


 ゲーリアは何冊か本を取り出すと、マリソリアに渡してくれた。


「これはティエルローゼ民俗歴史書、こっちは冒険者の英雄譚がいくつか。

 外の生活や文化を知るには、こういうのが良いと思うよ」


 マリソリアは渡された本をペラペラとめくる。


「文字ばかりじゃが、確かに絵も少しあるのう。こっちの歴史書とやらは絵がいっぱいじゃな」

「ああ、でも外の世界を知るなら、こっちの英雄譚が面白いと思うね。エンセランス君が送ってくれたヤツだよ」

「エンセランスじゃと?

 あやつも兄者と同じく何やら怪しげな事をしておるからのう」


 ゲーリアが苦笑する。


「怪しげな事か。確かに、普通のドラゴンには必要ない事なんだろうけど」

「まあ良い。この本は借りていくのじゃ」

「文字は読めるかい?」

「平気じゃ! 我は才女じゃからな! 西であろうが東であろうが余裕じゃ!」


 母竜に文字を教わったマリソリアは人間の東西の共通語全般をミッチリと彼女に教え込まれていた。


 ついでに古代魔法語についても少し。

 古代魔法語は呪文のセンテンスとは全く違う言語らしく、マリソリアは結構好きな言葉だった。

 母竜によれば「何かカッコいいのう!」と大はしゃぎしてたらしい。


 マリソリアはゲーリアの部屋から走り出した。


 それにしても重い。

 たった四冊程度だが、人型のマリソリアには大きすぎた。


「ぐぬぬ。人型は非力じゃのう! どうしたら楽に運べるじゃろか?」


 マリソリアは少し悩んだが、ピンッと閃いた。

 本を頭の上に乗せてみると、中々具合が良い。


「おおう。頭の上に乗せれば楽ちんじゃな!」


 マリソリアは頭に本を載せて自室へと爆走する。


「わはは! どけどけなのじゃ!」


 廊下を時々行き来する小さい生物たちは、その姿を見てビックリした顔で道をあけた。

 そしてトテテテと走り去るマリソリアを見送ってくれる。


「ワキャン……」

「ワウワウ」


 そんな声がマリソリアの後ろから聞こえてきたが、マリソリアには理解できなかった。理解する気もなかったが。

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