小っちゃなマリスの大冒険
かいぜる田中
第1章 ── マリス、住処から旅立つ
第1章 ── 第1話
暇じゃ。
とにかく暇なのじゃ。
金貨のベッドの上でゴロゴロと転げ回る。
兄者との追いかけっこも、じゃれ合うのにも、マリソリアは飽きてしまった。
「よいしょ」
マリソリアはゆっくりと起き上がると、のそのそとベッドから降りる。
今日の朝ごはんは山羊にするか、牛にするか悩みながら部屋を出る。
「今日はどっちの気分でもないのう……」
祖父や父に合わせた廊下は広く、少し肌寒い気がする。
マリソリアは食事が待っている左の通路ではなく、右の通路に歩みを進めた。
右の通路には、宝物庫や訓練室、時々父親や母親が行く大きな広間がある。
ちなみに左の通路の奥には居間や家族たちの部屋、食事のための動物が飼育されている区画、地下世界へつながる洞窟などに繋がっている。
ドシンドシンと右の通路を進み、宝物庫の前を抜け、丁字路をまた右に曲がる。
暫く進むと巨大な鉄の扉が現れた。
全高一二〇メートル、全幅一〇〇メートルもある扉で、マリソリアの巨体を以てしても開けるのには苦労しそうな感じだ。
「えい!」
まだ五〇メートルほどの身長しかないマリソリアは渾身の力を込め扉を開く。
──ギギギギ……
巨大な扉が不気味な音を立てて開き始めた。
なんとか身体が通る程度の隙間が開いたので、マリソリアはスルリと身体をねじ込んだ。
大きな広間に入ると、ボンボンボンと音を立てて広間に篝火が灯る。
篝火の下にはチョコマカと小さな生物が動き回っていた。
「みなの者、ご苦労じゃな」
マリソリアがそういうと、小さい生物たちはペコペコを頭を下げ、走り去っていった。
マリソリアは小さい生物が何なのか知らない。
生きていく上で全く知る必要のない知識だからだ。
一度、兄者に聞いてみたが、卑屈な低級生物としか教えてもらえなかった。
マリスは広間を物色する。
この広間にはあまり足を踏み入れないようにと父や母、祖父に言われているが、 広間には物珍しいものが落ちていたりするので、マリソリアは時々こうしてやってくるのだ。
広間を見渡すと、先程の生物より大きい生物の骨が大量に焼け焦げて転がっていたりして面白い。
「どんな生き物じゃろうか?」
マリソリアは黒焦げつつも原型を留めている一つを拾い上げて手のひらで弄ぶ。
周囲を動き回る小さい生物より二倍ほどの大きさがある死骸には、金属製の板などが張り付いていたり、針のような鉄の棒を握っていたりと中々面白い。
周囲を探すと、焼け焦げのない死体を発見した。
「お、これはまだ新しいのじゃ!」
拾い上げた死体は、金属の服で全身が覆われていて、他の死体よりも小さかった。
周囲にいる小さい生物より少し大きいくらいだろうか。
興味深そうに細部をじっくり見ると、その死体の腰部分に幾つかの袋が下がっている。
「これは何じゃろか?」
マリソリアはその袋を掴もうとするが、あまりにも小さいため上手くいかない。
「ぬぐう! 我は少々大きすぎじゃ!」
マリソリアは癇癪を起こしてしまう。
ギュッと死体を握りしめそうになって慌てて力を抜く。
「潰してしまってはもったいないのう。これはキレイなのじゃし」
マリソリアは先程見た袋のように自分の腰付近の鱗と鱗の間に死体を挟み込んで落ちないようにした。
「これでよし!」
マリソリアは意気揚々と広間を後にする。
「扉は締めておいてたもれ!」
マリソリアがそう言うと、小さい生物たちが又もやペコペコと頭を下げた。
丁字路を左に曲がり自分の部屋に向かっていると、通路の向こうからドシンドシンと音が聞こえてきた。
足音から判断すると兄者だ。
「マリソリア、どこへ行ってたんだい?」
「秘密じゃ!」
「また広間に行ったのか?」
「別にええじゃろ。兄者だって時々行っているのを我は知っておるのじゃぞ?」
「研究資料が落ちてたりするんだよ。俺は父さんに許可を貰ってるよ」
マリソリアは兄をジロリと睨む。
「兄者ばかりずるいのじゃ」
「ははは、拗ねるな拗ねるな。そのうちマリソリアにもお許しが出るよ」
兄者はそういうと丁字路を左へと曲がっていく。
マリソリアの兄、ゲーリア・ニズヘルグはマリソリアよりも三〇〇〇年ほど年上で、黒竜ニーズヘッグ一族に珍しく研究肌のドラゴンだった。
時々、外に出て何かをしている事もある。
マリソリアには許されていない事を色々と許されているので、彼女の嫉妬の対象でもある。
ま、良い。今は新しい玩具を手に入れたからのう。
これを使って色々遊んで見るのじゃ。
部屋に戻り、腰の死体を金貨のベッドの上に横たえる。
部屋の棚から秘密兵器を取り出す。
「ふふふ。これがあれば細かい所まで明快に見られるのじゃ!」
巨大な金属製の輪に真ん中が膨らんだ大きなガラスが嵌っていて、輪には取っ手が付いている。
これはマリソリアの祖父から手に入れた魔法の逸品。
小さいものを大きく見せてくれる「虫眼鏡」というものらしい。
マリスは虫眼鏡を用いてジックリと死体を観察した。
「ふむう。興味深いのう……こんなちっちゃく鉄を加工できるとはのう……」
死体は鉄の服を着ているのだが、その四肢や頭など、完全に全身を覆っている。
関節などにはリベットが付いていて、器用に曲がるのが確認できる。
首の部分には細かい金属の鎖で下げられた緑色のペンダントが付いている。
マリソリアは細かい作業は苦手だったが、最新の注意を払って細部を調べていく。
「やはり腰の袋らしいものが気になるのう……どうやって調べればよいのか……」
マリソリアは暫く思案にくれた。
しかし、お腹が「ぐう」と大きくなったため考えるのを中断した。
「やはり何か食べねば、良い考えも浮かばぬのう」
マリソリアは小さい死体を金貨のベッドの中に埋め、大きな体を引き起こした。
「今日は豚にしようかの……?」
マリソリアは食堂へと向かうため、ノシノシと歩いて部屋を出た。
食堂のある広大な地下空間には、大量の動物が飼育されている。
広間で見た小さい生物たちが、ニズヘルグ一族のために飼育しているのだ。
「今日は豚がいいのう」
そういうと、マリソリアの前の囲いの中に大きく育った豚が大量に送り込まれる。
首を下に下げ口を開けると、その口の中に小さい生物が豚を追い立ててくれる。
一度に一〇匹以上の豚が口の中に入り、マリソリアは口を閉じる。
豚はマリソリアの口の中で悲痛な「ブヒー!」という悲鳴を上げている。
マリソリアはそれをバリボリと噛み砕く。
少々暴れるくらいが一番美味しい。
今日の豚は活きが良く、マリソリアもニッコリと笑顔になった。
「次じゃ!」
又もや地面近くで大口を開けると、次々に新たな豚が追い立てられて口に入る。
「おお、マリソリアや。今日は豚か?」
口を閉じボリボリと噛み砕きつつ、首を後ろに向けると祖父のヤヌスが食堂に入ってきた。
「おじじ! 今日の豚は生きが良いぞ!」
「そうかそうか。ではワシも豚にしようかのう」
ヤヌスはドッシリとマリソリアの横を陣取る。
小さい生物がマリソリアに用意した三倍以上の豚を囲いに追い立てている。
「おじじよ。教えて欲しいことがあるのじゃ!」
「なんだい? マリソリア」
「小さいものを調べたいのじゃが、おじじに貰った『虫眼鏡』では上手くいかないのじゃ」
「ほほう。小さいものをな。
では、後で変化の技を教えてやろうかのう」
「変化じゃと? 小さくなれるのかや?」
マリソリアがピカリと目を光らせると、ヤヌスが大きく頷く。
「そうじゃ。我ら古代竜は変化の技を用いて、外界の者と接触する事もある。
古代竜にとって変化の技は、子供の内に覚えておく必要のあるモノじゃて」
「外界は何があるのかのう?」
マリソリアはまだ外界に出たことがない。
幼馴染のエンセランスやグランドーラは、親に連れられてニズヘルグの住処にやってくるしあまり外に出る必要性は感じていなかった。
「外界か。外界には人類種なる小さなモノが住んでおるのう。それと神々じゃ」
「人類種? 神々?」
「そうじゃ。地上は神々が作った小さき生物が多数生息しておる。
そやつらは凶暴でのう。良く我らの住処に押し入ってくる」
「小さいのに凶暴なのかや?」
「そうじゃぞ。気をつけておらぬとマリソリアとて狩られてしまうじゃろう」
「小さいのにのう。面白いのう……神々とはなんじゃ?」
マリソリアが聞くとヤヌスは心配そうに彼女に目を向けた。
「この世界の支配者じゃよ。マリソリアも知っておろう? 我らが見限った我らの創造主をを。
我らの創造主と敵対し、それを下した存在たち。それが神々どもじゃ」
「ああ、カリスと同じものたちじゃな! それらとは関わってはならぬと父者に聞いておる!」
今、マリソリアは、父親と母親に色々と勉強させられている。
世界創造や何万年も前の歴史。
世界に散って細々と生き続けている他のエンシェント・ドラゴン氏族の事。
また、それらとニーズヘッグ一族の関係。
外には恐ろしい事が幾多も待ち受けていると。
古代竜は、それらよりも遥かに強いと教えるくせに、外は危険だと父と母が言うので、マリソリアはいつも疑問に思っていた。
あまり関心はなかったので鵜呑みにしていたが、最近の暇を持て余す状況から、いささか関心が向きつつある。
兄者も最近外に出てるって言ってたしのう……
あの運動嫌いの兄者が関心を持つんじゃから気になる。
マリスは格闘において、兄者に負けたことがない。
幼馴染のエンセランスとグランドーラにもだ。
そんな弱い兄者が外に出ているんじゃから、我も出られるんじゃないのかや?
マリソリアはそう思うのだ。
だが、父も母もマリソリアが外に出ることを許してくれない。
もしかして、外界はすごく面白いのじゃなかろうかのう?
我に意地悪をして、外の面白い事を見せないようにしているのかもしれんのじゃ。
いつか隙を見てコッソリ外の世界をみてみようかの!
マリソリアは小さい野望をいだきはじめた。
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