転移させるとしても勇者の能力くらい練ってくれ 〜いくらジャンルレスでもこれはない!〜

花菱ねいる

召喚



二千年前。ソルオリエンスの世界。人間と魔族は百年に及ぶ戦いを終結させる。終わらせたのは聖女シトリー。彼女は自らの命と、自らの教徒三万人の命と引き換えに封印術式・思念封呪を発動。魔王ルストを、魔王直属配下の三人。シャーメイン、ルイユ、カリフと共に封印する。


シトリーと三万人の祈りは魂となって昇華され、思念封呪の召喚に使われた。


しかし、封印は完全ではなかった。

ルストの配下の一人、ユギトがその場から離れ、詠唱されている封印紋章陣に服毒の短剣をすんでのところで刺し投げた。ユギトの魔力が篭った短剣だ。

神聖な祈りで発動した術に、僅かにも魔の力が含まれて封印術は完成する。

シトリーは死の際に悟る。


「ああシャンサ…。術は失敗に終わった。封印は二千年程しか保たないでしょう。いづれ封印は解かれる。この石を必ず守るようにと娘に…。ルストは二千年後に、必ずこれを取り戻しに来ます。魔王の命の半分は、この石に封印しました。後の世を頼みます」


シトリーは念を入れ、封印術を二つ起動した。封印中、魔王の命を二つに分け、半分を百年の祈りを浴びた供物の石「星天石」に封印した。

そうして、従者シャンサの目の前でシトリーは生き絶え、魔王のいない時代が始まった。


すでに戦いにより土地は荒廃し、人間の数は半分にも満たない人口となっていた。


そして今。ソルオリエンスは魔王のいない二千年を終えようとしている。





『えっ!?異世界に召喚されたらタップダンサーの勇者だったんだけど!』










承認確認。起動10秒後転移期限喪失。期限喪失後60秒後移動確定。起動








大学生である僕、藤岡要(ふじおかかなめ)は、大学3年生に必ず待ち受ける就活から目を背けるため、ラノベ漁りに本屋にいた。最近はずっと本(ラノベだけど)を日がな一日読んでいる。就活から目を背けているのだ。やらなきゃいけない事はわかっているのに、この先の人生がそこで決まるようで全く現実として受け入れられない。僕って一体、何をして働いていきたいんだろう。


はぁ。ため息が出る。本屋の窓ガラスに映る自分は冴えなく、暗い表情をしている。忘れたい、この気分を少しでも。現実逃避なんだけど。そうしてまたラノベを買いに本屋へ足は向かってしまうのだ。


よかった…!新刊まだあった!最後の一冊みたいだな。ここの本屋搬入少ないから不安だったけど売り切れてなかったみたいだ。

今日最終巻が発売の、「転生したらヒロイン勇者の実家に飼われてる金魚だった件」略してテンキン。今大人気の、とっても泣ける素晴らしいラノベなのだ。金魚だから実家住みなわけで旅するヒロインと全く接点ないけど。むしろヒロインの母親の話し相手になってる的な、しかも一方的に聞かされるという。感動するんだ。なぜか。娘を心配する母親の話なんと感極ま…、


「あっ…」


最後の一冊を手に取ろうとした時、本に2本の腕が伸びてきた。僕の他に狙ってたやつが2人も、テンキンの最後の一冊狙いか…?だけど、これは僕がどうしても欲しい本。悪いけど絶対譲れないよ。

他の2人とともに僕はその場に固まってしまい、お互いに様子を窺っている。

その時、辺りが一気に真っ白になり、僕らを光が包み込んだ。なんだこれ!?と辺りから声が聞こえる。訳がわからないままでいると、女の子の声が聞こえた。


「転移を開始。90秒後完了。自分の存在の認識を怠たると消滅するから、自分がどんな姿形をしているかしっかり意識したほうがいい。少しでも意識しなければ、貴方たちの体はバラバラになる」


「なんだ!?」

「うわぁ!」

「!?」


ちょうどその場にいた3人のラノベオタクは、光の柱に飲み込まれた。

本屋の客は誰も気づかない。見えていないようだった。光がプツリと消えて、本屋から4人の姿はなくなった。


「うおおああああああ!!」


光を急降下しているような感覚に、悲鳴が出る。しかもバラバラになると言われて、要はとにかく意識を手放さないよう必死だった。自分がどんな容姿をしているかだっけ?!容姿…、姿形……。意識しなきゃ!確かに光の中の空間は、このまま何も考えなければホロホロと体が崩れていきそうな感覚に襲われる。そうしているうちに光が切れ、要は地面に打ち付けられる衝撃に悲鳴を上げた。


「いったぁ!何が起こったんだ!?」


光が切れて要が目を開けると、そこはもう先程までいた本屋ではなくなっている。自分は赤いカーペットに倒れているのがわかった。周りを見渡すと見たこともない場所にいた。王宮のような場所に自分は倒れている。そして近くに倒れる2人はおそらくラノベを取り合おうとしていた男たち。気を失っているようだ。


「おおお!成功か、お待ち申し上げた!勇者様」

「えっ…?」

「お目覚めください」


夢なのか?要は全く状況が理解できずただ呆然とするしかない。目の前に立つ冠をかぶった男の言葉で、他の2人も目覚めたようだ。2人はしばらく呆然と要と同様の反応を示したのち、目の前の王のような男へ食ってかかる。


「なんなんだよ!一体!?ここはどこだ!?」

「あたた、腰いったぁ…」


2人は声を上げる。王はほっとしたように王座へゆっくりと歩いてゆき、腰深く座った。

3人の周囲には何人もの人間が立ち並び、皆一様に物珍しい目を向けてくる。


「状況を理解するのに時間はかかるかもしれませんが一つ一つ説明しよう」


おそらくの王様は、困った顔をして言う。その時、王様のそばにいた青年が言った


「父よ、いささか事を急ぎ過ぎでは?彼らもお疲れでしょうから、まずは休息を取っていただいて…」


金髪の美青年がいた。父と言うことは王の息子ということか。帯刀し、礼儀正しくいかにも真面目と言ったところか。


「ふむ、だが…何も知らぬのも不安であろう」

「…父上が言うのなら。かしこまりました」

「私の名はドラソネス・ソワレ。このソワレ国の王を務めている」


青年の提案を静止し、王は語り出した。



この世界は人間と魔族が入り混じり暮らすソルオリエンスという世界で、魔法という概念が存在する。このソワレ王国を筆頭に人間を襲う魔物達と戦っているのだという。

二千年前に、シトリー・ソワレが封じた魔王ルストの封印が残り1年で消滅しようとしている。

このソルオリエンスは今、魔王の復活が近いため魔物の出現が活発に起こり、人はその脅威に怯えて暮らしているという。このままではいづれ人間は敗北あるのみ。新たな戦力を迎えるため、他の世界から勇者を召喚し世界を救ってもらおうとした。そうして召喚されたのが、要たち3人だと言う。


「そんな、それこそラノベじゃないんだから…」


戸惑う要たちにソワレ国の王ドラソネスは、続ける


「勝手だが私達の世界をお救い願いたく…。私たちも全力でバックアップし報酬も用意する」


「報酬?」


1人が怪訝そうに聞き返す。


「魔王が復活したら、この世界は地獄と化すだろう。何よりルストはその腹を人間でしか満たせないらしい…。私はこの国を救いたい。勝手な物言いなのは承知の上、力を貸して欲しい」


ドラソネス王は頭を下げる。周りの人間たちがざわつき王をなだめるよう近寄った。


「まるでオシリスの世界だな」


一人が言った。オシリス。「お尻が素晴らしい女勇者に生まれ変わったからヒップドロップ極めます」というラノベの略称だ。コイツ。オシリスまで読んでるとは中々侮れない奴だ。要は思った。

オシリスも、異世界の王国に勇者として召喚される物語だ。要は自分の他にオシリスを知っている者がいることに驚いた。やはり本屋でラノベを狙っていたということは、この2人もオタクなのなろう。要は思う。状況はそれとしてこいつら誰なんだ?今のところオタクであると言うことしかわからない。


「どうして僕たちなんですか?」


また別の奴が言う。ほんとそれなんだよ。そう思っている時、後ろから声がかかる。その声は転移されるときに聞いた声だった。そこにはフードを被りこちらを見つめる2人の少女がいた。白と黒の髪の毛がフードの中から見え、装飾とレースがあしらわれたローブを纏っている。おそらく双子だろう。白い髪の毛をした子が言う。


「こっちの世界をすぐに受け入れてくれそうな人を透視魔法で選定していた。話が早くて済むから。そしたら運良く同じ場所にお前たちがいた。それだけ」


また次に黒い子が続く。


「お前たち、知り合いじゃないの?」


「こら2人とも。勇者様にそんな口の聞き方をしてはいけない」


双子の女の子が言う。先ほどの金髪の青年、ドラソネスの息子が叱るが2人は意に返した様子はない。

要は思った。つまり、ラノベを読みまくってる僕たちはこういった状況に慣れてるからとでも言うのか?!


「申し訳ない勇者様方、私はルシ・ソワレ。この国の第一王子。こちらの双子は、白い子がシュネ。黒い子がシャラ。この国の宮廷魔術師をしております。聞くのが遅くなり申し訳ない、お名前をお教えくださいますか?」


「…」


誰も名乗りでない。それはそうだ。ラノベオタクな彼らは隠キャなのだから。名乗るだなんて、彼らにはハードルが高い。


「ぼ、僕は、藤岡要…。大学3年生、です」

「僕は、稲葉龍来(いなばりく)……大学1年生」

「俺は枢木忍(くるるぎしのぶ)。大学3年だ…」


とても早口で小さい声の自己紹介だった。


「カナメ様、リク様、シノブ様ですね。改めまして、父のドラソネス。私は息子のルシ。この破滅に近づく国をあなた方のお力でお救い願いたい」


「そ、そんな事いきなり言われても困りますよ!まだ何も、どんな事が起こってるかもわからないし。まだ夢なんじゃって思ってるのに…」


龍来が声を上げる。皆そう思っていた。これは夢だと。そもそも、いきなり召喚して大した説明もなく世界を救え?そんな話あるか。


「そもそもさぁ、ルシ?さんだっけ?仮に世界を救って欲しいとして。頼る人間間違えてると思うけど。俺たちはラノベを買いたくて本屋にたまたまいたオタクなわけですよ?勇者って…。それこそ異世界転生wじゃないけど俺たちは今何の武器になるもんも持ってないし…。財布とスマホくらい。スマホなんか電波入らないから使い物にならないし。無力な俺たちを仲間にしてもこの国に旨みはないぜ?」


忍が捲し立てる。


「今は実感がないかもしれないが力はシュネとシャラから既に付与されているのだ。もちろん。こちらも相応の対価を用意している。お主達が喉から手が出るほど欲しているものを既に送っている」


ドラソネスは言う。すでに送った?どういうことだ。


「転移されてる時に声が聞こえたろう。自分がどんな姿形をしているかしっかり意識したほうがいいと。何を、想像した?さぁ鏡を!」


ドラソネスが手を叩くとシュネは魔法で鏡を3人の前に作り出した。


「えっっっっ!?」


3人の声が重なる。鏡を見ると、見たこともないイケメンが3人写っていた。


「どういうことなの!?」


ミルクティー色のふわふわとした髪を揺らし、緑の大きな目を更に大きく丸め、手を口に当てながら龍来が驚き声を上げる。


「まじでどういうことだよ?俺はこんな…こんな顔してねぇぞ、、顔もそばかすだらけの…」


黒と白の髪がオールバックにまとまり、目も鋭く全体的なスマートな男からも声が張り上げられる。

そして要は声も出さずに驚きを隠せない様子で鏡をじっと見ていた。茶髪で柔らかい印象の好青年がそこにいた。目の色は薄紫…。


「あの時想像した自分…だ」

「理想の自分の形で召喚したんだ。ふふ、お前たちの憧れた姿って事だな。そんなに自分の容姿を変えたかったのか?あんな状況でもしっかり自分の理想を想像してるくらいだから肝は座ってるってことか」


シャラはクスリと笑い言うがルシによりまた宥められている。


「こらシャラ。からかいはよしなさい」

「この世界をお救いくださった暁には、元の世界に戻す際、この姿のままご帰還いただく事が可能。シュネとシャラから勇者様方の欲しているものを聞き、私がそう召喚するよう命じたのだ」



嘘。。この姿で元の姿に戻れるってこと?冴えない容姿でいつも下ばかり向いてた僕が、この容姿で…。この姿が僕の姿に。

そんなの、、、やるしかないよ…!!

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