第224話 エルザの場合

「次は私ね」


 1時間後。帰ってきたカズキ達は、未だ盛り上がっているアルフレッドとクレアを余所に、エルザのヒヒイロカネの能力の検証に入ろうとしていた。


「来なさい」


 エルザの意志に反応して、腕輪が光を放つ。それが収まった時には、ブレスレットは劇的に姿を変えていた。

 具体的にはエルザの背中に左右6対。合計12枚の翼が生えていたのである。


「まさか、本当に紋様通りの姿になるとは。・・・・・・それにしても派手だね」

「どう? 天使っぽいでしょ」

「うん」


 エルザの言葉に、カズキは素直に頷く。実際、黙って猫を被っていれば神々しいと評判のエルザに、天使の羽はこの上なく似合っていたのだ。身内であるカズキですらそう思うのだから、何も知らない人が見れば、天使そのものだと勘違いしてもおかしくない。

 

「それでどうだった? ねーさんが言ってた通り、能力は空を飛ぶための物?」

「ん-、それも出来るんだけど・・・・・・」


 そう言ってバッサバッサと翼を動かすと、エルザの体がフワリと10メートル程浮かび上がる。


「ミャッ! ミャッ!」


 これにはナンシーも大喜びだった。なにせ、羽ばたく度にヒラヒラと羽が落ちて来るので、遊ぶものとしては丁度良かったのだ。


「「・・・・・・」」


 一心不乱に羽を追いかける、ナンシーの尊い姿に魅入る姉弟と、直ぐ近くで耐久レースを続けているアルフレッドとクレア。そんな混沌とした状況が更に10分ほど続いた所で、疲れたのか、それとも気が済んだのか、ナンシーが突然動きを止めた。


「どうした?」

「ミャー」


 そして、カズキの呼びかけに甘えるように鳴いて水を要求し、喉を潤した後は抱っこをおねだりして、その腕の中でスヤスヤと眠ってしまう。


「・・・・・・話を戻そうか」

「そうね」


 そこで我に返ったカズキとエルザは、盛大に逸れた話を戻す事にした。


「それでなんだっけ。そうそう、その翼の能力についてだった」

「そうね。1つは今の様に空を飛ぶ事。というか、これはおまけみたいなものね。で、本当の能力は――」


 そこで言葉を切ったエルザの姿が唐突に消え失せる。


「【テレポート】よ」


 かと思えば、カズキの背後からそんな声が聞こえてきた。


「・・・・・・成程。翼は空を飛ぶする際に使う物。つまりは移動手段の象徴という訳か」


 全く動じることなくエルザへと振り返ったカズキは、翼の役割を正確に理解した。


「そういう事。この状態じゃないと【テレポート】出来ないのは少し不便だけどね。何でかしら?」


 そう言いながらも、大して気にした様子もないエルザ。目立たぬよう、人目に付かないところに転移するというちょっとした面倒を我慢するだけで、行きたいところに行けるのだから当然の話であるが。


「多分だけど、【テレポート】を使う時のイメージの補強と、座標設定の役割も持ってるんじゃない?」

「言われてみればそうね。私の【テレポート】のイメージは”空間を飛ぶ”事だったし、この翼がある時は、転移したい場所をはっきりと思い浮かべる事ができるわ」

 

 カズキの推測を聞いて納得できたのか、頻りに頷くエルザ。


「やっぱり? だから慣れれば、翼を出さなくても【テレポート】出来るようになると思う」

「なら、当面の目標はそれにしておきましょうか」


 そうは言いつつも、結局エルザは慣れてからも翼を出したまま、普通に人前で【テレポート】を使っていた。理由は、その方が神々しいから、一発で聖女エルザだとわかるからである。

 それに、例え彼女の事を知らない人間に出くわしても、神話に出てくる天使に似た姿を見れば、大抵の人間は協力的になるという事に気付いたからでもあった。こうして人目に付かないという方針は、あっさりと隅に追いやられたのである。




「今日はわざわざ来てもらって有難う。早速だが、詳しい事を教えてくれ」


 三日後、ギルドを訪れたカズキたちは、待ち構えていたリリー(休暇中)以外の職員に取っ捕まり、あれよあれよという間に応接室へと案内された。

 そこには最高級のお茶と菓子が用意されており、三人がそれを堪能し終わるのを見計らったかのようにハルステンが現れ、冒頭の台詞を口にしたのだった。


「じゃあ『朱き光』と合流したところから――」


 そうして始まった説明を、ハルステンは口を挟むことなく最後まで聞いた。何故か一万階層と聞いて顔を青くしたり、モンスターは全てがドラゴン系というくだりで頭を抱え、最奥にいたのはバハムートよりもデカいクジラだと聞いてガタガタと震えだしたりしたが。


「とまあ、そんな感じです」

「・・・・・・話はわかった」


 最後にダンジョンを私物化した事を聞いて、ピクリとも動かなくなったハルステンは、長い沈黙を挟んだのちに、漸く顔を上げた。


「色々と確認したい事はあるが、これだけは最初に聞いておきたい。ダンジョンの最下層にいたのは、バハムートよりも大きかったのだな?」

「? ええ、大体二倍くらいの大きさだったかと」


 ハルステンが深刻そうな顔でそんな事を聞いてきたのを不思議に思いながら、カズキは答える。


「そうか。これは由々しき事態だ・・・・・・」


 そう言って再び頭を抱えるハルステン。結局それ以降は何の話もせず、三人は報酬を貰ってランスリードへと帰還した。

 それから一週間後、再びメモリアへとやってきたカズキ達は、ギルドマスターの最後の台詞の意味を(強制的に)知らされる事になる。

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