第206話 ヒヒイロカネの木槌

「ここかっ!?」


 カズキが助けた四人から話を聞いたギルドマスターは、偶々ギルドにいた冒険者たち(最高でゴールドランク)をひき連れ、デススパイダーが出現した場所へと急行した。

 世界を救う可能性を持つ漂流者ドリフターであるカズキが、たった一人その場に残ったという話を聞いたのと、ボーダーブレイクの真偽を確かめる為である。

 ボーダーブレイクの方は、ブロンズランクの冒険者が行ける場所に、シルバーランクのサンダーディア(角から雷を放出する鹿)がいた事で、早々に事実だと判明しているが。


「間違いありません!」


 カズキが助けた冒険者の一人、タンク職っぽい少年がギルドマスターの問いに答える。彼らはカズキとの約束を果たすべく、休憩なしでギルドマスターを案内してきたのだ。


「確かに戦った痕跡は残っているな。それも、奥に続いているようだ」


 周囲に飛び散るモンスターの血や、地面の踏み荒らされた痕跡。そして、森の奥へと続く、不自然にできた広々とした一本道を見て、ギルドマスターはカズキが奥へと進んだと判断した。


「・・・・・・よし! ここから先は慎重に進むぞ! ゴールドランクパーティの前衛は一番外側を進め! 斥候職はその内側で索敵だ! いいか! 絶対にこの道から逸れるなよ!」


 ギルドマスターの号令に、三十人からなる冒険者たちが即座に従った。

 ボーダーブレイクが起こってしまっている以上、いつどこで強力なモンスターと遭遇するかわからない。なので、戦力を分散して各個撃破されるよりは、集団で行動する方がマシだと、その場にいる誰もが考えていたからだ。

 例え強大な力を持ったモンスターが現れても、こちらには元ミスリルランクのギルドマスターもいる。

 斥候職であるにもかかわらず、かつて組んでいたパーティでアタッカー以上のモンスター撃破数を誇ったギルドマスター、ハルステン。その秘密は、彼がゴールドランクになった時に手に入れたヒヒイロカネだった。

 

「ギルマス! 前方の道を外れた森の中に巨大な双頭の犬を発見! 恐らくオルトロス! 距離は200メートル、数は2!」」


 進みだしてから数分後、【遠視】のアビリティを持つ、ゴールドランクパーティの斥候職が、彼らの進行方向にプラチナランクのモンスターを発見し、ハルステンに報告を上げた。

 それを聞いていた周囲の冒険者たちは、その場に立ち止まり、ハルステンの様子を窺う。


「・・・・・・気付かれた様子は?」

「ありません。私たちの進行方向の、更に先を気にしているようです」

「この道の先を? ・・・・・・まさかな」


 ハルステンは、不自然にできた森の中の道を、カズキの仕業だとほぼ確信していた。ブロンズランクへのランクアップの際、森を挟んだ場所にあるギルドからの不可解な魔法への問い合わせから、森の中に広々とした一本道を造る事くらい、訳が無いと思っているからだ。

 とはいえ、いくら強力な魔法が使えると言っても、魔法使いは魔法を使う事に長けているだけである。そしてそれだけならば、オルトロスが襲撃を躊躇う理由にはならない。その巨体に見合わぬ素早い動きで、単体の魔法使いなど簡単に倒してしまえるからだ。

 そのオルトロスが、道の先にいる存在を気にするあまり、こちらの存在に気付いていないのはどう考えてもおかしな事であった。プラチナランクのモンスター、それも犬や狼の系統ともなれば、その索敵範囲は優に1キロを超える。まして今は、30人からなる冒険者が団体行動しているのだ。


「皆はここで待機。オルトロスは俺が仕留めるが、奴らが気にしている存在の事もある。もしオルトロス以上のモンスターが現れたら、この陣形のまま街へと後退してくれ。その判断は君に任せる」


 そうゴールドランクパーティのリーダーに指示を出したハルステンは、オルトロスが警戒している対象が更に上位のモンスターであると仮定しつつ、【隠密】を使って足早に森の中を駆け抜けながら、【パワーチャージ】というアビリティを使用した。

 効果は次の攻撃の威力がLV×1割上昇するという物だ。ハルステンはこのアビリティを最大の10まで上げているので、次の攻撃の威力が2倍になる計算である。

 準備を整えたハルステンは、更に加速して2匹のオルトロスの元へ辿り着くと、間髪いれず【跳躍】し、体高3メートルのオルトロスのさらに倍、6メートルの高さへと飛び上がった。そして、何も持っていない両手を振りかぶると、


「来い」


 と呟く。すると不思議な事に彼の右手の腕輪が変形し、ハルステンの背丈を遥かに超える大きな木槌が一瞬にして現れた。

 これこそが、ハルステンが手に入れたヒヒイロカネより顕現した彼だけの武器。その名も『大木槌』である。


「【ギガンティックハンマー】。【ハンマーラッシュ】」


 ハルステンは【隠密】状態のまま、オルトロス2匹の間へと落下する。その間に、次のアビリティを使用する事も忘れなかった。

 【ギガンティックハンマー】は、ハンマー系の武器を巨大化させるアビリティで、これにより大木槌は巨大化。更に倍の大きさになる。そして【ハンマーラッシュ】は自身の攻撃範囲にいる敵に、猛烈な攻撃を加えるアビリティだ。

 つまりハルステンがした事は、『2匹のオルトロスの頭上から、巨大化した木槌を滅茶苦茶に叩きつけまくった』という事になる。

 結果は凄惨なもので、オルトロスは攻撃に気付く事もなく、悲鳴を上げる事すらできないまま、原形を留めていない肉塊に成り果ててしまったのだが。


「・・・・・・全盛期と比べれば半分ほどの威力か。この先は厳しそうだな」


 自身の作り出した惨状には目もくれず、冷静に現状を把握したハルステンは、今の戦い(一方的な殺戮とも言う)の結果、この先に進むのは難しいと判断、撤退する事を決めた。

 不意打ちでオルトロスを倒せたとはいえ、この先にいるのは更に上位の存在である。能力が全体的に落ちているハルステンの感覚では、オルトロスは同格の相手だ。そのオルトロスが他の上位存在の動向に気を取られ、その全ての警戒を向けていたからこそ不意打ちが綺麗に決まったのだから、尻込みするのも無理もない話であった。

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