第192話 余罪がいっぱい

 従順になったエクレールに『時間を操る魔法』の事を聞くと、ドラゴンの姿に戻った彼は、頭上に直径20メートル程もありそうな水晶球を出現させた。


「こちらに触れて下さい」

「古代魔法の魔法書に似ているな」


 目の前に移動してきた水晶を見て、カズキは感想を漏らした。


「古代魔法と呼ばれている物は元々、我々ドラゴンの魔法の一つですから」

「そうなのか?」

「はい。その中でも比較的簡単な魔法が人間に盗まれ、古代魔法という名称になったとか」

「盗んだ? 教わったのではなく?」

「はい。この水晶球――竜玉ドラゴンオーブは、この世にただ一つ。代々、竜王が継承してきた物なのです。これには我々ドラゴンが使える、全ての魔法が記憶されていて、新たなドラゴンが生まれた時に、その適正に合った魔法を授ける役割を担ってきました。その事を知った下等生物ニンゲンが、当時の竜王が眠りについている隙に住処に侵入し、竜玉ドラゴンオーブから魔法を掠め取っていったのです。尤も、下等生物ニンゲン如きの魔力では、上澄みを掬うので精一杯だったようですが」


 そう言って、人間を嘲笑するエクレール。つい先程、その人間にビビって土下座した事は、既に頭の片隅にも残っていないようだった。


「ふーん。つまりお前は、当代の竜王という訳か」


 興味なさそうに言いながら、カズキが竜玉ドラゴンオーブに触れる。エクレールが豹変したのはその瞬間だった。


『(ククク。何の疑いもなく触れおったわ! アレは我らドラゴンでさえ、三日三晩は継承に掛かる代物! いくら貴様が私よりも強かろうと、最低でも一日は動けまい! その間に残る二匹を喰らって力を着け、その後で貴様を喰らってやろう! そうなれば、『リントヴルム』とて敵ではないわ!)』


 心の中で叫びながら、(傍目には)唐突にエルザとクリスに牙を剥くエクレール。態々ドラゴンの姿に戻ったのは、カズキが動けなくなった瞬間に、不意打ちで二人を喰い殺すためだった。


「バレバレよ。【ホーリーシールド】」

『チッ!』


 だが、エクレールの心の籠っていない土下座を見た時から、こうなる事を予想していたエルザによって、その目論見は脆くも崩れ去った。


「なんでコイツ、カズキを狙わなかったんだ?」

「継承者を護る機能とかがあるんでしょ。まあ、なくても問題はないみたいだけど」


 エルザがそう言って、竜玉の傍らにいるカズキを見やる。釣られたエクレールもそちらを見ると、カズキとバッチリ目が合った。


『クッ、こうなれば!』


 想定外の事態に陥ったエクレールは、逆転の可能性に賭けて魔法を使う。それはカズキが欲しがっていた、『時間を操る魔法』だった。


『死ねえええええええええええ!』


 自分だけ加速した時間の中で、クリスに向かって爪を振るうエクレール。エルザを狙わなかったのは、既に魔法で結界を張っているのが見えたからだ。


『ギャアアアアアア!』


 だが、少し時間を加速した程度でクリスに敵う筈もない。気付いた時にはクリスは視界から消えていて、次の瞬間には尻尾を根元から切断されていた。


「ドラゴンってこんな奴ばかりね。今の所マトモなのはロイスだけじゃない」

「そうだね。そのお陰で、三匹目が手に入ったから良いんだけどさ」


 エルザと会話しながら、エクレールを魔法で捕縛するカズキ。三匹目なので手慣れた物である。


「でもどうするんだ? ハンターギルドを創ったのはコイツなんだろ? 不都合とか起こらねえ?」


 エクレールの尻尾を捌きながら、クリスがそんな事を口にする。彼にしては珍しく、真面な意見だった。


「問題ない。魔道具は独立してるし、こいつが今までやってきたのは、レベルの高いハンターを攫って喰う事だけだから」

「それでこの世界には強者がいないのね。強くなる前に、コイツが全部食べてたから」

「そういう事。あの魔道具は、コイツのエサ探しの道具でもあったわけ」

「なら心配する必要はないか。後は、ルノセルとかにどう説明するかだが・・・・・・」


 口を動かしながらも料理の準備を進める三人。因みに、食材の提供者エクレールの傷はエルザによって癒されている。現在は彼の目の前で調理する事で、心を折る工程に入っているところだ。


「そのまま事実を話せばいいんじゃないか? 『あんたたちが崇めていた竜神は、最終的に俺達を喰うのを目的として、ハンターギルドを創りました』って。振り回された彼らには、知る権利があるだろ」

「そうね。まあ、第0コロニーや竜神の話を知ってるのはハンターギルドの上層部だけって話だし、そこまで混乱も起きないんじゃない?」

「それもそうか。・・・・・・ところで、一つ気になった事があるんだが」


 ハンターギルドへの対応を話し終えたところで、クリスがふと、疑問を口にする。


「なんだ?」

「コイツって、俺達のステータスとか見れるんだよな? なのに、襲い掛かってきたのはどうしてかと思ってな」

「そういえばそうね。そこのところどうなの?」


 エルザも興味が湧いたのか、クリスに同調する。


「簡単な話さ。コイツがあの魔道具から読み取れるのは職業だけだからだ」

「それでどうやって、レベルの高い人間を把握してたの?」

「この世界で言う所の上級職は、最低でもレベル60だからな。それで判別してたんだろう。だから、カリムとジュリアン、ソフィア様は、俺達と行動してなきゃ狙われてたかもな」

『グギャアアアアア!』


 カズキが説明すると同時に、何故か悲鳴が響き渡る。


「あれ? でもカリムはレベル59じゃなかった?」


 何故か血の付いたメイスを洗い流しながら、エルザが首を傾げる。


「カリムはこの世界の人間じゃないから、例外だったんじゃないかな」

「ああ! この世界だと職業の縛りのせいで、一つの職業のスキルしかとれないからか!」


 やはり何故か血の付いた剣を手入れしながら、クリスが納得したように頷く。


「そうだ。まあ、それもコイツがそういう風に誘導したんだけど。この世界だって、最初からスキルやレベルの概念があったわけじゃないし。現にハイドワーフやハイエルフは、種族特有の魔法を使ってたみたいだしな」

「そうやって進化の方向を制限して、上級職が出るのを待ってたって訳? コイツほんとにろくなことしないわ、ねっ!」

『ギョエエエエエエ!』


 またも響き渡る悲鳴。だがカズキ達は、誰も反応しなかった。


「さて、そろそろみんなを呼んでくるか。フローネとクレアなんて、首を長くして待ってるだろうし」

「そうね。今頃、クレアは騒いでいるでしょうし。ジュリアンと叔母さんも、うずうずしてるでしょうしね」

「ああ。『時間を操る魔法』の事も聞きたがるだろうしな」

 

 そう言って肩を竦めたカズキは、仲間たちを迎えに行くべく、【テレポート】を発動した。

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