第172話 陥穽その2

「「お待たせしました」」


 タゴサクが男前な台詞を言った直後に、シャワーを浴びてさっぱりしたフローネとマイネが戻ってきた。


「(せっ、聖女と剣帝の二人でねえか! 偶然とはいえこの二人に近付く事ができるなんて! これは間違いねえ。試験でいい結果を残したオラが二人を仲間に誘って、一緒に邪神を倒す旅に出る絶好のチャンス! そして、見事邪神を倒したオラと聖女と剣帝は・・・・・・)」


 ほんのりと上気したフローネとマイネの顔を直視してしまったタゴサクは、即座に妄想ハーレムルートの世界へと旅立つ(大賢者ラクトは男なので、当然の様に妄想からは除外していた)。

 だが、他者から注目される事に慣れている二人が、タゴサクからの熱い視線に気付く事は無い。

 タゴサクの妄想は、妄想で終わる事が最初から確定していた。


「皆さんがここにいるという事は、やはり私達と同じ理由ですか?」


 タゴサクが妄想の世界に旅立っているとは知らないフローネは、ラクト達三人の姿を見て事情を察したのか、そんな言葉を口にした。 

 ラクトとコエンは頷く事でそれを肯定する。ちなみにタゴサクは、フローネに話し掛けられた事で舞い上がり、妄想の実現に近付いたと勘違いに忙しかった。

 



「あっ!」


 タゴサク以外は普段は一緒に行動しているからか、いつの間にか車座になって互いのパーティがこの場所に来るまでの経緯を話す事一時間。最初に我に返ったのはラクトだった。


「どうした?」

「今、試験中!」

「「「「「あっ」」」」」


 ここ三週間、試験の為に別々に行動していたせいか、話が弾んでしまっていた事に、今更ながら気付く五人。ちなみにタゴサクはフローネに(以下略)。


「そうだ、売店に行こうと思っていたんだ。ラクト達に会って、すっかり忘れていた」

「売店? そんなのがあるのか?」


 我に返ったエストが直前にしようとしていた事を口にすると、コエンが疑問の声を上げた。

 この場所に来てふざけた看板を見た瞬間(『ようこそスタート地点へ。心が折れた方はコチラ→』と書いてあったアレだ)に、タゴサクへの土下座に移行した為、周囲を見ていなかったらしい。


「ああ、あそこにある。その陰に隠れているのがシャワー室だ」

「それは助かるよ。丁度サッパリしたかったんだ」


 エストの言葉にラクトが嬉しそうな顔をする。迷宮での水の確保はコエンの役割で、それも魔力の節約の観点から、飲み水にしか使えなかったからだ。


「同感だ。では、売店で商品を見繕ってから、ゆっくりとシャワーを浴びる事にしよう」


 コエンの言葉をきっかけに売店へと移動する六人。そこでは約一ヵ月ぶりとなる、黒髪の同年代の少年――タゴサクが探している当の本人で、巷では大賢者と呼ばれている――、カズキとの再会が待っていた。


「いらっしゃい」

「「「「「カズキ(さん)!」」」」」


 一ヵ月ぶりに会ったカズキは、相棒のナンシーをゆっくりと撫でながらニヤニヤしていた。

 六人が運営の思惑どおり、最初の罠に嵌まってくれたからである。 


「久しぶりだな、みんな」

「うん、久しぶりだね。それで? ここでは何が買えるのかな?」


 罠に嵌まった恥ずかしさから、素っ気ない態度で応じるラクト。


「そうだな。水、食料、それらを入れる袋と。後は最初のトラップ攻略報酬で、ワイバーン肉とロック鳥、Sランク(超美味い)コカトリス肉とクラーケン各種の食べ放題かな」


 そう言いながら体をずらし、売店の奥にあるスペースを示すカズキ。

 そこにはカズキが言った食材の数々と、大きめの鉄板や網、火にかけられた鍋などがあり、冒険者ギルドのギルドマスターやエルザ、ソフィアとカリム。ジュリアンを始めとした学園の関係者が舌鼓を打っていた(ラクト達にとっては間の悪い事に、丁度昼食の時間だったのだ)。勿論、エリーやクレア、ミリアやアレンも一緒である。


「「「「「・・・・・・っ」」」」」


 一ヵ月ぶりの御馳走から漂ってきた芳香に唾を飲み込む五人。


「?」


 タゴサクはそんな五人に気付かず、何故タイマー型の腕時計が必要なのかを考えていた。

 高級食材とは無縁の生活を送ってきた彼だけは、誘惑に惑わされていなかったのである。


「なぁ、タイマーってもしかして――」

「「「「「無理! 我慢できない!」」」」」


 タゴサクがある仮説に辿り着き、それを確認しようと声を上げた瞬間、それは起こった。

 試験のクリアと、Aランクの魔物の単独討伐を目標に厳しく自身を律していた彼ら五人は、ここにきて緊張が解けてしまったのか、タゴサクを放置して、報酬として用意された御馳走に向かってしまったのだ。

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