第89話 遅れてきた男、再び
総勢三万にも及ぼうかというゴブリンの群れが、街道を我が物顔で歩く。
強力なリーダーであるゴブリンエンペラーに率いられた軍勢は、街道の先にある町を目指して、整然と行軍していた。
ゴブリンエンペラーは単体でもAランクに相当する力を持っているが、真に恐ろしいのは、自らが率いるゴブリン達の能力を強化してしまう事だ。こうなると同数以上の軍隊を用意し、かつ相当な被害が出る事を覚悟しなければならない。
それを知ってか知らずか、ゴブリン達の進行方向に立ちはだかった者がいた。
ランスリード魔法学院の制服である、紺色のローブに同色のズボンを身に纏った、黒髪黒目の少年である。
突然現れた少年の、只ならない気配を感じ取ったのか、ゴブリンの行進が止まった。
「・・・・・・悪いが、ここから先に進ませるわけにはいかねぇ」
少年はそう言って、腰に差した剣を引き抜く。
「グギャ! ゲギャギャ!」
対するゴブリンも、エンペラーの檄を受けて、臨戦態勢に入る。
高まっていく緊張感の中、先に動いたのは少年。それに呼応して、ゴブリンたちも少年に殺到した。
カズキ達が動き出したゴブリンを上空から追っていると、不意に前方が騒がしくなった。
「・・・・・・何やってるんだ? あいつ」
魔法で状況を確認したカズキが、呆れたように呟く。
「にーちゃん! 何があったんだ!?」
その様子から、カズキが状況を理解していると察したカリムが、カズキに疑問をぶつけた。ウェインも一緒にいるが、彼からは一言もない。
初めて空を移動する、という体験をしたウェインは、あまりの恐怖に目を固く閉じていたからだ。どうやら彼は、高所恐怖症だったらしい。
「タゴサクが一人でゴブリンと戦ってるな。なんでこんな所にいるんだか・・・・・・」
タゴサクは勇者の正統な末裔(多分)で、邪神を倒す事(カズキ達によって討伐済みだが、彼はそれを知らない)が自分の使命だと思っている少年の事だ。
ランスリード魔法学院に『剣帝』と『聖女』がいると二年以上前に聞かされ、二人に近付く為にトーナメントに参加した。
当然の話だが、
現在の彼は、マイネを『剣帝』、フローネを『聖女』、そして、クリスとジュリアンの悪ふざけを真に受けて、ラクトを『大賢者』だと思い込んでいて、三人を勧誘する為に学院に入学した。・・・・・・未だに話すら出来ていないが。
「タゴサク? ・・・・・・あぁ! フローネねーちゃんに瞬殺された人!」
カリムの言葉にカズキが頷く。
「そう、そのタゴサクだ。別に放っておいても死なないから、そのまま放置でもいいんだが・・・・・・」
かなり酷い事を、平然と言うカズキ。だが、これには理由がある。勇者の血を引く者達は、殺されても直前に祈りを捧げた教会で復活する事が出来るという、特殊能力を有しているからだ。――だからと言って、放置しても良いという事にはならないが。
「まぁ一応助けておくか。数少ない同級生の一人だし」
カズキはそう言って、ゴブリンの群れを飛び越して、タゴサクの後方に着地した。
「行ってくる!」
同時にカリムが飛び出す。三万を超える数のゴブリンを目の当たりにしても、カリムは臆する事はない。
むしろ、実戦を経験するいい機会だとばかりに、喜び勇んで突撃していった。
「・・・・・・凄いですね、カリム君は」
カリムが自分に気付いて向かってきたゴブリンを一刀のもとに切り伏せ、密集している所に魔法を叩きこんでいるのを見て、恐怖から回復したウェインが呟く。
「何がですか?」
「今カリム君が一太刀で倒したのは、Dランクに分類されているゴブリンナイトです。それもエンペラーによって強化された・・・・・・。そのゴブリンナイトをあっさり倒したという事は、冒険者ランクで言うとC以上の実力があるという事です」
「・・・・・・そうなんですか?」
意味が分からず首を傾げるカズキに、ウェインはカリムがした事を解説する。ゴブリンの見分けが付かないカズキには、今一つ理解できていないようだったが。
「さて、カリム君とタゴサクさん? の二人に任せておく訳にもいきませんし、私も行ってきます。カズキ殿は・・・・・・」
「エンペラーの相手は任せて下さい。後は適当に、周りのゴブリンを片付けておきます」
「お願いします。では!」
カリムに続いて突撃したウェインを見送ってから、カズキも役割を果たすべく、その場を後にした。
「【メガスラッシュ】!」
タゴサクが雷を纏い疾走する。並のゴブリンでは追いつけないスピードで、次々とゴブリンを屠っていたタゴサクが動きを止めると、その数が目に見えて減っているのがわかった。
「これは・・・・・・。まさかオラの隠された力が覚醒した!?」
戦っている最中に
少年は剣と魔法をバランス良く使い、騎士は見事な剣技でゴブリン共を寄せ付けなかったが、それだけで万を超える数のゴブリンをここまで減らす事が出来る筈もない。
それに、自分に襲い掛かろうとしていたゴブリンが天から落ちてきた稲妻に打たれ、次々と消滅していった事から考えても、自分の力が覚醒したと考えた方が自然だった。何しろ、雷を操れるのは、勇者だけだと古文書(攻略本)にも書いてある。
この付近に同族の気配が無い事から考えても、自分がやったのは明らかだった。勿論勘違いだが。
当然の事ながら、ゴブリンの大半を倒したのは、カズキの古代魔法、【トール】によるものであった。
カリムの修行の為、遠巻きに援護を行っていたカズキが、ついでにタゴサクのフォローをしただけである。
「・・・・・・後は、ボスを倒すだけだべ」
自分の力を信じて疑っていないタゴサクが、生き残りのゴブリンに向き直り、武器を構える。その両脇に、カリムとウェインも並び、やはり武器を構えた。
彼等の視線の先にいるのは、一際巨大で、威圧感を放っているゴブリンエンペラーを中心に、少し体格で劣るゴブリンキングが三匹。その四匹を守るように、通常のゴブリンよりも立派な体格をしたゴブリンロードが三百。
「ロード、キング、エンペラーが残ったか・・・・・・。流石に、エンペラーは抜け目がない」
ウェインやカリムが参戦してから、Dランクのナイトやソーサラーは散々倒したが、Cランク以上のゴブリンは全くと言ってもいい程に姿を見なかった。
カズキの魔法に脅威を感じたエンペラーが、自分の身を守ると同時に、カズキの消耗を狙ったというのが、その真相らしい。
「カリム君、後は任せましょう。エンペラーに率いられた上位種の相手は、我々では荷が重い」
「・・・・・・わかった!」
ウェインの言葉に、素直に頷くカリム。彼我の戦力差を冷静に見極めて、潔く身を引く決断をしたカリムに、ウェインは瞠目した。まるで、熟練の冒険者のような判断力である。
それに対してタゴサクは、自身満々で前に出た。『後は任せる』というウェインの言葉を、自分への言葉と勘違いしたのがその理由である。
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