第83話 ヒントは圧縮

 カズキの怒りに触れた悪魔が全滅すると、『時空の歪み』がある空間に静寂が戻って来た。

 それを確認したカズキは詠唱中の魔法を中断し、手に持っていた『魔剣』クラウ・ソラスを手放す。

 光の剣は消滅し、通常の時間が流れる世界にカズキは帰還した。

 先程迄いた悪魔たちの痕跡は、残っていない。

 そんな中、強い視線を向けて来る男がいた。カズキがそちらを見ると、責めるようにこちらを見つめるクリスがいる。彼は、何故かorzの体勢で、血涙を流していた。

 クリスが目論んでいた、『悪魔の武具を強奪して、借金返済』計画が、カズキの怒りによって、水の泡と消えてしまったからである。


「カッとなってやった。後悔はしていない」


 そんなクリスに対し、カズキは悪びれる事無く、堂々と言い切った。 


「・・・・・・そうね。これに関しては、カズキに非はないわ。余裕かましてさっさと倒さなかったクリスが悪いのよ」

「全くね。そうすれば、悪魔の親玉から不快な言葉を聞くこともなかったのに・・・・・・」


 魔王が滅んだ事で、調子を取り戻したエルザとソフィアまでがカズキに同調(いつもの事だが)してしまい、敗北を悟ったクリスが土下座に移行する事で、事態は収束した。

 万年借金男クリスの戦いは、これからも続くのだ。


「それじゃあチOオちゅーるを調達して、お城に戻りましょうか。カズキには色々と聞きたい事もあるしね」

「はい」


 ソフィアの言葉に頷いたカズキが『時空の歪み』に手を翳すと、大量のチOオちゅーるが召喚された。

 既に何度も行っている作業の為、極めて短時間で終了する。


「ニャーオ」

「はいはい」


 いつもはフローネの傍を離れないクレアが、カズキを見上げておねだりする。


「なんでクレアが付いてきたのかと思ったら・・・・・・」


 その様子を見て、ソフィアが納得の表情を浮かべる。食欲に忠実な所は飼い主フローネそっくりだった。




「【ラグナロク】? それが悪魔を全滅させた魔法なの?」

「はい」


 城に戻った一行は、学院で執務中のジュリアンを急遽呼び出し、――代わりにクリスが出て行った。勿論、借金返済の為だ――『時空の歪み』で使った魔法の詳細を、カズキ本人の口から聞いていた。


「魔法が効かない悪魔を滅ぼす魔法か・・・・・・。その発想はなかったな」


 感心したように呟くジュリアン。その声色には、カズキに対する尊敬の感情が含まれていた。


「そうね。それで聞きたいんだけど、【ラグナロク】という魔法は、全属性の攻撃魔法を強化するという認識でいいの?」


 カズキの魔法を実際に見たソフィアが、そう推測を口にする。


「・・・・・・えーと」

「確か、最初に使ったのは【コキュートス】だったわよね?」


 説明しようと口を開きかけたカズキに皆まで言わせず、ソフィアは先を続けた。

 いつもはそんな事もないのだが、今のソフィアは恐怖から解放された反動と、新しい魔法に触れた興奮で、半分暴走状態である。


「次が【レーヴァテイン】で、その次が【ダーインスレイヴ】。最後の方は一瞬だったからわからなかったけど・・・・・・」


 カズキに【フィジカルエンチャント】を掛けて貰ったにも関わらず知覚出来なかったので、ソフィアは相当悔しそうだった。


「・・・・・・最後は『時空の歪み』の前に【トール】が出現して、動きが止まった所を【ブリューナク】で串刺し?」

「正解」


 エルザの自信なさそうな言葉に、カズキが頷く。


「それで? 最後にはどうなるの?」


 面倒になったのか、それとも冷静になったのか、ソフィアは漸くその問いを口にした。


「最終的には、発動した全ての神話級魔法が融合して、対象の存在そのものが消滅します」

「「「・・・・・・」」」


 軽い調子で放たれたカズキの言葉に、三人は揃って沈黙した。カズキが全力を出した場合に、世界が消滅するのではないかとの危惧を抱いたからだ。

 そんな中、いち早く正気に戻ったのはジュリアンである。


「・・・・・・随分と物騒な魔法を創ったな。それならば、魔法の完成前に、悪魔が全滅したのは何故だ?」

「それぞれの魔法に、数十倍の魔力をぶち込んで圧縮した。ほら、最初に悪魔が現れた時に、魔法を物質化しただろ? それが通用したのを見て、仮説を立ててみたんだ。その結果、物質化する程の魔力を込めなくても、悪魔に魔法が通用する事がわかった」


 どうやら、チOオちゅーるの調達の際に、出現した悪魔相手に実験を繰り返していたらしい。


「・・・・・・そうか」


 カズキは簡単に言うが、ジュリアンはその方法が如何に難しいのか理解していた。

 何故ならば、カズキの言う方法とは、同じ魔法を数十同時に使用しているような物。

 二つ同時に魔法を使う事が精一杯な現状では、ジュリアンやソフィアの手に負える魔法ではなかった。


「・・・・・・待てよ? もしかして、そういう事なのか?」


 ジュリアンやソフィアの気も知らず、説明は終わったとばかりにカズキの意識は次に向かう。

 『圧縮』という言葉をキーワードにして、クリスの新しい剣に掛けられた魔法を思い出したのだ。

 こうなると、試さずにはいられないのが魔法使いの性である。

 三人からの好奇の視線を意に介さず、おもむろに次元ポストに手を突っ込み、中から手のひらサイズの銀塊を二つ取り出した。

 それを重ね合わせて両手に持ち、即興で呪文を唱え始めると、その体から黄色と紫色の光が発生する。


「現代魔法? 何をしようとしているの?」


 ソフィアの問いに答えるかのように、カズキの詠唱が終わりを迎える。


「・・・・・・神秘の金属よ、我が意に従い、一つとなれ。【コンプレッション】!」


 魔法が発動すると同時に、カズキの手の中で重ねられていた二つの銀塊が、眩い光を発する。

 やがて光が収まると、二つあった筈の銀塊は、一つになっていた。


「よし」


 それを見て満足げな顔をしたカズキは、手にした銀塊に魔力を込める。


「・・・・・・成功。これは予想以上だったな」


 掌に乗せたミスリルを見て、満足げな表情を浮かべるカズキ。

 周りを置き去りにしたまま、次元ポストにそれをしまおうとするところで、エルザがミスリルを強奪した。


「あっ」


 それで我に返ったカズキは、自分に集まる視線に、遅まきながら気付いた。


「で? 何やったの?」


 ミスリルを弄びながら、エルザがカズキを問い質す。


「うん。銀を圧縮して、それをミスリルにしてみた」

「何の為に?」


 エルザからミスリルを受け取り、それを眺めながらソフィアが尋ねる。


「圧縮すれば、持ち運びに便利かなと思って」

「成程。サイズはそのままで、容量を増やす事が出来るわけか。その分、重量は嵩むようだが、それは工夫次第だしな」


 ソフィアから回って来たミスりルの重さを確認しながら、ジュリアンが納得の声を上げる。


「そういう事。それに、圧縮したお陰なのか、その大きさの普通のミスリルと比べると、容量が四倍位になってる。これで、今まで作れなかったマジックアイテムも作れるようになったな」

「「「・・・・・・」」」


 カズキが何を作るつもりなのか戦々恐々とする三人をよそに、悪魔の殲滅と新しいミスリルの作成方法という二つの成果を上げたカズキは、上機嫌でナンシーのブラッシングを始めた。

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