第82話 そして誰もいなくなった
伯爵級の悪魔が『時空の歪み』を拡大している間にも、男爵級と子爵級の悪魔の出現は止まらなかった。
自分よりも階級が上の者に命令されれば従うが、命令がない場合は好き勝手するのが悪魔という種族の特徴でもある。
そんな彼らの目に、『時空の歪み』のすぐ傍に佇むクリスの姿が映る。やはり『時空の歪み』の傍らにいて、門を広げる事に集中している伯爵からは何の指示もない。
結果、彼らはクリスを喰らおうと動き、次の瞬間には消滅していた。
「・・・・・・愚かな。曲がりなりにも、相手はこの世界の戦神だぞ? 貴様等如きが敵う相手ではないとわからんのか」
魔王の命により、『時空の歪み』の拡大を行っている伯爵が独り言ちた。
今までの経験から、子爵級の悪魔を瞬殺出来るのは、神と呼ばれる存在しかいないと知っている。その中でも戦神とまともに戦えるのは、公爵以上の存在だけである事も。
そして、戦神は強者との戦いを求める。降りかかる火の粉は払うが、門を広げている伯爵の邪魔はしない。
事実、目の前の
少し離れた場所にいて、この世界の魔法使いと、聖女と思しき女を守っている、
時間を操る魔法のせいで二人が何を話しているのかはわからなかったが、どうせすぐに魔王に倒されるので、伯爵は気に留めていなかった。
彼は伯爵である自分が、二人に雑魚認定されている事を知らない。まして、二人が人間であるとは、夢にも思っていなかった。
クリスが散発的に襲い掛かってくる悪魔を暇つぶしに返り討ちにしていると、『時空の歪み』が急速に拡大を始めた。
倍の十メートルにまで拡大した『時空の歪み』から、伯爵以上の力を持つ存在が次々と現れる。
彼等は傍にいるクリスを完全に無視して『時空の歪み』へと向き直り、その場に膝を付いて頭を垂れた。
「お? いよいよ、親分のお出ましか?」
クリスがそう言うのと同時に、『時空の歪み』から漆黒の大鎌を携えた一体の悪魔が姿を現す。数多の世界を滅ぼしてきた、悪魔の王が顕現した瞬間であった。
「・・・・・・」
現れた魔王は無言で周囲を見回し、カズキ達四人の姿を認めると、不気味な笑みを浮かべた。
「ほう? この世界の神が二柱に、『聖女』と魔法使いの組み合わせか。察するに、そこの
現れた途端に、自信満々に勘違いを披露する魔王。実際には、チOオちゅーる調達の際に出現する邪魔な悪魔を駆除しに来ただけという、実に身勝手な理由なのだが、魔王にそれを知る術はない。
「神? ・・・・・・なぁカズキ。アイツは何の話をしてるんだ?」
「知らん。そんな事よりも、さっさとあいつらを駆除してくれ。実力から察するに、そこの大鎌を持ってる奴がボスだろう。そいつと周りの取り巻きを倒せば、次に魔界に繋がっても、こっちに来ようとは思わないだろうからな」
カズキは、自分の推測に酔っている魔王を無視して、この場にいる悪魔の殲滅をクリスに促した。
万が一逃がすような事になれば、軍勢を率いてリベンジに来る可能性が高い。その時にクリスがいれば、責任を取れと言って殲滅を押し付ける事が出来るが、
「言われなくても逃さないさ。ボスはそこそこやるようだが、取り巻きは大した事ないからな。・・・・・・臨時収入の当ても出来た事だし」
クリスの視線は、魔王が持つ大鎌と、取り巻きが装備している武具に向いていた。
「臨時収入? 成程、奴らの武具を強奪して売り捌けば、それなりの額にはなるか」
見れば、悪魔たちが装備している武具の中には、ミスリルやオリハルコン製の物が含まれていた。魔王に至っては、最上級とされる、アダマンタイト製の大鎌である。常に借金を抱えているクリスの目には、悪魔が札束を抱えているようにしか見えなかった。
だが、カズキの認識はクリスとは正反対である。その気になれば全てを自力調達出来る魔法金属に、カズキが価値を認めていないのは当然の話だった。
この認識の違いが、クリスにとっての悲劇の始まりである。そしてそれは、魔王の不用意な言葉が切っ掛けとなった。
「伯爵、ご苦労だった。貴様には聖女を与える。その手で八つ裂きにして、存分にその力を喰らうがいい」
「ハッ! 有難き幸せ!」
「他の者には、
「ハッ!」
魔王の指示に従って、配下の悪魔がそれぞれの獲物に対して向き直る。
だが、彼らは気付いていなかった。踏んではいけない虎の尾を、魔王が踏んでしまった事に。
「・・・・・・やべぇ」
最初に気付いたのはクリスだった。カズキが発する怒気を敏感に察したクリスは、目の前の悪魔たちを無視して、全速力でソフィア達の元へ後退する。
カズキから膨大な魔力が放出され始めたのは、その直後の事だった。見れば、カズキの口が何事かを呟いている。
クリスとエルザは、その光景に覚えがあった。具体的に言えば、邪神と対峙していた時に、カズキが未完成のテレポートを発動した時である。――今回放出されている魔力は、その時の比ではなかったが。
「ふむ、凄まじい魔力だ。これまで滅ぼしてきた世界の神とは比べ物にならない。・・・・・・だが残念だったな。私達悪魔には魔法が効かない。たとえ、神の放つ魔法であってもな!」
ドヤ顔で言う魔王と、それに同調してカズキを嘲笑する配下の悪魔たち。その笑みが凍り付いたのは、その直後の事だった。
不意に彼らの周囲の温度が急激に下がると、今この場にいる悪魔の中で一番弱い伯爵が凍り付き、次の瞬間には砕け散ってしまったのだ。
「何だと!?」
あり得ない筈の事が起こり、驚く悪魔たちを更なる悲劇が襲う。寒さで動きが鈍っていた侯爵級の悪魔たちが、カズキの詠唱に従って出現した炎の剣により、塵も残さずに焼き尽くされたのだ。
「馬鹿な・・・・・・」
辛うじて炎の剣に耐えた公爵級の悪魔たちには、闇色をした禍々しい形の剣が襲い掛かった。
半ば瀕死の状態だった公爵級の悪魔たちにこれを躱す術はなく、全身の血を吸いつくされて干からびた所に炎の剣の余波が襲い掛かり、やはり消滅した。
「・・・・・・」
一瞬で部下たちを失い、一人残された魔王は逃亡を決断する。
今までに数々の世界で神を殺して喰らい、その力を自分のモノにしてきた魔王には、甚大なダメージを受けたとはいえ、まだ余力があった。
部下たちがなす術もなく殺されていくのを尻目に、別世界の神から奪った防御魔法で身を守り、回復魔法で肉体を修復し続けていなければ危ない所だったが。
「【クロックアップ】」
魔王がカズキの魔法の間隙を突いて、時を司る神から奪った魔法を発動する。
悪魔が生まれつき修得している時間を操る魔法。それとは一線を画す【クロックアップ】は、魔王の持ちうる手札の中でも、切り札といえる魔法だった。
その効果は、自分より強い神と戦った時も、この魔法を使えば一方的に攻撃出来る程である。
この魔法を逃亡に使えば、カズキから確実に逃げられる。そう思う自分に苛立ちを感じる魔王だったが、他の世界の神を喰らって力をつけ、再び
「っ!」
その瞬間である。猛烈に嫌な予感を感じた魔王は、魔界へ繋がる門へと後数歩という所で急制動を掛けた。
見れば、魔王と『時空の歪み』の中間地点に、直視できない程の強烈な光の玉が発生している。
まさかと思い、ゆっくりと振り返る魔王。そこには、光り輝く剣を手にした
「・・・・・・」
魔王の表情に、絶望の二文字が浮かぶ。
数多の世界をぼしてきた魔王。彼が光速で放たれた土の槍に体を貫かれて滅んだのは、その直後の事だった。
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