第41話 カズキの勇者退治

 食後は、離れていた間の事をお互い話しながら、全員で街道を歩いた。


「へえ、実戦で【ブリューナク】を使ったのか」

「うん。退路を塞がれてたから仕方なくね」


 今は、ジャイアント・アントの襲撃に遭った時の話になっている。


「凄い威力でしたよ? 視界一杯全てがジャイアント・アントに埋め尽くされていたのに、【ブリューナク】の一撃で全滅しましたからね! あんな威力のある魔法は、お兄様かカズキさん位にしか使えないと思っていましたもの」

「その代わり、一撃でフラフラになったんだけどね。でも、その後は襲ってこなかったから、結果的には良かったのかな?」

「はい。お陰で、グリフォンの巣に辿り着くまでは、戦闘が一度もありませんでした」


 目を輝かせて話に聞き入っていたカリムが、手を挙げて質問の意思を示す。


「なあなあ、じゃいあんと・あんと? って強いのか?」

「そうですね、一匹だけなら然程強くありません。ゴブリンよりも弱いでしょう。ですが、ジャイアント・アントは群れで行動します。最低でも百匹以上の群れを作り、一斉に襲い掛かって来るのです」


 答えたのはマイネだった。


「最低で百匹!? そんなのと戦って、三人で勝っちゃうのか。流石、にーちゃんとパーティを組んでる人達は違うなぁ。恰好いいなぁ」


 子供ならではの純粋な賞賛の声に、悪い気はしない三人である。


「それで、その後はぐりふぉん? と戦ったんだよな? やっぱり強いんだろ?」

「はい。ヒッポグリフはさっき見ましたよね? グリフォンは、下半身が馬ではなく、ライオンなのです。討伐するには、Bランク以上実力を持つ冒険者が必要と言われているのですが・・・・・・」


 フローネはそこまで言って、カズキを見た。


「カズキさんに教わった方法で、わりと簡単に倒す事が出来ました。ジャイアント・アントの方が厄介だったかもしれませんね」

「そういえば、どうやって倒したのかは聞いてなかったな」

「それはですね・・・・・・」


 マイネは、カズキに伝授された合体魔法を使って、グリフォンを倒した事を説明する。


「アレか。よくグリフォン相手に決められたな。空を飛ぶ相手には厳しいと思っていたが」

「そこはラクトさんの機転のお陰ですね。【フラッシュ】でグリフォンが混乱しましたから」

「成程なぁ。考えたもんだ。やっぱりラクトには指揮官の才能があるんだろうな」

「そう思います。次元屋の跡取りでなかったら、公爵家にスカウトしたい位ですよ」

「宮廷魔術師もありですね。アレクサンダーの後継者候補として如何でしょう?」

「・・・・・・光栄です」


 二人が本気で言っているのかどうか判断が付かなかったラクトは、それだけを答えた。

 一瞬『それもいいかな』と思ってしまったのは内緒である。


「モテモテだな、ラクト」


 カズキにはバレていたのか、そんな事を言われてしまったが。


「なあなあ、にーちゃん。アレってなんだ?」


 ラクトの将来に興味を持たないカリムは、カズキの袖を引いて疑問を口にする。


「三人で連携して使う魔法の事だ。ラクト達が使ったのは――」


 そう言って説明するカズキであったが、不意に言葉を止めて前方を注視した。


「どうしたの? にーちゃん」

「賊が現れたようだ。商隊の馬車が襲われているな」


 カズキの言葉にラクトが反応した。


「助けないと!」


 そう言って駆けだすラクトの後を、全員が追いかける。

 現場に着くと、商隊と賊の戦いは、商隊が有利に進めていた。


「急ぐ必要はなかったみたいですね」


 マイネが商隊のロゴを見て呟く。


「はい。どうやら次元屋さんの商隊だったようですね」


 次元屋はラクトの実家の商店である。

 行商に出る従業員は皆、冒険者の資格を持っている事でも有名で、中には学院の卒業生も含まれていた。

 普通の野盗なら簡単に撃退する戦力を誇っているので、彼らを襲うのは次元屋を知らない賊か、だけである。

 その為、加勢に入ったラクトを含む次元屋のメンバーは、不覚を取らないように慎重に戦っていた。


「そうでもないぞ? どうやら勇者がいるみたいだ」


 賊の後方で偉そうに指示をしている人間を見て、カズキがそう言った。

 途端、商隊のメンバーに緊張が走る。


「チッ、やっぱりか! 総員! 荷物を捨てて退却するぞ!」


 リーダーの決断は早かった。

 勇者と遭遇した時のマニュアルに従って、即座に退却の指示を飛ばす。

 魔法使いたちが指示に従って、牽制用の魔法を詠唱し始めた。

 他のメンバーは馬車から馬を切り離し、荷物を置いて逃げる為に馬に跨る。

 勇者の目的は馬車の積み荷なので、荷物を置いていけば、追いかけてまで襲ってこないからだ。


「坊ちゃんも早く!」


 魔法で賊を蹂躙しているラクトの成長には驚いたが、勇者に勝てる程ではない。

 その為、引き際を間違えないようにとラクトにも声を掛けた。

 素直に下がるラクトに安堵の息を吐くが、そんなリーダーの目に信じられない光景が映る。

 肩に二匹の猫を乗せた学院生と思しき少年だけは、全く動いていなかったのだ。


「坊ちゃん! 彼を下がらせないと!」


 見殺しにする訳にもいかないので、リーダーはラクトに少年カズキを下がらせるように促した。


「大丈夫よ」


 そう答えたのは、ラクトと行動を共にしていた金髪の女性司祭エルザである。

 彼女は、リーダーの心配を他所に、少年と会話を始めた。

 距離があるのに会話が通じているのは、魔法を使っているのだろうか。


「こんな所に勇者がいるなんてね」

「全くだ。潰しても潰しても何処からか湧いてきやがる」

「目障りだから、さっさと潰しちゃって。高温で燃やし尽くせば弱体化するんでしょ?」

「うん。じゃあ、面倒だけどやるか。【レーヴァテイン】」


 少年が一言そう唱えると、並んで立っていた内の、右側にいた勇者があっという間に燃え上がった。

 唖然として見ている一行の前で、黒い棺が空を飛んで行く。勇者が倒された証拠だ。

 わざわざ現代魔法を使ったのは、人目を気にしたのか、パーティメンバーやカリムの為なのか。


「嘘だろ・・・・・・?」


 商隊の魔法使いが呆然と呟いた。

 圧倒的な戦闘力を誇る勇者が、何も出来ない内に一人倒されたのだ。

 それも、発表されたばかりの新しい魔法を、たった一言唱えただけで。 


「二匹とも狙ったのに、一匹には躱されたか。随分と勘が良いんだな?」

「貴様・・・・・・!」


 残った勇者も無事ではなかった。人ひとり燃やし尽くす程の高温に晒され、あちこち火傷をしている。

 だが、立ち止まったままだと魔法の餌食になる為、痛みを堪えてカズキの周りを移動していた。

 そして、不意にその姿が消える。

 次に姿を現した時は、カズキの背後から剣を振り下ろしていた。


「「「危ない!」」」


 商隊の人間から悲鳴が上がる。

 いくら少年が凄腕の魔法使いでも、接近戦では勇者には敵わないからだ。

 だが、予想は大きく裏切られる。

 いつの間にか抜いていた剣で、あっさりと勇者の斬撃を受け止めていたからだ。


「「「「なっ!」」」」


 勇者と商隊の面子から驚きの声が上がる。

 それも無理はない。勇者とまともに戦えるのは、『剣帝』と呼ばれるクリストファー位だと思われているからだ。


「・・・お前、今ナンシーを狙ったな?」


 突然、妙な事を言い出した少年の強烈な殺気に中てられ、勇者は飛び退った。

 彼にとっての不幸は、振り下ろした剣の軌道上に偶々ナンシーがいた(周囲の空気を読むこともなく、大あくびをしていた)事であったが、カズキには関係ない。

 

「・・・死ね」


 そう言って勇者にも反応出来ない速度で動いたカズキは、縦横無尽に剣を振るい、勇者をバラバラに切り刻む。

 止めに、今度は古代魔法の【レーヴァテイン】を使い、勇者を消滅させた。そして、再び飛んで行く棺。

 残っていた賊は、カズキへの恐怖から投降し、短くも激しい(一方的な)戦闘は終わりを告げた。

 次元屋の従業員に、畏怖を植え付けた事に気付かぬまま・・・・・・。

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