第33話 コエン・ザイムとの決闘
入学してから一か月が経った。
今日はコエン・ザイムとのランキング戦が行われる日である。
カズキはいつものように起きて、校舎の食堂で朝食を摂っている時にその事実を知った。
「ランキング戦? 誰が?」
「やっぱり覚えて無かった。ほら、入学二日目で決闘を挑まれたでしょ?」
そこまで言われてもピンと来る事は無かった。・・・・・・同じ日に十七連戦した事は覚えているのだが。
「お兄様に案内されていた時のことです。ボールが飛んできて、それをキャッチしたら決闘が成立したでしょう?」
フローネにも説明されて、ぼんやりとそうだった様な気がしてくる。
「そう言われると、そんな気がしてきたな。何時からだ?」
「九時から闘技場でやるみたいです」
マイネが寮の掲示板に書かれていたと教えてくれた。
このパーティのメンバーで、掲示板を律義に確認するのはマイネとラクトである。
カズキは学園行事に全く興味は無かったし、フローネは割と抜けているからだ。
「闘技場? 荒野じゃないのか?」
「ランキングのトップテン以内に入っている者同士が戦う場合、闘技場を使うのが一般的なのです。レベルの高い戦闘を生徒に見せて、発奮してもらうのが目的だとか」
「それって、違うランキング同士の決闘にも適用されるんですか? 下手すると凄い地味な試合になりそうですけど」
今回のように
「たまにありますけどね。つまらな過ぎて途中で帰ったりとか。大半の人は最後まで見ますけど」
「なんで?」
「トトカルチョが開かれるからです。だから退屈でも結果を確認するために残る人が多いのです」
「それはねーさんが喜びそうだな」
百パーセントカズキが勝つ試合である。エルザが参加しない訳が無かった。
「僕も賭けるよ。確実に稼げるから」
ラクトはこの日の為に依頼料を貯めていた。
前回トトカルチョがあったのだから、今回もあるだろうと踏んでの事だ。
「コエンはランキングが上がって二位になってたからね。カズキの倍率は凄いことになってるんじゃないかな?」
「コエンも可哀そうに・・・・・・。今日で二位から最下位に転落ですか」
カズキは魔法戦闘を挑まれたことが無いため、必然的にコエンは最下位になることが決定していた。
「知らなかったとはいえ、大賢者に勝負を挑んでしまいましたからね。同情の余地はありません」
カズキが只物ではないことが学院生に気づかれ始めていて、二日目以降は誰も挑戦者が現れなかった。
冷静になって考えてみれば、まぐれで十七連勝は出来ない筈だ。
しかも、最後の相手はランキング十位のエスト。疲れ切った体で倒せる相手ではない。
更には、エルザとの関係である。
彼女は事あるごとにカズキは自慢の弟だと公言しているのだ。
カズキも否定しないことから、『なんかやばそうだから挑戦するのは止めとくか』という空気が出来上がった。
幸い、今日はコエンとの決闘がある。
その結果を待ってから挑戦しても遅くはない、そう考える者が増えたのだ。
「結局目立っちゃいましたね、カズキさん」
当初の予定では、フローネの護衛をしながら適当に過ごすつもりだったのだ。
「学院長がジュリアンの時点で諦めたよ。後はねーさんもか」
カズキの入学に二人が関わっていた時点で、平穏な学院生活を送ることが難しいのは分かっていた。
「え? でもフローネさんと一緒に登校してきた時点で相当目立ってたよ? 騎士団が整列してお出迎えだもん」
「私はその場面を見ていませんが、凄い噂になっていましたね。フローネさんの護衛として付いてきた男は何者だ? って。それが面白くなかったから、コエンはカズキさんを標的に選んだのかと思ったくらいです」
王族なのに注目されないコエンと、フローネの護衛として注目されたカズキ。
さぞかし面白くなかったに違いない。
フローネを標的にしなかったのは、単純に勝ち目がないからだろう。
「ありそうですね。・・・・・・その結果最下位に転落か。そうなると次に狙われるのは先輩かな?」
「別に構いません。今なら負ける気がしないですし」
キマイラとの死闘で自信を付けたマイネは、学院の行事に興味を持たなくなっていた。
今の彼女の目標は、Sランクに上がることである。
「ラクトかもよ? ランキング十位だし」
先日、ラクトの次元ポストを狙って十位の魔法使いが決闘を挑んできた。
そうとは知らず、実力を試すために挑戦を受けたラクトは、十位を見事に返り討ちにした。
ランキングが十位になっていた事を知ったのは、翌日の事である。
それ以来、ラクトへの挑戦は途絶えた。
その時の対価一千万円を次元ポストの返済に充て、ラクトの経済状態は上向いた。
今ではクリスに食事を奢る程である(そしてソフィアにバレて土下座というのが、いつものパターンだ)。
「あの人、面倒臭いから勘弁して欲しいな」
「そうは言っても、下のランクの奴からの挑戦は断れないだろ?」
「そうだった・・・・・・!」
天を仰ぐラクト。
「フローネに挑戦する度胸はないだろうから、やっぱラクトで決まりだな」
フローネは通常戦闘でランキング二位になっていた。
キマイラ戦での戦い方に味を占めた彼女は、マイネと共にエルザに稽古を頼んだ。
その条件として出されたのが、ランキング二位との戦いである。
フローネは張り切って戦い、結果二位を圧倒。
それによってエルザの懐は潤った(フローネが負ける筈がないと知っていたエルザの、只の小遣い稼ぎである)。
そして、フローネに挑戦するものはいなくなった。
マイネに挑戦する者は元からいない。
学院只一人のAランクに挑戦するほど、無謀な者はいないからだ。
いるとしても、退学が決まっている者くらいである。
「はぁ。他の人に挑戦する事を願うしかないか」
「仮定の話で盛り上がってるところ申し訳ないのですが、そろそろ時間です」
マイネに促されて時計を見ると、決闘の時間が迫っていた。
「ホントだ。行こうカズキ」
「ああ。――どうせなら少し遊ばせてもらうか」
カズキはそう言って、不敵に笑った。
「レディィィィスアァァァァンドジェントルメーン! 今日は注目の対決だ! 入学二日目で武器戦闘のランキング十位になった大賢――じゃなかった、期待のルーキー『カズキ・スワ』と、先日魔法戦闘で二位になった『コエン・ザイム』の対決だ!」
「・・・・・・何やってるんだ? アイツ」
闘技場の控室で出番を待っていると、不意に知り合いの声が聞こえてきた。
「今、大賢者って言いかけたよね、クリスさん」
パーティメンバーは控室への出入りが許されているのを利用して、顔を出していたラクトがそう言った。
「いきなり素性がバレるところでしたね。全くお兄様は・・・・・・」
「あいつらしいけどな」
「そうですね。まさか『剣帝』が割と馬鹿、じゃなかった、迂闊な性格をしているなんて思いもよらないでしょうし」
「先輩も最近は言うようになったなー」
ここ最近の付き合いで、マイネはクリスに遠慮しなくなっていた。
「気持ちは良く分かるけどね。僕も最初は騙されてたし」
「外向けの顔だからな。行事とかでたまに見るくらいだと、本性は分からないし」
カズキがそう言った所で、控室に係員が呼び出しに来た。
「時間か。じゃあ行ってくる」
「何をするつもりかは知らないけど、程々にね」
「フミャー」
カズキの膝の上で寝ていたナンシーが、起こされて不機嫌そうに鳴いた。
「ごめんな、起こしちまって。後で埋め合わせはするから」
「ニャー」
「美味しい魚が食べたい? 分かった。じゃあ夕食はそうしよう」
「ニャッ」
魚を勝ち取ったナンシーは、上機嫌でラクトの肩に飛び乗った。
「ニャー」
「良い店を紹介しろってさ」
「分かった。考えておくよ」
満足気なナンシーの頭を撫でて、ラクトが答える。
「じゃあ客席で見てるから」
「「頑張ってください」」
「おう。今日はあぶく銭が入るから、高級な店でも構わないからな」
三人(+二匹)に見送られて、カズキは決戦の場へと向かった。
既にコエンはスタンバイしていて、カズキを見るなり偉そうに声を掛けてくる。
「剣との別れは済んだか?」
カズキは答えなかった。
その態度を誤解したコエンは、勝利を確信した笑みを浮かべてクリスに開始の合図を送る。
「それではこれより、魔法戦闘を開始する!」
可哀そうな顔でコエンを見てから、クリスは素直に勝負開始の宣言を行った。
同時に赤い光がコエンから放たれ、火の魔法を使おうとしている事が分かる。
それに対して、カズキも詠唱を始めた。やはり赤い光を放っている。
「炎よ、我に従え! 【ファイア・アロー】」
カズキはそれに対して、棒読みで詠唱を行う。
「炎よー、我が身を護る盾となれー。【フレア・シールド】」
コエンの放った炎の矢は、カズキの展開した炎の盾によって防がれた。
「ほう。運良く火の適正があったか。だが、今のは小手調べだ。その程度の魔法が使えた所で、私に勝つ事は不可能なのだからな」
カズキは答えずに、次の魔法の詠唱に入る。
「炎よー。矢となり我に従い敵を滅ぼせー。【ファイア・アロー】」
カズキの放った魔法は、コエンに簡単に防がれた。
「おーっと! 魔法が使えないと思われていたカズキ選手。コエン選手の魔法を防いで、即座に反撃だー!」
いつの間にか姿を消していたクリスが、客席からそんな声を上げる。
観客も、退屈な試合を見せられずに済みそうだと分かり、歓声を上げた。
「これにはコエン選手も驚いているようです。如何でしょう? 解説のジュリアン学院長」
「そうですね。今の所カズキ選手は火の魔法しか使っていませんが、他の魔法を使えるのならば勝機はあるでしょう」
白々しい会話をする兄弟に、会場の人間はすっかり騙されていた。
「勝機? 学院長の言葉を鵜呑みにしない方がいいぞ。その程度の魔法が使えるだけでは、この私には及ばぬのだからな」
コエンはそう言って、次の魔法の詠唱を始めた。黄色い光を放っていることから、土魔法を使うつもりなのだと分かる。
「土よ! 槍となり敵を貫け! 【アース・ランス】!」
「おーっと! コエン選手、カズキ選手が火属性の魔法しか使えないと踏んだか、今度は土魔法で攻撃だ!」
「どうする? 【アース・ランス】は火では防げんぞ?」
勝利を確信した笑みで言うコエン。
だが彼は忘れていた。
別に、全てを魔法で対応する必要がない事に。
カズキは飛来する槍をギリギリで躱し、コエンに肉薄すると魔法を発動した。めっちゃ棒読みで。
「炎よー。矢となり我に従い敵を滅ぼせー。【ファイア・アロー】」
「くっ。【アクア・シールド】!」
際どいタイミングで魔法が発動し、カズキの炎の矢はコエンに防がれた。
「おおっ!」
見事な攻防に、客席から歓声が上がる。
「今のは素晴らしい攻防でした! 学院長、如何でしょうか?」
「そうですね。剣士の身のこなしを生かした、見事な攻撃です。魔法戦闘と聞くと、魔法しか使えないというイメージがありますが、カズキ選手のような戦い方をするのも勿論アリです。これで勝負は完全に分からなくなりましたね」
ジュリアンの解説に、観客はヒートアップした。だが、カズキの動きを見たフローネとマイネは違う。
「フローネさんがキマイラと戦った時の動きに似てますね。あれがカズキさんの戦い方・・・」
「私もあの時は無我夢中でしたので、よく覚えていないんです。エルザさんに教わってはいますが、もう一度やれと言われても、出来る自信はありません」
この一か月、カズキと共に様々な依頼をこなしたが、基本的にカズキは何もしていなかった。
三人が危ない時に、魔法でフォローをするだけだったのだ。
「もしかして、私たちの戦い方の参考の為でしょうか?」
「そうでしょうね」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはエルザの姿があった。
「分かっているでしょうけど、今ので決める事も出来た。あの子はクリスと同じ天才だから、感覚的であなた達に教えるのは向いてないのよね。でも、戦い方を見せる事は出来るから、丁度いいと思ったんでしょう」
カズキが試合前に遊ばせてもらうと言った意味が分かった二人は、目を皿の様にしてカズキの動きを追い始める。
「やってくれたな。正直舐めていたよ。確かに身のこなしでは貴様には敵わない。だが、今ので決める事が出来なかったのは誤算だったな。もう私に油断はない。全力で相手をしてやる!」
一人で盛り上がっているコエンは、一方的にそう言うと、新たな魔法を発動した。
「【フレイム・ランス】!」
詠唱なしに魔法を発動し、今までよりも威力やスピードを増した攻撃に、またも歓声が沸いた。
「コエン選手、本気になったか!? カズキ選手危なーい!」
「魔力光が発生しない程の魔法です。あれではどんな属性の魔法が放たれるか分かりません。コエン選手、流石ですね」
そんな会話を他所に、カズキはまたもギリギリでギリギリ躱すと、やはりコエンに肉薄しようとする。
「【アクア・ランス】!」
そこに放たれる水の槍。
カズキは接近を諦め、回避に専念した。
「どうした! さっきの動きはまぐれだったか!?」
カズキは答えずに立ち止まった。そして、客席のパーティメンバーを見る。
「ん? カズキはどうしたんでしょう」
ラクトの疑問に答えたのは、エルザだった。
「飽きたみたい」
「へっ? 飽きた?」
「そう。もういいか? って顔をしてるわ」
「良く分かりますね・・・・・・」
「何度も見た顔だしね。二人はどう? もう少しカズキに遊ばせる?」
「いえ、大丈夫です」
「私も」
フローネとマイネの返事を聞いたエルザは、カズキに向かって頷いた。
放たれる魔法を見もせずに回避しながら、カズキも頷き返す。
「貴様! 試合中に余所見するとはずいぶんと余裕だな!」
「あ? 悪い、聞いてなかった」
今日初めて会話したと思ったら、こんな台詞である。当然のように、コエンは激昂した。
「【アイシクル・ランス】!」
今までで最大の魔力を込められた無数の氷の槍が、カズキに向かって放たれた。
「コエン選手、勝負に出た! カズキ選手はこれを凌げるのかー!」
楽しそうなクリスの実況とは裏腹に、客席からはコエンを非難する声が上がった。
「危ない!」
「コエンは何を考えているんだ! 殺す気なのか!」
「やり過ぎよ!」
それは至極真っ当な意見だったであろう。だが、生憎とカズキは普通ではなかった。
「【フレア・シールド】」
カズキが発動した魔法は、コエンの放った氷の槍をひとつ残らず蒸発させた。
その場に立ち込める水蒸気に、誰もが信じられないような顔をする。
例外は、カズキの素性を知っている者達だけであった。
「なな、なんと! カズキ選手、コエン選手の放った氷の槍を、炎の盾で全て蒸発させてしまったぁー!」
クリスの声に我に返った観客とコエン。
「何!?」
「おい、あんな事が可能なのか?」
「理論上は可能だ・・・。だが、相当の実力差がないと・・・」
「コエンはランキング二位だぞ!?」
「信じられん。あんな事が出来るのは、俺の知る限り学院長だけだ・・・・・・」
「という事は・・・・・・?」
「ああ。実力は学院長にも匹敵しているかもしれん」
「そんな奴が存在したなんて・・・・・・」
騒然とする観客達に向けて、ジュリアンが解説をする。
「凄いですね。火と水では、水属性の方が圧倒的に有利なのです。それを覆すには、皆さんの想像通り相当な実力差が必要となります。どうやら、今まで実力を隠していたようですね」
ジュリアンの白々しいセリフに、エルザとパーティメンバーは必死に笑いを堪えていた。
「貴様・・・・・・。今まで実力を隠していたのか」
コエンは忌々しそうな顔で、カズキを睨みつけた。
「別に隠した訳じゃない。お前が勝手に勘違いしただけだ」
カズキはそう言って、肩を竦める。
「さぞかし良い気分だったろうな。だが、私とて――」
「【ファイア・アロー】」
コエンの言葉を途中で遮り、カズキは魔法を発動した。
「【アクア・シールド】! 貴様! 話の途中で」
「あ? 試合中なんだから話も糞もないだろ。油断する方が悪い」
「ふん。だが残念だったな。もう魔力が残っていないのだろう? その程度の魔法では私を倒す事は出来んぞ」
カズキは答えずに、再び同じ魔法を放った。だが、コエンに簡単に防がれる。
「どうした! 集中が切れたか!? 魔力光が漏れているぞ? どうやら、火属性の魔法しか使えないようだな」
火の魔法ばかり使うカズキの様子に、コエンはそう断定した。
「どうやらお前も、マイネと同じ加護を持っているようだな。それならさっきの事も説明がつく。その髪は染めたのか? 成程、そうすれば加護持ちだとバレることもないだろう」
余裕を取り戻したコエンは、調子に乗って的外れな事をペラペラと話し続ける。
カズキは答えずに、同じ魔法を放ってはコエンに防がれていた。
「エルザさん、カズキは何をしてるんですか?」
カズキの謎の行動に、ラクトは解説役のエルザを振り返る。
「今度は魔法の使い方講座じゃない? 多分だけど」
自信がないのか、エルザも不思議そうにカズキを見ていた。
「さて、一瞬肝が冷えたが、そろそろ終わりにするか。その様子では、さっきと同じことはできないだろう?」
【アクア・シールド】でカズキの魔法を防ぎながら、コエンは勝利宣言をした。
「本当にそう思うか?」
「当然だ。加護を持っているお陰でまだ魔法を使えるのだろうが、目に見えて威力も落ちている。これで終わりだよ」
カズキの体から赤い光が放たれた瞬間、コエンは反射的に【アクア・シールド】を張っていた。
往生際の悪い奴だと思いながら、カズキの次の魔法を押し返して終わりにしようと、魔力を集中する。
だが、その目論見は外された。
「【トンネル】」
突然足元の地面がなくなり、コエンは浮遊感を味わった。
一瞬の後に、足首に激痛が走る。気付けば肩までが穴に嵌まっていた。
カズキの鬼畜な所業に、客席から笑いが起こる。
彼らは、カズキがコエンをおちょくっていることに気付いたのだ。
「貴様! 何をした!」
「見ての通りだ。魔法で足元の土を掘った」
「何だと! 貴様は火属性しか使えない筈だ!」
「勝手に決めつけるなよ。お前の悪い癖だ」
「だが、魔力光は!」
「これか? フェイントだ」
「「「「「フェイント?」」」」」
カズキの謎の言葉に、会場中の声が揃う。
「例えばだが、さっきのように赤い魔力光を見れば、火属性だって思うよな? それだと簡単に対策できるだろ? 対抗属性を使えればそれを使えばいいし、使えなければ他の手を考えられる。ならその裏をかかれたら? って思った訳だ」
誰も考えなかった事を実行したカズキに、会場中が静まり返った。
そんな中、一人納得しているのはラクトである。
「『属性バレバレ事件』の時から考えてたんだろうなぁ」
『属性バレバレ事件』とは、ワイバーン退治に向かう途中、ラクトが魔法の訓練をしていた時に、カズキが使った言葉である。
「なにそれ?」
不思議そうなエルザに、ラクトは当時の事を説明した。
「成程ねぇ。あの子の考えそうな事だわ」
「『だが、使いこなすのは相当難しいだろう。古代魔法の同時使用なんて事を可能にする、カズキならではのアイデアだろうな』」
突然ジュリアンの声が聞こえた。彼らとは離れているので、魔法を使っているのだろう。
「学院長でもですか?」
「『試したことは無いが、難易度は古代魔法の同時使用と然程変わらないと思う。悔しいが、今の私では無理だろう』」
「それって結局、カズキにしか使えないんじゃ・・・」
「『そうかな? 私も含めた君たちの前で披露したのだから、カズキは出来ると考えていると思う。大賢者からの挑戦状といった所かな?』」
ジュリアンの言葉は笑みを含んでいた。
「カズキさんは、幾つの魔法を同時に使えるのですか?」
会話を聞いていたマイネが興味深そうに質問した。
「『私の知る限りでは四つだな。尤も、その時のカズキにはまだ余裕があったから、それ以上かもしれないが』」
ジュリアンは、王宮での出来事(セバスチャン土下座)を思い出しながら言った。
「「・・・・・・四つ?」」
「『そう、四つだ。それに比べれば、簡単に思えないか?』」
「「・・・・・・そう言われると、そんな気がしてきました」」
勿論気のせいであるが、そう思うだけで出来るかもしれないという気になるのだから、不思議な話である。
「『そうだろう? この会場にいる魔法使いも、カズキの真似をして練習するだろう。魔法を使う魔物にも有効な方法だからな。そして、この事は冒険者ギルドを通して世界中に広めるつもりだ。誰が最初に物にするか競争だな。・・・・・・まあ、私が一番最初だろうが』」
楽しそうなジュリアンに煽られて、二人がムッとした。
「負けませんよ」
「私もです」
「『そうそう、その意気だ』」
ジュリアンの思惑通り、二人はあっさりとやる気になった。
「楽しそうですね」
「そうね」
関係のない二人は、ラクトとマイネを微笑ましそうに見ている。神聖魔法は、魔力光が発生しないからだ。
「『さて、コエンが穴から抜け出したようだ。そろそろ決着だな』」
見ると、コエンが何とか這い出している所だった。
体力の限界が近いのか、肩で息をしており、立ち上がろうとして激痛に顔を顰めている。
「降参すれば?」
「ふざけるな!」
親切心からカズキは言ったが、コエンは拒否した。
「そうは言っても、もう打つ手はないだろ?」
そう言われたコエンは、ニヤリと笑った。
「『勝手に決めつけるな』。貴様が言った言葉ではなかったか?」
「確かに言ったけどさー、そこからどうやって逆転するわけ?」
「こうやってだ!」
コエンは叫んで次元ポストに手を突っ込む。
そこから取り出したのは、一見すると銀で出来た小振りの杖だった。よく見るとボタンが付いている。
「マジックアイテムか。その大きさのミスリルなら、強力な魔法を込める事が出来そうだな」
「ほう? 良く分かったな。マジックアイテムにも精通しているのか。ならば分かるだろう。貴様では防げないことが!」
そう言いながらコエンはボタンを押した。
その途端、猛烈な炎が噴き出し、それは剣の形をとる。
「おーっと! コエン選手の持つ杖から炎の剣が現れた! 学院長、あれは!?」
クリスが驚いた声を出して、ジュリアンに解説を求めた。
それが微妙に棒読みな事に気付いたのは、カズキの関係者だけである。
「マジックアイテムは、古代の魔法使いにしか作れません。そして、あの形状、炎が剣の形をしています。恐らくは神話級魔法の一つ、【レーヴァテイン】ではないでしょうか? ・・・・・・古代にも完成させた奴がいたのか。威力は然程でもないようだが」
ジュリアンの独白は、客席からのどよめきに掻き消された。
無理もない話である。遺失している神話級魔法が、現代に蘇った瞬間を目撃したのだから。
「あれが【レーヴァテイン】ですか。カズキさんが使った【コキュートス】と比べると、迫力が足りませんね」
「マジックアイテムは汎用性のために、本来の威力を犠牲にしていると学院長は言っていましたけど」
「そうなんですね。それにしても威力が・・・・・・。私の全力より少し強い程度にしか思えないのですが」
「『仕方あるまい。あれを作ったのは、カズキよりも遥かに劣る術者の様だからな。というか、当時の魔法使いに、カズキ程の術者がいたかどうかも怪しいが』」
ジュリアンの言葉に、マイネは問い返した。
「カズキさんはそんなに凄いんですか?」
「『嫉妬を覚える程にな。恐らく、私の力量は当時の魔法使いと比べても遜色ないと思う。その私から見ても、カズキの底が解らないのだ。魔力の大きさは言うに及ばず、制御力、精度もさっぱり想像が付かない。事実、古代の魔法使いが伝えた魔法は全て覚える事が出来たが、カズキのオリジナル魔法はさっぱりだ。そこまで行くと、最早神の領域だな』」
予想以上の答えが返ってきたが、天才と謳われたジュリアンが言うのだから、マイネには信じるしかなかった。
その間にも状況は進み、今度はコエンがカズキに降伏を薦めていた。
「古代魔法は、発動を術者の任意で出来るらしくてな。貴様が如何に優れた魔法使いでも、古代魔法を防ぐ程の実力はないだろう? その前に降参した方がいい。その若さで死にたくはあるまい?」
「冗談だろ? 逆に聞くが、どうしてその程度で俺に勝てると思った?」
「減らず口を! ・・・・・・まあ良い、『聖女』エルザがこの場にいるのだから、運が良ければ体が欠けても死なずに済むかもしれん。精々自分の運を信じる事だな」
勝利を確信したコエンは、そう言って炎の剣をカズキに向けて発動した。
同時に観客の悲鳴が上がる。コエンを非難する声も上がった。
誰もが惨劇の起こる瞬間を想像したが、結果的にはその予想は裏切られた。
「【アイス・ウォール】」
カズキの張った氷の壁に炎の剣が衝突し、その次には炎の剣が消滅していたのである。
驚いたのはコエンだけではなく、観客もであった。
「なん・・・・・・だと? 古代魔法を防いだというのか?」
「だから言ったろ? ・・・・・・さて、今度は俺のターンだな。覚悟はいいか?」
カズキはそう言って、魔法を発動した。
「【ファイア・アロー】」
「【アクア・シールド】!」
コエンの足元を狙って放たれた魔法は、水の障壁をあっさり蒸発させ、その威力の余波で、コエンを吹き飛ばした。
「【ウィンド・カッター】」
続いて放たれた魔法の余波で、体中に切り傷が出来る。
「【ストーン・アロー】」
「待て!」
「【フリーズ・アロー】」
「待ってくれ!」
「【ライト・アロー】」
「分かった!」
「【ダーク・アロー】」
直撃していないにも関わらず、六属性全ての攻撃魔法を喰らったコエンの心は折れた。
全て初歩的な魔法なのに、コエンの全力を上回っているのだから、仕方のない事である。
「降参だ! 降参するから!」
最後は叫ぶようにして降参を宣言。
こうして決闘は終わりを迎えた。
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