第16話 カズキ、上級生に決闘を挑まれる

 翌日の午後。

 運動場に行ってみると、昨日のように生徒たちが集まっていた。

 昨日と違うのは、誰も制服を着ていない事だろうか。

 そして、誰もがどこかしらに怪我を負っている。

 怪我が無いのはカズキ達三人だけであった。


「うわぁ、難民が集まってるみたいだ」


 ラクトの言葉が端的に状況を表していた。

 皆、思い思いに座り込んでおり、昨日のように話をしている者もいない。

 時折聞こえるのは、傷の痛みに呻く声のみであった。


「諸君。おはよう」


 そこに声が掛かる。

 皆がノロノロと視線を上げると、この学院の学院長であるジュリアンが立っていた。


「皆に残念なお知らせがある。昨日付で三十二人が退学した」


 その声にカズキが同級生たちを見回すと、確かに昨日よりも人が少なくなっているようだった。


「どうしたのでしょう?」

「さあな」


 フローネとカズキの会話が聞こえたのかどうかは分からないが、ジュリアンが説明を始める。


「三人は再起不能の重傷を負って、学則により退学。残りは怪我の軽い者が多かったが、治療中に退学の意思を伝えてきた。この学院でやっていく自信が無いというのが理由だ」


 そこまで言って、ジュリアンは生徒たちを見回した。


「今言ったように、この学院では再起不能の怪我を負う事は珍しくない。場合によっては死ぬ事もある。昨日言い出せなかった者もこの中にはいるだろう。遠慮はいらない。無理だと思うものは、今すぐここから立ち去るように。迷っている者は、よく考えてくれ。なにも戦う事だけが人生ではないのだからな」


 その言葉に、生徒たちは周りの者の顔色を窺い始めた。

 カズキも、フローネとラクトに聞いてみる。


「二人はどうするんだ?」


 フローネは即答した。


「私は残ります」

「そうか。ラクトは?」

「僕も残るよ」


 ラクトも即答である。

 カズキは感心した。フローネは別として、ラクトの肝が据わっている事に。

 そんな事を考えていると、ラクトに聞き返された。


「カズキはどうするの?」

「俺? 別に辞めてもいいんだけどさ。卒業しろってうるさいから」

「誰が?」

「ねーさんが」


 何故か実の姉になっていたけど、と思いながら返答する。


「エルザ様が? 弟の将来を考えるなんて、流石は聖女さまだね」


 ここにも聖女モードに騙されている人間がいた。


「・・・・・・そうだな」


 ラクトの幻想を壊すのも忍びなくて、カズキは曖昧に同意する。

 どうせ近いうちに会う事になるのだから、それまでは夢を見せておこうと思ったのだ。

 そんな話をしていると、半数近くの生徒が寮へ向かって歩いていくのが見えた。

 皆、一様にホッとした顔をしている。


「結構減ったな」

「そうだね。昨日の出来事にショックを受けた人が多いみたいだ」

「ラクトは大丈夫なのか?」

「僕は昨日は何もしてないし、2年前から冒険者として活動しているからね。邪神討伐軍への輜重隊の護衛とか」

「それは凄い。よくそんな仕事を受けたな」

「そうですね。冒険者に任せる仕事ではないと思いますけど・・・・・・」

「普通はそうなんだけどね。うちの店に食料の大量発注が来てさ。人手が足りないから冒険者を雇って持って来てくれって、結構な額を貰ったんだよね。で、うちの方針は・・・・・・」

「成程。自分の所から人を出せば依頼料が浮く、と」

「そういう事。そんな訳で僕も駆り出されたって訳」

「スゲーな。次元屋ってそんなに戦える奴がいるのか」

「うん。この学院の卒業生が結構いるから。そういう人が従業員の戦闘訓練とか、魔法を教えたりとかするからね」

「次元屋さんは、各国の軍を除けば世界有数の戦力を持っていますからね。下手に手出しすると痛い目に遭うので、山賊や野盗も手を出さないとか」

「マジで?」

「はい。騎士団を辞めた方の再就職先としても人気がありますよ?」


 フローネの説明にカズキは納得した。

 そんな環境にいれば、昨日の戦い位では動じる事もないだろう。

 フローネを取り囲んでいた上級生に対し、二人で戦うと言っても余裕があったのは、ラクトからすれば、昨日の上級生など、ちょっと強いだけの一般人に過ぎなかったという訳だ。


「次元屋って、世界征服でも狙ってるのか?」

「そんな訳ないだろ。元々は、勇者に対抗するための戦力なんだから」

「そうなのか?」

「そうだよ。・・・・・・あいつらって、取り巻き連れて隊商とか襲ってくるからさ。その為には自衛しないといけないからね。まあ、五年前に何かあったらしくて、最近は頻度が減ったけど」

「ああ、クリスが暴れたってやつか。その時に奴らの取り巻きが減ったから」


 昨日聞いたばかりの話だったので、何気なく口にしてしまったカズキ。


「え!? 何の事!? 初耳なんだけど!」


 そして、それに喰い付くラクト。


「あれ? この話って、しちゃいけないやつなのか?」

「いえ、割と有名な話だと思いますけど・・・・・・」


 カズキに聞かれたフローネはそう返答した。


「それならいいか。簡単に言うと、入学式でクリスが俺と同じ事をしたって話なんだが」


 そう言って、ダマスカス鋼の剣の事を除いて真相を話した。


「そんな事があったんだ・・・・・・。流石はクリストファー殿下だね。国民の為を思って下さったんだ」


 ラクトは、剣帝モードにも騙されていた。

 事実を知っているカズキとフローネは、生温かい表情でラクトを見守っている。

 こうやって英雄は美化されていくのだろう。


「まあ、そんな訳だから。外出するときは俺と一緒にいない方が良いかもな」

「それって、カズキも同じことするから?」

「そういう事だ。マサト・サイトウも捕まったし、今までよりも安全に旅が出来るようになるだろ」

「え!? あいつ捕まったの!?」

「ああ。一昨日の夜にな」

「そうなんだ・・・・・・。どうやって捕まえたの? 知ってるんでしょ?」

「クリスが一撃で首を刎ねた」

「へえ。流石は殿下だね。・・・・・・ん? 一撃で?」

「それがどうかしたか?」

「どうかしたかって・・・・・・。勇者だよ!? そんな簡単に倒せたら苦労しないよ!」

「そんな事言われてもなぁ」

「勇者一人倒すのに、最低でも手練れが百人は必要だって言われているのに! それをたった一撃で?」

「流石にそれは大袈裟すぎないか?」

「そんな事ないよ! うちは、勇者に遭遇したら、荷物を捨てて逃げるようにって、マニュアルまであるんだから!」

「そうなのか・・・・・・」

「そうなんだよ!」


 カズキには理解できない話だったが、一部の人間を除けば、勇者とは恐怖そのものなのである。


「悪かったから落ち着いてくれ。でも、さっきの話は事実だぞ? 俺もその場にいたし、ジュリアンも確認してるからな」

「カズキもいたの!?」

「落ち着けって。そういう訳だから、嘘じゃないぞ」

「はぁ~。昨日から驚いてばっかりだよ。もう他にはないよね?」

「他って何が?」

「何がって言われると分からないけど・・・」

「自分で言ったんじゃねーか」

「そうなんだけどさ。まだまだ一杯ありそうだから」

「じゃあ、心の準備だけしておけば?」

「そうするよ・・・・・・」


 ラクトが落ち着いた所で、ジュリアンから声が掛かった。


「君たち。そろそろいいかな?」


 わざわざ話が終わるのを待っていたのだろうか。

 そこには、ジュリアンとカズキたち三人以外誰もいなかった。


「あれ? 他の連中はもう校舎に入ったのか?」

「いや? みんな帰ったぞ」

「「「へ?」」」


 三人の声がハモる。


「君たち以外は、全員が退学だ」

「・・・こんな事ってあるんですか?」


 ラクトの問いに、ジュリアンが答える。


「よくある事ではないが、全くない事でもない。試験で良い成績を修めるのと、実戦で戦えるかどうかは、全く別の話だ。最近では5年前だな」

「また5年前か。それって勇者の取り巻きが手加減しないからじゃないのか?」

「それはあるかもしれないが、どの道一度の戦いで戦意喪失するようでは話にならん。試験方法の見直しが必要な時期が来ているのだろう」

「邪神も討伐されましたからね。今は目標を見失っているのかもしれません」

「フローネの言う通りだな。・・・・・・さて、そろそろ校舎に入るか。ついて来てくれ」


 ジュリアンの後について校舎に入ると、あちこちから視線を感じた。

 中には、あからさまに殺気を向けてくるものまでいる。


「・・・・・・なんか殺気を放ってる奴がいるんだけど」

「ここでは、全員がライバルだからな。そこに上級生や下級生の区別はない。まして、入学二日目で制服を着ている奴もそうはいないからな。大抵は初日で使い物にならなくなる。それをまだ着ているという事は、手練れか、馬鹿のどっちかだ」

「ふーん」


 カズキは興味なさそうに返事したが、ラクトは途端に落ち着かなくなった。


「ど、どうしよう。全然知らなかった。今からでも脱いだ方が良いかな?」

「好きにすれば? というか、知らなかったのか? 次元屋には卒業生がいるんだろ?」

「誰も教えてくれないんだよ! 入ってのお楽しみとか言って・・・」

「私もそう言われていました」

「へー、何でだ?」


 カズキは、答えを知っているであろうジュリアンに聞いた。


「この学院の目的が、強い者を育てるためだからな。対策を立ててから入学しても、突発的な事態に対応できないようでは意味がない。冒険者の君ならわかるだろう?」

「そうですね。情報に踊らされて依頼を失敗する冒険者もいますから。成程、だからこの学院の情報が外に漏れないんだ。対応力を養うために・・・・・・」


 ラクトが感心の声を上げる。

 だが、カズキは騙されなかった。


「で、本当のところは?」

「自分達と同じ苦労をしやがれと思っている人間が多いからだろう。別に口外禁止という訳でもないしな」

「そんな事だろうと思ったよ」

「え!? 嘘だったんですか!?」

「まあ、全くの嘘という訳でもないがな。予習してきた人間ほど脱落するのが早い傾向があるのも確かだ」


 そんな話をしながら歩いていると、カズキに向かって何かが飛んできた。

 反射的にキャッチすると、柔らかいボールに紙が巻かれいる。

 紙を広げると文字が書いてあって、そこにはこう書かれていた。


『 三年生コエン・ザイムは、銀製の剣を賭けて魔法勝負を挑む。

  対価  一千万円                   』


「何だこりゃ?」


 紙を広げて読んでいると、前方から一人の男が現れた。

 中肉中背で、学院の制服よりも動きやすそうなローブを身にまとい、とどめに左手に杖を持っている。

 どこから見ても魔法使いですよと言っているような装備であった。


「学院長。これで勝負は成立ですね?」


 カズキ達を無視して、その男はジュリアンに語り掛けた。


「コエンか。少し待て、確認する」


 そう言って、カズキの持つ紙を取り上げた。

 そして、内容を見て頷く。


「学院長ジュリアンの名において、この勝負を承認する」

「有難う御座います」


 コエンとやらは、ジュリアンに頭を下げてから、カズキに向き直った。


「コエン・ザイムだ。君の名を聞かせて貰おうか」


 そして、上から目線で名を聞いてくる。


「カズキ・スワだ。一体これはどういう事だ?」

「それについては私が後で説明しよう。コエン、勝負は一か月後だ、構わないな?」

「はい。承知しています」

「よろしい。では、それまで励みなさい」

「はい。失礼します」


 カズキを置き去りにしたまま会話は進み、コエンはカズキの横を通り過ぎようとして、一瞬立ち止まった。


「悪く思うなよ。お前にその剣は相応しくない。俺が有効に使ってやろう」


 そして、そう言って格好つけた後、今度こそ立ち去った。


「何だ? あの雑魚っぽい奴は」


 カズキがそう言ってコエンを見ていると、様子を窺っていた他の生徒たちの会話が聞こえてきた。


「チッ、先を越されたか。俺もあの剣を狙ってたのに」

「まったくだ。対価を考えている間に上手くやられたな」

「あの剣って、幾らするんだろうな。相当な業物だという事は分かるんだが」

「さてな。・・・・・・しかし、あの新入生もついてないな。あのコエンに目を付けられるなんて」

「ああ。まあ、いい勉強になったんじゃないのか? どこのバカ貴族か知らないが、これで世間知らずも治るだろ」


 上級生たちは、聞えよがしにそう言いながら立ち去って行った。

 カズキ達三人は、事情を聞こうとジュリアンに視線を向ける。

 視線に気づいたジュリアンは頷いて、


「とりあえず教室に案内しよう。そこで詳しい話をしようじゃないか」


 そう言って、三人を連れて歩き出した。

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