第15話 本当にあった酷い話

最後の一人を片付けて、カズキは周囲を見回す。


「終わりっと。せんせー、終わりましたけど」


 終了の合図が無いので、近くの教官に声を掛けた。

 その声に我に返った教官が、声を張り上げる。


「し、終了だ! 新入生の勝利!」


 だが、その声に歓声は上がらなかった。

 生徒はカズキ達三人以外は残らず気絶しているし、教官達は信じられない物を見て呆然としていた。

 ラクトも同様である。普段通りなのはフローネだけだった。


「お疲れさまでした。カズキさん」

「フローネもな。・・・・・・ところで、この後どうするんだろ?」

「さあ? ラクトさんは何か知っていますか?」


 その言葉に我に返ったラクトが答えた。


「い、いえ。わかりません。教官に聞いてみた方が・・・・・・」

「今日は、これで終了だ」


 そこに、後ろから声が掛かった。

 知らぬ間にこちらに来ていたジュリアンである。


「明日は午後からになる。それまで、ゆっくり体を休めてくれ」

「午後から?」

「そうだ。君たち以外は、ほとんどの者が怪我をしている。魔力を使い果たした者も多い。今から治療するにしても時間が掛かるからな。明日の午前中一杯は無理だろう」


 ラクトの問いに答えたジュリアンが、カズキを振り返った。


「済まないが話がある。部屋に案内してくれ」

「なんで?」

「ナンシーの・・・・・・」

「さあ行くぞ! 早くしろ」


 ジュリアンの言葉を遮って、カズキは足早に歩き始めた。


「やれやれ、相変わらずだな」

「カズキさんですから」


 ジュリアンとフローネが顔を見合わせていると、カズキの姿はとっくに見えなくなっていた。


「我々も行くか。ああ、ラクト君」

「な、なんでしょう」

「カズキとフローネを頼むよ。数少ない同年代の友人だからね」

「こ、光栄です!」

「ふふ。よろしくお願いしますね? ラクトさん」

「は、はい!」


 直立不動で返事をするラクトを残して、二人は立ち去った。




 カズキが部屋に戻ってくると、エルザはまだそこにいた。


「お帰り。入学式どうだった?」

「どうもこうも。毎年あんな事やってんの?」

「そうね。学院設立当初から続く伝統みたいよ?」

「やな伝統だな・・・・・・」


 そう答えながらも、カズキの視線はナンシーを探していた。

 ナンシーは、クレアと一緒にクッションの上で丸くなっている。

 カズキが二匹を撫でても、ピクリと耳を動かしただけで起きる気配はなかった。


「ねーさんは、ジュリアンが学院長やってるのを知ってたよな?」

「ええ、去年からやってるわね」

「じゃあ、俺が学院に入る事も知ってたの?」

「知ってたわよ?」


 当たり前のように答えるエルザ。


「いつから?」

「一年前かしらね」

「そんなに前から計画してたのかよ・・・・・・」

「だって、入学試験の受付は一年前からだもの」

「どうして本人に話が通ってないのさ」


 若干拗ねた様子でカズキが聞いた。


「だって、邪神と戦わないといけないじゃない。二年もかかるなんて思ってなかったし」

「それはまあ、そうかもしれないけど」

「本当は、入学試験も受けてもらう予定だったのよ?」

「えー。興味ないのに」

「駄目よ。私の弟としては、学院位卒業してもらわないと」


 エルザの言葉を聞いて、「教育ママみたいだ」と思ったカズキは、今の言葉に何か違和感を覚えた。


「・・・・・・ひょっとして、ねーさんが発案したのか?」

「そうよ。カズキ・アルテミスの名前で申請したわ」

「はい? なんで俺の名字がアルテミスになってんの?」

「私の弟なんだから、当たり前でしょ?」

「そんな当然のような顔して言われても・・・・・・」

「なに言ってるのよ。戸籍もそうなってるのに」

「・・・・・・え?」


 初耳であった。


「どういう事?」

「だから、あなたは私の弟になったのよ」


 そこで、カズキは先程のフローネとの会話を思い出した。

 孤立したフローネを魔法から助けた後の、口裏を合わせる為の内緒話の時である。

 あの時、『カズキはエルザの弟で、三人で旅をしていた設定になっている』とフローネに説明した。

 そして、フローネは、『それは本当の話』と答えたはずだ。

 カズキは、『三人で旅をした』事を肯定されたと思っていたのだが・・・・・・。


「・・・・・・もしかして、みんな知ってるの?」

「なにが?」

「戸籍の話」

「知ってるわよ?」


 衝撃の事実である。

 何故か、本人の知らない所で話が進んでいた。


「いつから・・・・・・?」

「それは、私から説明しよう」


 突然掛かった声に振り向く。

 そこにいたのは、フローネの部屋から顔を出したジュリアンであった。

 話を聞いていたとしか思えないタイミングである。


「出待ちしてた?」

「うむ」


 カズキの問いに、ジュリアンはあっさりと頷いた。


「まあ、それは置いておこう。さて、カズキの戸籍の話だが」


 そう言って、ジュリアンはエルザを見た。


「エルザ。カズキに説明して無かったのか?」


 ジュリアンの問いに、エルザは答えた。


「したわ」


 何故か、自信満々である。

 もちろん、カズキにその記憶は無い。


「いつの話さ?」

「あなたに初めて会った日よ」


 そう言われても心当たりは無かった。

 そもそも、初対面でそこまで話が進むこと自体、カズキの理解を超えている。

 だが、エルザには常識が通用しない。

 思い込んだら突っ走ってしまうのがエルザという人間である。


「あなたがお姉ちゃんと呼んでくれた。なら、私はそれに応えるだけよ」

「・・・・・・どういう事?」

「私が、『お姉ちゃんに全部任せておきなさい』と言ったら、あなたは私を『お姉ちゃん』と呼んでくれたでしょう?」

「そんなこと言った?」


 やはり、カズキに心当たりはない。

 それも当然の話だ。

 カズキはただ、「お姉ちゃん」という言葉を問い返しただけなのだから。

 しかし、エルザにはそれで十分だった。


「言ったわ」


 断言されると、そうだったような気がするから不思議な話である。


「・・・・・・まあ、良いか。それで、戸籍の話だけど」

「そうだったな。カズキが召喚された日にエルザから話があった。カズキが自分の弟になりたがっていると」

「おかしくね!?」

「私もそう思わなくはなかったが、どのみち戸籍は必要だ。エルザがその気になっている以上は任せてもいいかと思ってな」

「それで、俺はアルテミス家の養子になったという事か・・・・・・」

「それは違うわ!」


 否定の声がエルザから上がった。

 だが、カズキはジュリアンに説明を求めた。

 エルザに聞いても、自分が納得する答えを聞けるとは思わなかったからだ。


「・・・・・・それで?」

「ああ。エルザは養子では納得しなくてな。そこで、エルザの両親と連絡を取って、カズキはアルテミス家で生まれたエルザの本当の弟という事になった」

「・・・つまり、カズキ・スワという人間はこの世に存在しないと?」

「そういう事になる」

「・・・・・・そんな事が出来るのか?」

「苦労したがな。まあ、ご両親の理解が得られたのが大きいが」

「・・・・・・本当に納得してるのか?」

「わからん。だが、エルザが言い出したら聞かないのは、誰もが知っている」

「・・・・・・そうだな」

「まあ、なってしまった物は仕方がない。野良犬に噛まれたと思って諦めろ」


 そう言って、ジュリアンはカズキの肩を叩いた。


「酷い言い草だな。他人事だと思って楽しんでいるだろ」


 カズキが恨みがましい目を向けても、ジュリアンはどこ吹く風だった。


「そんな事は無いぞ?」

「目が笑ってるじゃねえか!」

「おっと、こりゃ失敬」

「はぁ・・・・・・。まあ仕方ないか」


 カズキは諦めた。

 とはいえ、別に嫌だった訳でも無い。

 口では色々言ったが、エルザには感謝しているのだ。

 ただ、自分に何の相談もなかっただけである。

 エルザは、「お姉ちゃんに全部任せておきなさい」だけで説明したと思っているようだが。

 そう思ってエルザの方を見てみると、彼女はいつの間にかベッドで寝ていた。

 途中で口を挟まなくなったのは、眠っていたからのようだ。


「自由すぎる・・・・・・」


 まるで、野良猫のようである。

 だが、それもいつもの事だ。それがエルザだと思えば腹も立たない。

 カズキはエルザから視線を外して、ジュリアンに向き直った。


「で? 説明してくれるんだろうな」


 カズキがそう言ったのは、何故か学院に入学する事になっていた話を問うためだった。


「ああ。まあ概ねお前の想像通りだが」


 そう言って、ジュリアンは説明を始めた。

 やはり、勇者の取り巻きを排除するつもりだという事を。


「やっぱり、俺を学院に入れるつもりだったのか」

「そういう事だな。エルザが言い出さなければ、私から提案するつもりだった」

「セバちゃんはどこまで知ってる?」


 セバちゃんとはセバスチャンの事である。


「親父は何も知らない。私が学院長をしている事も知らないからな」

「それもスゲーな。じゃあ、学院の話を出したのは偶然なのか?」

「いや、私がそれとなく示唆した。フローネの護衛がいない事をな」

「それにまんまとハマった訳ね」

「そういう事だ。一週間前に急に言っても、学院に入れる訳が無いのにな」

「そうなのか? ごり押しすれば入れるんじゃないの?」

「無理だな。学院は各国の権力に対して中立の立場を取っている。そうしないと馬鹿貴族の子息で溢れてしまうからな」

「今日の連中は?」

「先代の理事長が勇者に近しい奴でな。金を貰って入学させていた」

「俺は?」

「お前が試験を受ければ、合格間違いなしだ。そこは匿名の貴族のごり押しという形にしてある。中立の筈の学院長がごり押しするのはまずいからな」

「五年前は?」

「あれはクリスの独断だ。ダマスカス鋼の剣を買う費用捻出のために、奴らを再起不能にして、報復に来た奴らを返り討ちにした。その後上まで芋づる式に捕らえて家財を没収した」

「それ、独断じゃねーだろ。お前が入れ知恵したんじゃねーか」

「人聞きが悪い事を。私はただ、『あいつらから金を奪っても誰からも文句はでないんじゃないかなー』と独り言を言っただけだ」

「物は言いようだな、おい」


 相変わらず腹黒い男である。


「あれ? 学院は中立なのにランスリードの騎士団が警備してなかったか?」

「それは邪神との戦いの影響だな。警備は各国の騎士団が人を出して行っていたが、うちの国以外は被害が大きかった。そこで、一時的にうちの騎士団が全て代行する事になった」

「そういうことか。もう他にはないだろうな?」

「今の所はな。また何かあったら頼むかもしれんが」

「最初っから何も頼んでないだろ。勝手に巻き込みやがって」

「そうだったか?」

「惚けるな」

「冗談だ。取り敢えず今回の報酬を渡しておこう。お前、金もってないだろ?」

「自慢じゃないが、この世界に来た時から金を持ったことは無いな」

「城では物々交換ばかりだったからな。限りなく不等価の」

「そうだな。タダでかつお節とかもらってたし。旅はエルザねーさん持ちだったし。買い物はクリスにたかってたし」


 実際に金を出していたのは各国の上層部だが、カズキはそれを知らなかった。


「相変わらず欲のない奴だ。取り敢えず百億円用意してある。これは邪神退治の褒美だが」

「何度聞いても慣れないな。何で日本と通貨単位が同じなんだ?」


 この世界の通貨は、何故か日本と同じだった。


「さあ? 言葉も一緒なのだろう? 似たような世界からしか召喚出来ないとかじゃないか?」

「かもな。楽でいいけど。・・・・・・それにしても随分気前がいいな」

「そうか? 世界を救った報酬にしては、安い方だと思うが」

「そこら辺の感覚はよくわからん。ところで、その金はどこにあるんだ?」

「ああ、次元ポストがあるだろう? そこに自分のキーワードで銀行につなげば、金のやり取りが出来る。これがお前の口座だ。ああ、大金の場合は勘定に時間が掛かる事もあるから、少しは手許に持っておいた方がいいぞ」

「人力かよ」

「それはしょうがない。諦めろ」


 そう言って、ジュリアンは肩を竦めた。

 そして、懐から何かを取り出してカズキに手渡した。


「こっちは今回の報酬だ。ナンシーとクレアの首輪だな。少量だが銀を使っている。ミスリルにすれば魔法を込められるだろう」

「気が利くな。これは、新しい魔法を開発しないと・・・・・・」

「・・・・・・何をする気だ?」


 ジュリアンは不穏な気配を感じた。


「大した事は無い。一定以上の魔法と衝撃を完全防御する魔法を創るだけだ。・・・・・・勇者の棺桶みたいな」

「十分凄いが。というか欲しいが」

「何を言っている? 可愛い猫を護る為の魔法だぞ?」


 カズキは真顔で言った。

 人を護る事など考えてもいなかったらしい。

 ジュリアンは諦めた。

 こうなったカズキは人の言う事など聞かない。

 猫の事しか考えていないのだ。

 ある意味、エルザと似ている思考回路を持っていた。


「面白い奴らだ。お前達はやっぱり姉弟だよ」


 ジュリアンは、カズキとエルザを見ながらそう呟いた。

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