第20話「天職なのでは」

 日曜が明け、月曜日。新たな一週間の幕開けを拒むことは許されないのが人生であり、俺は今日も渋々制服へ着替えて半目で登校した。

 教室のドアを開けるなり、他人を殺すかのような目つきで睨んでくる風紀委員長が一人。

「……」

 なんだか少し怖くなってきた。帰りたい。

 目を合わせて五秒ぐらい静止してしまったが、とりあえず見なかったことにして俺は自分の席に着いた。

 それから程なくして海斗が登校してきて、俺の日常はいつも通り始まった。


「誰かに言ったら殺すから」

「「はい。わかってます」」

 昼休み、案の定鬼塚は俺と海斗にぐさりと釘を刺してきた。

 中庭のベンチで正座を強いられてからもう十五分が経過した。いい加減足が痛いし、腹の虫もうるさい。

「あの、まだだめっすか、委員長」

「お、俺も足が限界……」

「ダメに決まってるじゃない。信用できないもん、あんたたち」

 ——あまりにも理不尽だ。俺たちは校則を破ったわけでも、テストの点数が悪かったわけでも無い。ただ休みの日にメイド喫茶『にゃんにゃんハウス』を満喫しただけなのだ。

 お店側からしても、わざわざ足を運んでくれたお客さんには敬意を払うべきなのではないだろうか。それが何をどうしたらこんなに反省を強いられる形になるのか……。

「あのなぁ鬼塚、別に俺たち友達多くないし、わざわざ喋ったりしねーよ。ってか俺たち以外にも休日にあそこに遊びに行く生徒がいるかもしれないだろ。もし万が一他の連中にバレたとしてだ、それは俺たちのせいじゃないし、そもそもあんなとこでバイトを始めたお前が悪いと思う!」

 俺が反撃し、隣で海斗が「ウンウン」と大きく何度も頷いている。

 言い返せるもんなら言い返してみろ。鬼め。

「そ、それはそうかもしれないけど……、あ、あんたたちが一番怪しいもん! もしバレたら、あんたたちが一番怪しいもん!」

 こいつ口喧嘩よっわ。

「ふーん、まぁ別にいいけどさ。そんなにバレるの嫌なら今すぐにでも辞めればいいと思うけどな」

 もし仮に、鬼塚が俺と海斗を二十四時間体制で監視したところで、鬼塚がにゃんにゃんハウスでバイトをしている限り他の生徒にバレるリスクがゼロになることは無いのだから、実際。

「……そ、それは……そうだけど」

 顔を赤くしながらもごもごと口ごもる鬼塚。視線が右に左に忙しない。

 ——この反応、もしや。

「楽しいから辞めたくないんだろ」

「……っ!」

 俺がつつくと、一瞬で鬼塚の顔が耳の先まで真っ赤になる。図星らしい。

「……人気ナンバーワンだもんな」

「……っ⁉」

 それまで黙っていた海斗がボソッと口にして、鬼塚の頭からボフンッ、と噴火したみたいにさらに赤くなる。

 身を竦めて小さくなる鬼塚。そしてだいたいこのあと王道ツンデレ構文を披露する。

「べ、べべべ、別に! た、楽しくなんかないし! あんなスカートとか、は、破廉恥にも程があるし! ぜんっぜん! これぽっちも、か、可愛いとか思ってないし! 興味も無いし! に、にに、人気ナンバーワンとかも、た、たたたまたまだし⁉ ちょっとお給料が良いから働いてあげてるんだし! べ、べつに! 今週イベントとか無いし! チェキ会とか、やらないしっ!」

今週あんのか、イベント。しかもチェキ会かよ。アイドルじゃんもう。

「……はぁ」

 見兼ねた俺と海斗が目を見合わせて大きくため息をついた。

 とりあえず週末の予定が決まったというところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。


 迎えた土曜日。俺と海斗が駅前に着くと、早くもメイド喫茶にゃんにゃんハウスの前には長い列ができていた。

「あいつ、もうこっちの世界で食っていけるんじゃないか?」

「樹、俺もそんな気がしてるよ」

 その列はざっと見ても百人を超えている。普通に長蛇の列で、横にある商店街から出てくる主婦たちが不思議そうにその様子を眺めている。

「これでバラすなとかいわれてもなぁ」

「ふつーにバレるよな」

 週明けに学校でまたいつかの時みたい騒ぎになっていて、今度は黒板に『人気ナンバーワン猫メイド鬼塚!』、とか書かれていたら俺と海斗は余裕でシカトをすると思う。ギャルに水をぶっかけられようがチョークの粉まみれになろうが知ったことじゃない。

 とにかく、俺たちは今日鬼塚とチェキを撮る。これでさらにあいつの弱みを握ることができる。もはや鬼の風紀委員長などと恐れる所以はどこにもない。学校で漫画も読めちゃう。

 一時間後、列の長さが変わることは無かったが、俺たちはようやくその長蛇の先頭に来ることができた。

「——おかえりなさいまぁあああああああああああああああなんでぇえええええ!」

「なんでもなにも、律儀に宣伝したのはお前だろ」

「おっすー。今日もお疲れ、鬼塚さん」

 いつもより顔が白いのは気のせいだとして、今日も元気な猫メイドが出迎えてくれた。

 艶やかな赤髪と絶対領域が眩しい。夏の太陽にも負けていない。

 耳の生えた鬼塚は「死にたい」、とぼそぼそこぼしながらも俺と海斗を席へと案内してくれた。 

 そんな様子を見た周りの常連たちが、心配そうに鬼塚に声をかける。

『あ、あかにゃん今日元気ない? 大丈夫?』

『無理しないようにね! 今日もあかにゃんの笑顔は最高だよ! 頑張ってね!』

 顔を真っ赤にしてプルプル震えながら、あかにゃんはオタクたちにパッと明るい表情を向ける。

「大丈夫にゃー! ご主人様たち、だ~いすき!(ウインク)」

『う、うぉおおおおおおおおおおおお! あかにゃん最高ぉぉおおおおおお!』

 オタクたちは雄たけびを上げ大興奮。その他のメイドさんたちもふむふむと感心の眼差しを向けている。

「あいつすげぇな」

「ここまでくると普通に尊敬する」

 そんなこんなで俺たちはその後も、フードとドリンクと猫メイドとの交流を楽しんだのだった。


 その日の夜、俺の机の上にはメイド服の鬼塚をセンターにした俺と海斗とのスリーショットが飾られた。

 いじり倒してやるつもりだったが、鬼塚のこんなに良い笑顔を見ているとなんだか安心してついつい笑みが漏れてしまう俺だった。

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