第2話 -魔法の教え-

 気づかなかった。たとえどのような手練れであろうと後ろを完全に取られるようなことはなかった。だが、後ろから漂う不吉な雰囲気は突如と現れた。


「ふぃ~~~り~~ああああああああ?」


「っひ!!」


焦り、フィリアを背にして刀へと手を伸ばす。


「武器?……へぇ、この私とここで戦おうなんて大した覚悟ね。それに見たことない服と武器、ここらへんのやつじゃないね?」


目の前に現れたローブ姿の女性。某の身長をはるかに超える大きさで白髪に不思議な色の目をしていた。


なぞの女性を目の前にして気づく。得体のしれない気配は殺気ではなかった。


「某は、フィリア殿のパーティメンバーでござる。すまぬ、尋常ならざる気配を背に感じ反射的に刀を握ってしまった非礼を詫びたい」


「ふ~ん、物分かりが良さそうな坊やだこと。しかし、なかなかの使い手だねぇ。それに加えて血の匂いが染みついている」


「……」


「まあ、だんまりかい。どうしてこの子と一緒にいるのか。どうしてフィリアがお前と行動を供にしているのか。疑問は尽きないねぇ……」


細く伸びた白い綺麗な指であごのラインを摩り考える姿勢をとっている。そこへ背においたフィリアが恐る恐る声を出す。


「お……お久しぶりです! マイア師匠」


「ああ、久しぶり。半年は姿を見せなかったねぇ……まったく、傭兵なんかになって……私は────」


「わかってます……ですけど、傭兵は母が昔私に話してくれた職だから、選びました。あまりいいものじゃないっていうのはこの半年でわかりましたけどね。挫折しかけていたのも、お見通しかと思いますが、私はまだ折れてません」


「そうかい。あの生意気な小娘に似てお前もかい。ろくな死に方しないさ」


二人の間にただならぬ感情が渦巻いているようだ。間に挟まれてどうしたものかと考え始めた時。


「っで、その男を連れて今度は何をするんだい?」


まるで、この状況下で困惑していた心を見透かしたようにこちらの目を覗き込む。これ以上目を合わせていては危険だと思わせる程に圧倒的な存在感を放っていた。


「お仕事を受けまして、岩塩を運ぶために荷車が欲しくて……ちょうど師匠がもってるやつがあったなぁって……」


「それで、裏手に回ってたのかい。岩塩ってことはミーア鉱山かスイン湖ってとこか……商業用ならミーアかねぇ?」


「さすがはマイア師匠! ねんきが────」


瞬間、身の毛もよだつようなぴりぴりとする憤怒が伝わってくる。


「ねん……なんだい?」


「い……いえ! 素晴らしい知見と経験をお持ちですね!!」


「お世辞を使うにも言葉は選ぶんだよ。別に今は使ってないし持っていきな」


「ありがとうございます!!」


荷車の持ち出しを許可され岩塩を固定するための縄も貸してもらいお礼を告げその場を立ち去ろうとした時、マイアと呼ばれた女性から「フィリアを頼むよ」と一言告げられ、わけがわからないのでとりあえず親指を立ててみた。


「は?」と何やら腑抜けた返事だけが返ってきてしまったが、多分親指の上げる角度が悪かったのだろう。


異国の文化というのはよくわからないものだが、荷車を調達していよいよミーア鉱山へと向かう。


街道を歩き、この町へときた大きな門を潜って大きな山が遠くに見える景色を堪能しながら荷車をせこせこと押す。


「師匠怖かったです……」


「ただならぬ気配でござったな」


「昔からあんな感じでしたからねぇ……」


「フィリア殿は、師匠と言っていたが何を教わっておったのだ?」


綺麗な白い杖を前に出して「これです」っと言って見せたフィリア。だが、これですっと言われても何がなんだかさっぱりわからない。


だが、杖でできることといえば限られている。打撃にも突きでも何でもできる形状だ。硬そうな鉱石が先にはめ込まれていて綺麗な装飾ではあるがところどころ角があり暗器として微妙な所ではあるが十分使えるだろう。


先ほどのただならぬ気配の師。伸びた細い腕は、とてもじゃないが力強いとは言えないが、見た目で判断するとひどい目に合うというのが某の師の教えだ。


ということは……杖でできる匠の技。


「撲殺術でござるか?」


「へ?」


ぽかーんとこちらを見つめるフィリア殿。どうやら違ったようだ。


「杖を使って身を守る術ならいくつか教えていただきましたけど、率先してそんなことしませんよ!」


「違うのか?」


「違います!」


「では何に使うのだ?」


「魔法ですよ。冬真さんもいろいろ見たと思いますよ」


「水がでたりする妖術でござるな?」


「えっと、そのようじゅつってなんですか?」


「多分、魔法のことにござる。しかし、いまいちぴんと来ない。魔法とはいったい何なのでござるか?」


どうやら、この言葉は禁句だと思い知る。疑問を投げかけた瞬間にフィリア殿の顔があきれ顔から一気に長年連れ添った友……いや、親友を紹介するように怒涛の魔法談義が始まった。


「魔法はですね。古くから私たちの生活を豊かにするために編み出されたもので、気(き)、力(りょく)、真(しん)、言(い)の考えから成るもので、気すなわち事象を構成する要素、力すなわち事象へと転じる要素、真すなわち事象が変化する要素、言(い)すなわちそれらを操る要素が組み合わさり始めて魔法となるもので────」


そしてこの魔法談義は、現地に着くまで行われた。


「────こうして、かの偉大なミハル・スーン・ゲラードは、魔法の最小単位である光子論を提唱し、より魔法がいろいろな形へと変貌できる応用の基礎を築いて近代の魔法へと昇華させたのです。あ、到着しましたね!」


「あぁ~」


「どうしました?」


「なんでもない! 重たいものを運ぶのであろう? 某がいっぱい頑張るでござるよ!」


頭を使おうにも使いきれず、頭が割れそうなほどに頭を使い話を理解しようとするも何を話しているのか、同じような日本語であったとしてもまったくもって理解できなかった。


とりあえず考えることをやめて体をいっぱい動かすことにする。


某にはそれが一番性に合っているのだ。


木々の生い茂るミーア鉱山のふもとへとたどり着き、前情報で岩塩があるといわれている採掘場所へと向かう。


その時、ただならぬ視線を感じた。


生い茂る草むらが揺れ、軽い足音がいくつか聞こえた。

立ち止まり、刀を抜く。


「これは……」


「獣……でござるな?」


互いが互いの存在を認識し、軽い足音が途絶えた瞬間に後ろから、こちらへと走り出す音が聞こえる。


咄嗟にフィリアをかばい横へと飛び、攻撃を仕掛けてきた主を目視する。


鋭く長い爪に茶色い毛並みと白く輝く牙。


「狼?」


「ミーア・ラクーン!!」


なんとも呼びずらそうな名前を叫ぶフィリア殿。


「魔物ですね……ミーア・ラクーンは集団行動をする魔物で得物をとことん弱るまで追い詰めてから食らう狡猾な魔物です。ですがミーア・ラクーンはミーア鉱山の洞窟に生息している魔物のはずなのですが……」


「ひとまず、フィリア殿のありがたい知識は後程伺うことにする。囲まれてる以上護衛が難しい。某から離れないようにするでござるよ」


「はい……」


互いに背中を合わせ、魔物に囲まれた状況を打破するため考えをめぐらせた。

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