第8話 -パーティを組んだ傭兵と侍-

 ギルドの食事処にてフィリアに御馳走になった冬真。

おすすめのハンバーガーなるものを食し、今までに味わったことのないおいしさを堪能して異国のすばらしさをかみしめる。


食事を終えて、お代を払うフィリアを見てふとあることに気が付いた。


「そうか、金子(きんす)!」


「きんす……とはなんですか?」


「すまぬ、お金のことだ」


「冬真さんの国ではいろいろと言葉と常識が違い、翻訳も難しいですね……それでお金がどうしましたか?」


「某、ここが日本であると思いお金の心配はしておらなんだ」


「おらんだ……?」

「えっと、つまり持ち合わせがあるのですか?」


「そうでござる、見た目がまったく違う故この国では使えぬ……」


「なるほど! っということは今は……」


「文無しにござる……」


「もん? なし……」


お金をどうするか、文無しの話をしている所で「傭兵証とドッグタグができた」とレイラがやってきた。


そこでレイラへと事情を話すフィリア。


「ああ……お金がないんですね。ん~……っしょうがないですね。登録料は、依頼達成の折に差し引かせていただければ大丈夫ですので今夜お支払いいただかなくても大丈夫ですよ」


「かたじけない」


「いえいえ! あんなすごい戦いを見せていただけたのですからちょっとサービスです」

「ただし、ないとは思いますけど逃げたらどうなるかわかりますね?」


ごくりとつばを飲み込み頷く冬真。


「そして、これが傭兵証とドッグタグになります」


「ほぉ……」


傭兵証は、小紙に自身の顔が映ったもので横にいろいろと書いてあるのを確認する。


「読めぬ……」


「あはは、これを機会に文字の勉強をされるといいかもしれませんね。大陸ではほとんどが、リングア語というものが共通でそれ以外はリンググア語を大元に言語が派生で新しくなったりしたものが多いですからね」


「そうか、勉強は不得意だが励んでみるとしよう」


ギルドでの用も済み、夜も更けてきたのでその場を後にしようとした時、ある一団がギルドへと擦れ違いざまに入ってきた。


女3、男2の割合の集団で先頭を歩く金色の髪をした青年が話しかける。


「おや? フィリアちゃんじゃないですか!」


その瞬間フィリアの肩がぴくっと震えた。


「知り合いか?」


冬真の背中へと隠れるフィリア。


「知り合いって間柄でもないです……」


「ひどいですねぇ、幼馴染って切っても切り離せない仲じゃないですか!」


「おお、そうか! そなたは、フィリア殿の幼馴染であったか。すればちょうどよ────」


「誰、この変な人?」


「へ、変な?」


「ああ、充分に変だよ。着てる物は、だぼだぼだし腰にほっそい剣つけていかにも貧乏人って感じがする」


「ベルキスさん……冬真さんに失礼ですのでもうやめてください……」


「いや、俺は本当の────」


「もう、あなたのパーティは抜けたはずです! 私は戻らないと言ってるでしょう? ……だから放っておいてください」


「いやぁ、その話まだ出してないんですけど、そんなに俺のこときらいです?」


「嫌いです。明日も早いので帰ります」


冬真の袖を引っ張るフィリア。


「ちょっと待ってって! 相変わらず手厳しいですねぇ。せっかくいつでも俺のパーティにもどってきてもいいように柔らかく言っているっていうのに」


「っ!! あなたがしたことは、犯罪ですよ?」


「またその話? 軽い冗談だし。それに証拠……ないじゃないですか?」


「っ!────」


「まあ、いいですよ。フィリアちゃんが1人になってうまくやっていけてるか心配だったんですよねぇ。それに今日の依頼……受けてたけどどうでした? 失敗……ってな顔してますけど?うまくいかないんでしたら────」


ゆっくりとフィリアの周り回るベルキスは、最後に耳元でささやいた。


「フィリアちゃんが稼ごうとしたお金もたくさんあります。俺のところに戻ってきてもいいんですよ?」


俯くフィリアの顔を覗き込もうとするベルキス、そこへ割って入るように前へ出る冬真。


「失礼、フィリア殿が嫌がっているように見える。そこまでにしておいてはくれないだろうか?」


「貧乏人は、黙っておいた方が身のためだぜ? 傭兵じゃなさそうだけど、あんた一体なんなんだい?」


フィリアに向けた口調とは一転して冬真に向けられた言葉は敬意を欠くものだった。


「某は────」


「私の新しいパーティメンバーです!」


遮るようにフィリアが言う。目を合わせないようにし手が震えているのを袖越しに感じた。


「────パーティメンバー?! この貧相な男が? この男じゃ……フィリアちゃんには釣り合わないですよ?」


「釣り合うどうこうじゃありません! 冬真さんは、今日新しく登録された傭兵ですし、危ないところを助けてもらった私の恩人です。あなたのところへは戻りませんので、さようなら」


フィリアは、いそいそとうつむいたままギルドを出る。

後ろでレイラが心配そうに見つめているのを感じ、とりあえず異国でよく使われると聞いた親指を立てる動作を送ると、お辞儀で返された。


「夜も更けた……少女が一人夜道を歩くのも危ない。差し出がましいとは思うが某が家までお供いたす」


夜の街、黄色く輝くまばゆいほどの月……? が行く先を照らす。


「ごめんなさい……」


「誰に謝っているのだ? それは人ではないと思うでござるよ」


フィリアは、俯いた姿勢のまま口のついた目の前の赤みがかった物体につぶやいた。


「んな! ポストじゃなくて冬真さんにですよ! パーティメンバーって……」


「そのぱんてぃめーばーというのはよくわからないが、何か大事なことだったか?」


「……っぷ」


「それにフィリア殿に謝ってもらうようなことをされた覚えはないでござるよ。ギルドの料理、はんべーがーであったでござろうか? あれは、とてもおいしかった」


「もう……冬真さんは、話の腰を折りすぎです。でも、よかった。奢った甲斐がありますね。」


「そしてパーティメンバーですよ! その言い方だと女の子の下着になってますので言い間違えると恥ずかしいですよ?」


「下着? あぁ、すまぬ。そうか言い間違えていたか」


「そんな言い間違えする人初めて見ましたよ。それにはんべーがーじゃなくてハンバーガーですよ」


その言い間違いが可笑しい理由をいまいちぴんと理解できないでいる冬真だったが、フィリアの暗かった顔も一転して明るくなりほっとする。


「して、先ほどの輩はいったい何者なのか聞いても良いでござるか?」


「あまり、聞いてもためにならない話だとは思うのですがベルキスさんは、いわゆる貴族の息子なのです」


「きぞく……?」


「はい。リンサイテス領内では名の知れた家の息子なんです」


「ふむ、して何故に、そのような高貴な者に絡まれていたのだ?」


「私は、彼の幼馴染なのは先ほどの話で分かりましたよね。昔は、良い子だったんですけど……リンサイテス領内の実権をにぎっていた貴族が暗殺され、彼の家がこの町で領主を担うことになった途端に変わりました」


「なるほど……」


「前に私が一人で傭兵の仕事をはじめたとき幼馴染のよしみでパーティを組ませてもらったのです。そして依頼を受けて目的地へ向かう途中、野営をしたときでした。夜に交代で見張りをしていると彼から話があるということで呼び出されたのです……そこで、『魔法が強くなるポーションを手に入ったんだ。君にこそ使ってほしい、効力が長いから今飲んで明日に備えるといいですよ』と言われ少し口に含んだら体がしびれてきて自由が利かなくなって、その先は……思い出したくもありません」


「そうでござったか……」


「ですが、かろうじて持っていた杖で魔法を地面に撃ち難を逃れることができましたが、当時の恐怖は忘れられません。昔……は、いい子だったのすけど、力ってこうも簡単に人を変えてしまうのですね」


「そうでござるな……理想、信念、それに準ずる目的がなければ簡単に堕ちてしまう。下手な力程、厄介なものはないでござるな」


「力を手に入れてお金も、人も、物も自由にできるようになって幼馴染の私も今は、お金で買おうとしているのですから……」


「察しはついていたが、フィリア殿も高貴な家柄の者であったのでござるか?」


「幼馴染って言っているくらいですからね……なんとなくわかりました?」


「ああ、どちらかというと気品とでもいうのだろうか。フィリア殿にはそういったものを感じたでござる」


「なんだからうれしいですね。ですけど私は元貴族の娘です。今は、生きるために日銭を稼ぐ貧乏な傭兵と変わりないですけどね。べルキスさんに目をつけられてパーティも思うように組めず一人じゃ依頼も思うように受けられない。そして、やっと見つけた依頼も失敗。もう踏んだり蹴ったりです」


街灯が仄かに夜道を照らす坂を歩き、しばらく行くと大きな屋敷のある場所に出る。

その通りを横へ抜けると目的の場所へと着いた。


「ここが今、住まわせてもらってる場所です」


2階建ての古い西洋建築仕立ての家、明かりがついており誰かがいる様子だ。


「そうか、無事着けて安心したでござる」


「ここまで、ありがとうございます」


「いやなに、フィリア殿には世話になったでござるからな。これくらいのことは当然でござる。それでは、某は寝床を探しに行く故これにて」


「そうでした。お金……もってなかったのですよね」

「よかったらうちの部屋が空いているので泊って行かれてはどうでしょうか?」


「とても良い申し出ではあるが、そこまでフィリア殿に世話になるわけにはいかぬでござる。それに若い女子の住まう家に見知らぬ浪人が居ては、それは良くないことでござるからな」


「そうですね……世間体としては良くないかもしれないですね。でもパーティを組んでくれたのですから私たちは、もう仲間です! なので困ってるときは、お互い様ですよ」


「ぱーてぃめんばーとやらでござるな?」


そんな意味があったのか、仲間……

かつての同士と呼び合う感じとは違うどこか暖かい言葉だ。


己が信念のため人を斬り、己が理想のため殺人鬼として血にまみれたこの両腕に。

フィリア殿の仲間という言葉はとても眩しい。


きっと甘いのかもしれない。


某のような低俗な人斬りが、このような目をした娘の優しさに触れていいはずはない。


だが、少し。


ほんの少しだけなら。


「承知した。今理解した故、今日からフィリア殿は仲間でござるな。改めてよろしく頼む」


拙者は最低な人間でござる。


「え、あ、こちらこそよろしくお願いします! それに住んでいるのは私だけじゃないので安心してくださいね」


こうして二人の傭兵パーティが結成し、異国(異世界)から来た侍は、傭兵となる。

はてさて異世界の常識を知らない一人の侍の生活、冒険は波乱万丈となるのか、それとも喜劇となるか、悲劇となるか、侍の異世界転生譚ここに開幕。


『新時代を築くべく志した最強の人斬り侍が行く異世界転生譚』


序章 -人斬り侍、異世界を行く- 


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