第45話 迎えと誓い
新しい朝が来た。希望の朝かどうかは分からないが、気持ちいい朝なのは間違いない。
そして今日は……旅立ちの朝だ。
昨晩のハジメ君だが、この部屋には沢山ベッドがあるので、彼は一人別の部屋だけれどベッドを使わせてあげた。
ふっかふかなので、きっとぐっすり寝れたと思う。
……いや、もしかしたら悶々としたて寝れてないのかもしれない。
そうだったら申し訳ないな、とも思ったけれども、そんな想像を吹き飛ばすほどに彼の寝起きの顔はすっきりしていた。話を聞いてみると、確かに悶々とはしてたけれどそれよりも疲れとか安心とか、ベッドに気持ちよく包まれてそれはそれは落ちるように寝てしまったらしい。
今日からはねー馬車だからねー大変だろうねー。
あと昨晩だけど流石に彼がやらかさないか不安だったので、リンドゥーさんには扉から伝言のメモだけ残しておいた。
『明日の朝に迎えに来ますので、準備しておいてください』って。
一応ノックもしておいたから、多分読んでくれてると思う。
ホントは一晩濃厚に過ごしたかったけど……お預けでした。ざんねん。
そして宿では朝食を昨日のようにしっかり食べて、そして【模倣】で沢山食事を溜め込んで。
やっぱり食いついてくるハジメ君。「ア、アイテムボックス……俺もめっちゃ試したのに全然成功しなくて……あのホントいつでもいいので教えてくださいお願いします」ときたもんだ。まあそのうちに、とだけ。
本当は便利だから覚えて欲しいんだけどねー、いかんせん【ステータス】のスキルが無いと多分難しいと思うんだよね。
それで、このスキルをどーやって身に着けさせるかが分からないんだよね……うーん。
そこを攻略出来れば、彼もチートな人生を送れると思うんだけど、さてどうしようか。
と色々考えながらファット大商会に到着。
まだの人もいるけれど、これから揃うっぽい。
そーのまえに、氷結姫様と出会って、足を治させて貰いましょうか。
朝っぱらから申し訳ないが、マンジローさんにお話を。
「やあやあおはようございます皆様。馬車ですが裏の方に止めておりますので、荷物などありましたらどうぞお乗せ下さい。アシンもあちらで準備をしておりますので」
「おはようございますマンジローさん。今日まで色々と、本当にお世話になりました」
「何をおっしゃいますか。お世話になるのはこれからですよ。私はもう、皆様からの報告が楽しみでなりません、ほら、心が浮いてしまいそうです」
そう言って【風魔法】を発動させて、数センチ浮かぶマンジローさん。いやぁ会話の冗談でそれ使うのか。ホントこの人自由だな。
「ではご案内しますぞ」
皆で建物の裏側まで移動する。
そこには中々の大きさの荷馬車が、いや幌が張られているので幌馬車か?まあそういう馬車がでん、と私達を待っていた。
前方の馬は二頭付いている。二頭あればとりあえずは安心かな?
「それで、氷結姫様はどちらに?」
「そろそろいらっしゃるかと。ああ、あちらですね」
奥の扉から出てきた『北の氷結姫』様。いやはや今日も強く気高く美しく、そしてなんとまあ痛々しいことか。
ひょこひょこ歩いて、やっとこさ荷馬車の荷台に腰を下ろし、額の汗をぐいっと腕で拭っていた。
「おはようございます」
「おぅ、皆揃ってんな。今日からよろしくな。世話になるぜ」
「こちらこそ。それで、先日話した件ですが……」
「ん? なんかあったか?」
あーやっぱり覚えていないご様子。
「その足治せるかもしれない、って話です」
「そんな話信じる訳ないだろう。おとぎ話の
「じゃあ信じなくていいですから。荷台に横になって、目をつぶって下さい。起きたら治ってますので」
「馬鹿馬鹿しい。でもアンタは嫌いじゃないからね。一度だけ信じてやることにするよ。義足は外せばいいのかい?」
「ありがとうございます。義足は外して下さい。それでは」
氷結姫様は、義足をよっこらしょっと外して荷馬車の荷台に横になってくれた。幌のおかげで日差しも雨風も気にしなくていいのはとてもありがたい。
さて私はと言えば、まずは【闇魔法】で彼女を睡眠状態にさせ、また痺れさせることによって痛覚の麻痺を狙う。
そして義足を横にどけて、まずは【鑑定】による診断。良かった呪いとかかかってなかった。普通の傷だったので【光魔法】で何とかなるはずだ。
私は軽く呼吸を整え、今までで一番の集中力を発揮して【光魔法】を発動させる。
彼女の足だ。反対側の足も物凄いしっかりしていた。筋肉の厚さというよりも、しなやかさの方が素晴らしい。そもそもそこまで厚くないのだ。むしろスラリとしているのに……美しい。こんな足を復元……してみせるぞ!
集中……集中……私は自分の意識に潜るようにしながら、【光魔法】をありったけ氷結姫様にぶつける。
足の原型を作り、芯である骨を、筋肉を作りながら、全体を整えていき……よしっ、完成だ。
最後にもう一度魔力を通して全体をチェックして、おかしなところが無いか確認して……触診して……おっけい。終了である。
ふーーっと大きく息を吐いて、再度呼吸を整える。良かったぁ。
しかし問題は、彼女自身がこれで大丈夫かどうかだ。確認していただこう。
私は彼女にかけていた【闇魔法】を【光魔法】で打ち消して、彼女の痺れを取り、眠りを覚ました。
「んぅ……おやおや、本当に寝ちまったのかいアタシは」
「おはようございます。いかがでしょうか?」
「いかがも案山子もって……」
彼女は、自らの右足に目を奪われていた。
しっかりと瞳孔の開いた瞳は、まるで石になったかの如く動かなかった。
彼女の両手が、ゆっくりと足の方へ向かい、撫でる。
膝をさわり、すねを触り、ふくらはぎを揉み、そして足首へ、足の甲へと。
足の指をぎゅっと動かし、今度はぱっと開く。……大丈夫かな、と私は不安になるが、彼女は。
「ちょっと……どいてくれるかい?」
私達はすっと居場所を開ける。彼女は荷台からゆっくりと、ゆっくりと地面に両足で立った。
「草を感じる。土を感じる。風を感じる。温かみを感じる。こいつぁ……夢じゃないのかねぇ」
「ええ。そのつもりです」
「だったら……すこーし風を感じてくるかねぇ。すぐ戻ってくるからさぁ」
「あ、あの……治したばかりなので無茶はしないでくださいよ」
「分かってるって。ちょっと準備運動からっと」
そう言って氷結姫様、靴脱いでぴょんぴょん飛び出した。ぴょんぴょん。ぴょーんぴょーん。
風を感じるってジャンプだけかな。それなら安心……と思ったその瞬間。
ぴょっ……という所で、消えた。
何がって。氷結姫様が。
どこ行った!? と思う間もなく、風が彼女の居場所を教えてくれた。空気が動くのだ。彼女が移動することによって、猛烈に空気が。まるで台風が瞬間移動したかのように、一気に風が流れ込む。
彼女は僅か三歩でファット大商会の屋根の上にのぼり、そこからまたどこかへといなくなってしまった。
「嘘……なにあれ……」
「凄いですぅ……伝説を見たですぅ……」
「あれが……あれが伝説の……くうぅ……」
ミレイもギンシュも伝説伝説ゆーてる。
「なんか、あの走りにも伝説があるんです?」
「エリィには説明せんとな。あれは氷結姫様の伝説の一つ、『雪走り』だ」
「『雪走り』?」
「そうだ。まるで雪の上を走るがごとく、無音で、気付いた時には通り過ぎている。足音も何もないまま、ただ風のみが彼女を包み、彼女の通り過ぎた道には、ただ鮮血にあふれた首が転がっている」
こわっ! 幾ら戦乱期の伝説の人だからって、伝説怖すぎでしょ!
……でもまあ、喜んで貰えてるっぽいし、良かった。
ってかこんなことしてる場合じゃなかった! リンドゥーさん連れてこないと!
「あっ皆ちょっといい? 実はもう一人、旅に随行してくれる人がいるんだけど」
「何!? そうなのか?」
「うん。だからこれから連れてくるからちょっと抜けるね」
「お姉さま……もしかしてまた男の人ですぅ!?」
「違うよ、女の人。大丈夫だから」
「女の人なら……まあいいかですぅ」
「じゃ、ちょっと失礼。あ、ハジメ君は荷物積み終わったら馬車乗ってて構わないから」
「分かりました。お気を付けて」
「じゃあ行ってくるね」
そう言って私は室内に戻り、さっと奥の方へ。誰もいないなっと確認して、【探知】のマップを開いて彼女の家のすぐ近くへ【空間魔法】のテレポートっと!
……よしよし完璧。こっちも見られてないなっと。路地から出て、部屋の前へ。扉をのっくのっく。
すぐに扉は開いた。
「待ってたわよ。さあ、どこに行くの?」
「あー、一度中に入れてくれます?」
「ええ、構わないけど。入って」
室内に入れて貰った。ってええ!? リンドゥーさんがあの! あの女教師みたいなスーツ姿じゃない!?
完全に冒険者の服装だった。結構しっかりと使い込まれたような革鎧で大事な部分を覆っており、そして動きに支障が出ないような作りになっている。また最低限の部分だけは金属で守られているので、かなり近距離のインファイターっぽい装備なのかな? そして鎧で隠れなかった大きな胸はえちちだし、タイトスカートじゃないけど膝くらいまでの丈で大胆なスリットが入っており太ももも美しく素晴らしい!
いやホント、よいですなぁ……で、獲物はそれですか。ごっつい剣ですなぁ。どれくらいデカいって、こないだあった狼男のウォンさんの体格くらいある。リンドゥーさんが元々それなりなのもあるが、それにしたってデカすぎでしょ。それ振り回すの? マジで?
「その服装なんですね……」
「ええ。だって旅でしょ? あの服装は店頭用でお貴族様相手にするんだから。あんな恰好で旅なんか出れないでしょ」
「そりゃそうですけどぉ」
「あなた……そんなにあの恰好が好きだったの?」
「はい! 大好きです!」
そっと耳元で、一言。
「なら、夜だけ見せてあげるから」
「やったあぁ!」
「んもぅ……現金なんだから」
いかん今すぐ色々したいけどそんな時間ないわ。
「じゃあこれから移動します」
「ええ。けどどうやって?」
「えっと……」
どうしよう。説明したいけど今はちょっと。後で色々話すか。
「後ほど話しますので、とりあえず靴履いて出れる状態になって目をつぶってくれますか?」
「分かったわ。こう?」
「はい。そして私がいいというまで目を開けないでくださいね」
「分かったわ」
「それじゃいきますよ」
さっきの場所へ……よいしょっと!
よしよしテレポート完了。もうかなり問題なさそうだな。
あっ今ので【空間魔法】もレベル10になった。やったね!
「もう大丈夫です。目を開けてもいいですよ」
「……えっ!? どこここ!?」
「私がお世話になってたところです。外に出たら馬車がありますので。案内しますね」
「え、ええ……なにこれ。想像以上じゃない」
私はリンドゥーさんの手を引いて、先ほどの荷馬車の前まで歩いた。
「お待たせしましたー。こちらが今回の新たな同行者さんでーす」
「んっ? どこかで見たような……」
「おっギンシュ鋭い! 『糸練り』の店員さんですよ」
「先日はどうも。今日からお世話になります」
「ああ! 思い出したですぅ! 確かお姉さまが絡んでた人ですぅ」
「おいエリィ……どうして彼女が着いてくるのだ!?」
「いやまあ色々ありまして」
「またあの店で散財したのではあるまいな?」
「いやーハハハ」
ギンシュが勝手に勘違いをしてくれているので、それに上手くのって今は誤魔化すのだ!
「お前! お前……いい加減金銭管理をしっかりとせんかぁ! そんなことではいつか財布から金貨に逃げられてしまうことになるぞ!?」
「それは困るなぁ。あっ、リンドゥーさんももう荷馬車に乗ってていいですよ」
「分かったわ。ちなみに御者は誰がやるの?」
「え?」
私とミレイとギンシュ、それぞれがお互いの顔を見て……あれ?
「ギンシュが出来るんじゃないんですぅ?」
「私は馬には乗れるが、御者はしたことがないぞ? てっきりエリィが」
「私は馬に乗ったことはあるけどきちんと乗れません。御者は未経験です。完全に忘れてました」
「ふぅ……だったら私がやるわ。一応昔は旅もしたことあるし、そこそこの経験もあるからね。じゃ前乗るわね」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「はぁい。こちらこそ」
そう言ってリンドゥーさんは御者台へと向かっていった。
「いやぁ完全に忘れてたよ」
「危ない所だったな。このままでは馬車があるのに御者がいないという事態に陥る所だった」
「やっぱり事前に確認は必要だね。お互い気を付けよう」
「うむ」
「はいですぅ」
「後は誰だっけ……おっ……風が」
ひゅっ、と風が動いて、すぐ近くに氷結姫様が着地した。
「いやぁ……アンタ、凄いねぇ。こいつは今まで以上な気がするよ。もっともアタシが風から遠ざかってたからかもしれないけどねぇ」
「そう言っていただけたら、嬉しいです」
「さて……こりゃあアタシもアンタに報いないといけないねぇ……アンタは何が欲しい?」
「いやそんな……何かが欲しくてやった訳じゃないですし」
「ハァ……だったら仕方ないねぇ。アタシの一番大事なモンを取り返してくれたんだ。それに報いるには、アタシの一番大事なモンをやるしかねぇな」
「へ? いやそういうのはちょっと」
「いいから黙って受け取りな。いくよ」
「うぅ……はい」
北の氷結姫様は、私の目の前にしゃがんで、いや違う! 土下座だ! 土下座をして、何か呟きはじめた。
「我、白狼族が一人、『北の氷結姫』こと『ナッシグルペ=ド=ヴォルフラム』の、
そう言うと、彼女は地面につけていた両手の手のひらを一度自分の体につけて、そしてそれからくるりとひっくり返して私に差し出すように動かした。
えっなにこれ!?これどうすればいいの?
「アタシが差し出してる見えない何かを受け取るような動作をさな」
私は氷結姫様に言われた通り、受け取るような動作をした。
「我が心、我が魂は、主の盾、主の矛となりて。この誓いは、永久に、永遠に」
……これ何の儀式だろう。なんか凄そうなものを受け取った気もしなくもないけど……ああまたギンシュに怒られそうな気がするよぅ。
「そなた……そなた、何をしたのか分かっておるのか?」
ほらきたよ。やっぱり。
「いやそなたの返事など聞くまでもない。どうせ何も分からぬままに氷結姫様の言われた通りに動いただけなのだろう。今から私が説明してやるから、心して聞くがいい!」
「お、今日はギンシュ優しいね」
「馬鹿エルフの馬鹿っぷりには付き合うだけ損だと気付いたのだ!そなたもいい加減学べ!!」
「はーい」
ギンシュはおほんと咳払いを一つ。
「先ほどのは『とわの誓い』と呼ばれるものだ。かつては騎士や貴族が、自らの仕える貴族や王に忠誠を誓う儀式だっのだが、今では魔力的・呪術的な意味が加わり、本当に名乗った者の命を、魂を縛る儀式となってしまった」
えっなにそれ!?ヤバくない!?
「ちなみにこの誓いの本当に凄いところは、主が死の危険に瀕した時、誓いを行った者が代わりに犠牲となって、主が生き延びる所だ。宣言通り、自らの命さえ差し出して、主を護るのだ……」
「ってことは、えっと……私が死にそうになったら、氷結姫様が代わりに死ぬってこと?」
「そういうことだ。エライことしてくれたな……」
それは流石に想定外ですわよ……。
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